上 下
4 / 5

(4)

しおりを挟む
 昼食を奢る代わりに散々答えのない相談ごと……という名の愚痴をこぼした真一郎は、唐突に響から呼び出された。なぜか成大と一緒に。しかも、これまで足を踏み入れたことのない響の家にお呼ばれした。成大と一緒に。真一郎の脳裏は「なぜ」の語で埋め尽くされた。

 これが、真一郎ひとり家に招待されたのならばわかる。今や、真一郎と響は本当の恋人同士なのだから、そういうことがあってもおかしくはないだろう。しかし、なぜか成大も一緒にくるように響に言われてしまった。当然、「なぜ」となる。真一郎には響の意図が読めなかったが、成大もまた心当たりがないらしく、首をひねりつつ共に連れ立って響の家へと向かうことになった。

「でっ――か」

 響の家の門構えを前にして、成大が素直な感想を漏らす。家屋を目隠しするように高い塀、塀の上にはぐるぐる巻かれた有刺鉄線があり、重々しい雰囲気をまとった閉じられた門扉の上部へ目を向ければ、監視カメラがついている。表札は当然のようにない。

 ドアフォンを押せば、聞こえてきたのは真一郎もよく知る響の護衛官の声だったので、そこから先はスムーズだった。とは言えども、門扉が開いて出迎えてくれた護衛官の背後に建つ鷹田邸を見てまた真一郎と成大は言葉を失った。

 鷹田邸があるのは市街から離れた郊外にある、ゲーテッドコミュニティ然としたいわゆる「お金持ち」の家ばかりが集まった地域である。電柱を埋設しているので空が広々と見えるし、ひとつひとつの家の敷地面積がやたらに広いことは塀の外からでもよくわかる。しかし、鷹田邸の敷地はそれら「お金持ち」の家々と比べても、頭ひとつぶんは抜きん出た広さであった。

 真一郎はもちろん、ちゃらんぽらんな成大も、この光景には軽口など叩けない様子だ。

「お前って女の子の家、行ったことないの」
「あるけど、こんなデケー家には初めて来た」
「そっか……」

 リビングルームではなく応接室に通されて、やたら座り心地のいいソファに腰かけ、高価そうな茶器に淹れられた紅茶をはた目に、ようやく真一郎と成大は言葉を発することができた。ふたりの頭上では、シャンデリアがきらきらと輝きを放っている。

「なんでオレ呼ばれたんだろ」

 調子を取り戻しつつあるのか、出された茶菓子――フルーツの砂糖漬け――を口に放り込んで成大が言う。

「俺もなんで呼ばれたのかわかんないんだけど」
「いや、お前は恋人じゃん」
「そうだけどさ……なんでお前と一緒なのかわけわかんないんだけど」
「……本人に聞くしかなくね?」
「まあ……」

 真一郎ひとりでお呼ばれされたのであれば、男子高校生らしく心躍らせて向かうところであったが、なぜか友人も一緒だ。緊張と、響の意図が読めない不安感で、真一郎は紅茶を口にするのが精いっぱい。成大のように茶菓子にまで手を伸ばす余裕はなかった。

「待たせたな、すまない」

 オフホワイトの、控えめなワンピース姿で現れた響の顔が、どこか強張っていることに真一郎はすぐさま気づいた。しかし成大もいる手前、無遠慮にそのことを指摘するのは憚られたし、もしかしたら自分が緊張しているがゆえに響の顔もそのように見えているだけかもしれないと考えて、その点については黙った。

 響はすぐにローテーブルを挟んで、真一郎たちと相対する向かい側のソファに腰を下ろす。すぐに壮年の使用人らしき男性が湯気立ちのぼるティーカップを載せたソーサーをほとんど音もなく置いた。響は「ありがとう」と言ってティーカップに口をつける。その品のある所作を見て、真一郎は「女の子だ!」と思った。

「……単刀直入に言いたいことがある」

 ソーサーとティーカップをローテーブルに戻し、響がやにわにそう切り出す。真一郎と成大のあいだに、緊張が走った。ふたりとも、響の様子からなにやら重大な事態に直面していることは察することができたが、しかし彼女が次に発する言葉は、まったく想像がつかなかった。

「真一郎と、鳴海なるみくんは――」

 ごくりと、真一郎はたまらずツバを呑み込んだ。自分の喉仏が上下するのがわかった。

 響は、まっすぐな目で真一郎と成大、ふたりを見て言う。

「つ、付き合っているのかっ?」

 響の声が上擦った。真一郎にも成大にもそれはわかった。わかったが、彼女がたった今口にした言葉には、まったく理解が及ばなかった。真一郎も成大も、まるで頭上に特大のクエスチョンマークが浮かんでいるような、呆けた顔をするほか、ない。

 ――付き合っているのか?

 真一郎と成大は友人関係である。つまり、「付き合い」はあるが、響が聞きたいのがそういうことではないことは、真一郎にも成大にもわかった。わかったが、なぜ響がそのような質問をしてきたのかは、さっぱりわからなかった。

 ゆえに真一郎は響の真意をつかみかねて黙り込んでしまったし、成大も成大で、ここで自分が先に口を開けば場がこじれることになると察して、口をつぐんだ。

 真一郎と成大が響の意図が読めないように、響も、相対するふたりの困惑の真意を察せない様子を見せる。

「もしそうなら――鳴海くんも私のハーレムに入ればいい。そう、思って……今日呼び出したんだ」

 右斜め上にひとりかっ飛んでいく響について行けず、真一郎は間抜けヅラを晒すほか、なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~

南野海風
恋愛
 聖国フロンサードの第四王子レインティエ・クスノ・フロンサード。十七歳。  とある理由から国に居づらくなった彼は、西に広がる霊海の森の先に住む|白蛇《エ・ラジャ》族の女族長に婿入りすることを決意する。  一方、森を隔てた向こうの|白蛇《エ・ラジャ》族。  女族長アーレ・エ・ラジャは、一年前に「我が夫にするための最高の男」を所望したことを思い出し、婿を迎えに行くべく動き出す。    こうして、本来なら出会うことのない、生まれも育ちもまったく違う一組の男女が出会う。 

処理中です...