隣にマギサ 〈連作短編〉

やなぎ怜

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 シバは、別にマギサのことを嫌ってはいない。

 嫌ってはいないが、しかし別段好意を表に出すこともしない。

 マギサはそれをわかってるのかいないのか、わからない。

 仮にシバがマギサのことを嫌っていようと、マギサはお構いなく「友達」だと言ってきそうな気がすると、シバは思う。

 一方でマギサにも一応、常人が持つ「思いやり」のようなものを持ち合わせているフシはある。

 だから、シバがマギサに、たとえば「お前のことが嫌いだから近づくな」と言えば、姿を消すかもしれない。

 しかしそれらはすべて、シバの頭の中でこねくり回して生まれた空想に過ぎない。

「ねえ、寄り道しようよ」

 マギサが言う。

 シバは、

「行かねえ」

 とだけ、すげなく答えてマギサを見なかった。

 そんなのはいつものことだ。

 いつものマギサだったら、ここで「ええ~?」とか「行こうよ~」と間延びした声で食い下がることもある。

 あるいは、「じゃあ行ってくるね」なんて言って、勝手にぷいといなくなってしまうかもしれない。

 けれどもマギサが取る行動は前者のほうが多かった。

 マギサは、漫画だのドラマだの映画だののフィクションを真に受けて、「友達」といっしょになにかをすれば倍は楽しくなると思い込んでいる。

 だからシバは、そのときも食い下がられたら面倒だなと思った。

 ……けれども、いつまで経ってもマギサはなにも言わない。

 それどころか、どこにもいない。

 三六〇度、周囲を見回しても、マギサの影すらどこにもない。

 シバは急に不安になった。

 マギサはどこへ行ってしまったのだろう?

 シバを置いて、どこかへ消えて――もしかしたら、それきりになってしまうかもしれない。

 シバは珍しく悔やんだ。

 もっとちゃんと、マギサのことを見ていれば。

 もっとちゃんと、マギサやマギサへの思いに向き合っていれば――。


 ――というところで目が覚めたシバの気分は最悪だった。

「ねえ、寄り道しようよ」

 最悪の目覚めを経て、イマイチやる気の出ない一日――この日の仕事は夜からだった――を過ごしていたシバのもとへマギサがやってきた。

 家でなにをするでもなくゴロゴロとしていても、気分は晴れないだろうと考えたシバは、これ幸いとばかりにマギサを連れて外へ出る。

 そして先のセリフ。

「い……」

 シバは反射的に「行かねえ」と言いかけて、途中で口をつぐんだ。

「行こうよ~。ディープディッシュピザの店なんだけどね……」

 マギサは、シバの逡巡などまったく関知していない様子でこの道沿いに新しく出来たピザ屋について話している。

 シバは、なんと答えるか迷った。

 「行かない」と言えばマギサはどうするのだろうか。

 シバの腕を引っ張ってでも連れて行く様子は、想像できるようで、できない。

 しかしなにより、今は悪夢を引きずる気持ちを入れ替えたくてマギサとぶらついていたのだから――

「……仕方ねえな」

 シバがそう言って渋々といった顔で答えれば、マギサはあからさまに顔を明るくして「え? いっしょに行ってくれるの?」と喜んだ。

「これくらいで喜ぶなよ……。単純なヤツ」
「別に減るもんじゃないし! わ~い。ピザをシェアするのって友達っぽい!」

 シバは「まあ普段から『怪異』関係で世話になっているしこれくらいは」と思ってマギサを見やる。

 まんざらでもない気持ちで、シバはマギサに連れられてピザ屋に入った。

 悪夢のあと特有の、なんとも言えない不快感は、そのときにはもう綺麗に消え去っていた。
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