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思考停止してしまった真一郎を見かねて、成大が代わって疑問を口にする。
「えー……響チャンはなんでそんな誤解を?」
「そ――そうだよ、誤解! 俺と成大が……つ、付き合ってるとかいう誤解はなに……?」
成大の声を聞き、真一郎もようやく我に返って、あわてて身を乗り出さんばかりに響の誤解を訂正する。けれども真一郎の声は、先ほどの響同様に上擦っていて、成大は「ちょっとマズいかもな」と思った。もしかしたら、響は真一郎が嘘を言っているように聞こえたかもしれないと思ったのだ。
響は、いつもと違い、自信なさげな顔で眉を下げて言う。
「誤解……? だって、真一郎と鳴海くんはとても仲がいいし……」
「いや、友情! ラブじゃなくてライクだし! ホント、ただの友人なんだけど……?!」
「じゃあ、どうして鳴海くんは逐一真一郎の様子を私の耳に入れるんだ? それは――『正妻マウント』というやつではないのか……?」
「え?」
真一郎と成大、ふたりの声が重なった。真一郎はあわてて成大を見る。成大は普段の飄々とした態度はどこへやら、必死で首を左右に振る。
「オレがこいつの『正妻』とか! 鳥肌が立つこと言うのやめて!?」
「え? ちょっとまて。お前、俺のこと響にいちいち言ってたのはマジなの?」
「それは…………マジ」
「な、なにやってんだよお前……」
真一郎にとって、成大は親友と呼べるような人物であったが、同時に悪友とも呼べるような関係性だった。それに成大は真一郎の恋の行方を応援しているんだかしていないんだか、どっちとも取れないような飄々とした態度を一貫させていた。――だが、蓋をあけてみれば、実のところ成大は真一郎のことを応援していた様子。真一郎は、成大の顔が羞恥に赤くなっていくのを見て、なんだか自分も気恥ずかしい気持ちに駆られた。
しかし響からすると、真一郎の恋路を応援する成大の姿は悲しいかな、「正妻マウント」に見えたようだ。そして羞恥から顔を赤く染める成大の姿は、響には恋する男に見えてしまったらしい。
「やっぱり、ふたりは愛しあっているんだな……」
響の、おぞましい誤解に、真一郎と成大は鳥肌を立てる。
「違うって! 愛しあってるのはこいつと響チャンでしょ?!」
「そ、そうだ! 成大ととか、マジでないから……!」
「つか急になに? もしかして響チャン、だれかになにか吹き込まれた?」
突然当事者にされ、謎の修羅場に巻き込まれた成大だったが、冷静になるのも頭を回転させるのも三人の中では一番速かった。
真一郎と響は間違いなく愛しあっていた。成大が砂を吐きたくなるくらいに、アツアツのふたりであった。付き合い始めの熱量の高さは、成大にだって身に覚えがある。真一郎と響が付き合い出して一ヶ月強。そんなときに真一郎の二心を疑う余地が自然に挟まるとは、成大にはあまり考えられなかった。
果たして、成大の予測は当たっていたのか、響が気まずげに目を伏せた。
「え? 響?」
「そういうわけでは……。ただ、ふたりが仲がいいのを見てきたし、鳴海くんは私の知らない真一郎の話をするし……だから、ふたりは愛しあっているのかと……漫画とかでよくあるし」
響の、「ふたりは愛しあっている」の部分で、真一郎と成大はまた鳥肌が立ったのを感じた。
「えーっと……響チャンもそういう漫画とか読むんだね?」
「鈴音に貸してもらったんだ、BL漫画。私は……恋愛についてよくわからないし、なにか参考になるかと思って」
参考になるどころか、現状、惨事になっている。
「えっと……BL漫画より男女の恋愛漫画を参考にしたほうがいいと思うよ……?」
成大は、らしくないフォローの言葉を口にする。
そして、ちらりと横目で貝のように黙り込んだままの真一郎を見た。
真一郎は――
「響だって……橘さんと仲がいいじゃないか……!」
などと、新たな修羅場を作り出し始めた。
己の所業をバラされたことで、羞恥に顔を赤くしていた成大は、今度はかすかに青ざめた。
今度は、響は呆けた顔をする番だった。
「鈴音は親友だからな」
「けど、いつもめちゃくちゃ距離が近いし、当たり前だけど俺よりもずっと付き合いが長いし……」
「同性だし、幼馴染だからかな」
「武道だって、橘さんのために習ってるって……」
「まあ、きっかけはそうだな。――でも、真一郎を助けるのに役立ったから、今は鈴音のためだけではなく、自分のため、真一郎のために研鑽を積んでいる」
真一郎は、響の物言いに、橘鈴音への嫉妬も半ば忘れて胸をきゅんとさせた。己の中にいる乙女――否、オトメンが騒ぎ出す。
「そ、そういう響のカッコイイところに橘さんも好意を持ってるんじゃないかって――俺……不安で。……ごめん変なこと言った」
「真一郎……」
「忘れて……」
「私も、その――真一郎と鳴海くんの仲がいいと、愛しあう仲だと誤解していたんだよな?」
「うん……成大とはマジでただの友達だから……」
「……もし、真一郎と鳴海くんが愛しあっているなら、私のハーレムに入って愛を貫けばいいと思ったんだが……独りよがりだったな。すまない」
「マジで友達以上の感情はないから……」
「うん。わかった。私も、鈴音は大切だ。でも、真一郎への気持ちとは、違う。真一郎のことは――いずれ家族になりたいという、愛なんだ」
「響……!」
……目の前でいちゃつき出した友人とその恋人を見て、成大は背中にかいていた冷や汗が引いていくのを感じる。同時に、「なんでオレここにいるんだろうな……」という著しい虚無感に襲われた。しかし互いに愛をささやきあう真一郎と響は、そんな成大の虚無を映し出す目には気づけないのであった。
なお、鈴音は響の恋愛関係をこじらせるつもりは一切なく、ただ重度の腐女子でオススメのBL漫画を響に貸しただけだと後日判明する。
「えー……響チャンはなんでそんな誤解を?」
「そ――そうだよ、誤解! 俺と成大が……つ、付き合ってるとかいう誤解はなに……?」
成大の声を聞き、真一郎もようやく我に返って、あわてて身を乗り出さんばかりに響の誤解を訂正する。けれども真一郎の声は、先ほどの響同様に上擦っていて、成大は「ちょっとマズいかもな」と思った。もしかしたら、響は真一郎が嘘を言っているように聞こえたかもしれないと思ったのだ。
響は、いつもと違い、自信なさげな顔で眉を下げて言う。
「誤解……? だって、真一郎と鳴海くんはとても仲がいいし……」
「いや、友情! ラブじゃなくてライクだし! ホント、ただの友人なんだけど……?!」
「じゃあ、どうして鳴海くんは逐一真一郎の様子を私の耳に入れるんだ? それは――『正妻マウント』というやつではないのか……?」
「え?」
真一郎と成大、ふたりの声が重なった。真一郎はあわてて成大を見る。成大は普段の飄々とした態度はどこへやら、必死で首を左右に振る。
「オレがこいつの『正妻』とか! 鳥肌が立つこと言うのやめて!?」
「え? ちょっとまて。お前、俺のこと響にいちいち言ってたのはマジなの?」
「それは…………マジ」
「な、なにやってんだよお前……」
真一郎にとって、成大は親友と呼べるような人物であったが、同時に悪友とも呼べるような関係性だった。それに成大は真一郎の恋の行方を応援しているんだかしていないんだか、どっちとも取れないような飄々とした態度を一貫させていた。――だが、蓋をあけてみれば、実のところ成大は真一郎のことを応援していた様子。真一郎は、成大の顔が羞恥に赤くなっていくのを見て、なんだか自分も気恥ずかしい気持ちに駆られた。
しかし響からすると、真一郎の恋路を応援する成大の姿は悲しいかな、「正妻マウント」に見えたようだ。そして羞恥から顔を赤く染める成大の姿は、響には恋する男に見えてしまったらしい。
「やっぱり、ふたりは愛しあっているんだな……」
響の、おぞましい誤解に、真一郎と成大は鳥肌を立てる。
「違うって! 愛しあってるのはこいつと響チャンでしょ?!」
「そ、そうだ! 成大ととか、マジでないから……!」
「つか急になに? もしかして響チャン、だれかになにか吹き込まれた?」
突然当事者にされ、謎の修羅場に巻き込まれた成大だったが、冷静になるのも頭を回転させるのも三人の中では一番速かった。
真一郎と響は間違いなく愛しあっていた。成大が砂を吐きたくなるくらいに、アツアツのふたりであった。付き合い始めの熱量の高さは、成大にだって身に覚えがある。真一郎と響が付き合い出して一ヶ月強。そんなときに真一郎の二心を疑う余地が自然に挟まるとは、成大にはあまり考えられなかった。
果たして、成大の予測は当たっていたのか、響が気まずげに目を伏せた。
「え? 響?」
「そういうわけでは……。ただ、ふたりが仲がいいのを見てきたし、鳴海くんは私の知らない真一郎の話をするし……だから、ふたりは愛しあっているのかと……漫画とかでよくあるし」
響の、「ふたりは愛しあっている」の部分で、真一郎と成大はまた鳥肌が立ったのを感じた。
「えーっと……響チャンもそういう漫画とか読むんだね?」
「鈴音に貸してもらったんだ、BL漫画。私は……恋愛についてよくわからないし、なにか参考になるかと思って」
参考になるどころか、現状、惨事になっている。
「えっと……BL漫画より男女の恋愛漫画を参考にしたほうがいいと思うよ……?」
成大は、らしくないフォローの言葉を口にする。
そして、ちらりと横目で貝のように黙り込んだままの真一郎を見た。
真一郎は――
「響だって……橘さんと仲がいいじゃないか……!」
などと、新たな修羅場を作り出し始めた。
己の所業をバラされたことで、羞恥に顔を赤くしていた成大は、今度はかすかに青ざめた。
今度は、響は呆けた顔をする番だった。
「鈴音は親友だからな」
「けど、いつもめちゃくちゃ距離が近いし、当たり前だけど俺よりもずっと付き合いが長いし……」
「同性だし、幼馴染だからかな」
「武道だって、橘さんのために習ってるって……」
「まあ、きっかけはそうだな。――でも、真一郎を助けるのに役立ったから、今は鈴音のためだけではなく、自分のため、真一郎のために研鑽を積んでいる」
真一郎は、響の物言いに、橘鈴音への嫉妬も半ば忘れて胸をきゅんとさせた。己の中にいる乙女――否、オトメンが騒ぎ出す。
「そ、そういう響のカッコイイところに橘さんも好意を持ってるんじゃないかって――俺……不安で。……ごめん変なこと言った」
「真一郎……」
「忘れて……」
「私も、その――真一郎と鳴海くんの仲がいいと、愛しあう仲だと誤解していたんだよな?」
「うん……成大とはマジでただの友達だから……」
「……もし、真一郎と鳴海くんが愛しあっているなら、私のハーレムに入って愛を貫けばいいと思ったんだが……独りよがりだったな。すまない」
「マジで友達以上の感情はないから……」
「うん。わかった。私も、鈴音は大切だ。でも、真一郎への気持ちとは、違う。真一郎のことは――いずれ家族になりたいという、愛なんだ」
「響……!」
……目の前でいちゃつき出した友人とその恋人を見て、成大は背中にかいていた冷や汗が引いていくのを感じる。同時に、「なんでオレここにいるんだろうな……」という著しい虚無感に襲われた。しかし互いに愛をささやきあう真一郎と響は、そんな成大の虚無を映し出す目には気づけないのであった。
なお、鈴音は響の恋愛関係をこじらせるつもりは一切なく、ただ重度の腐女子でオススメのBL漫画を響に貸しただけだと後日判明する。
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