33 / 38
16-2
しおりを挟む
「『天使』ってどんな味がするんだろ?」
「知るかよ」
「虚無」としか表現できない、上手くもなく美味くもないマギサの手料理を口へ運びながら、シバはそう答える。
マギサは料理が趣味で、特技だと思っているところはあるが、しかしお世辞にもうまいとは言えない腕の持ち主である。
シバはそんなマギサの手料理のことは、嫌いではないが別に好きこのんで食べるものでもないと思っている。
しかし妙なところで律義さを発揮するシバは、マギサから出された食事は決して残さない。
マギサ自身が、自らの手で作った料理をどう思って食べているのか、シバは知らない。
特技だ趣味だと言い切るのだから、マギサの舌にはこの「虚無」としか表現できない食事が合っているのかもしれない。
シバが特別聞き出そうとはしないため、依然としてそのあたりは闇の中であった。
「気になってるくせに食わなかったのか」
シバはつい数時間前に見た「天使」をその脳裏に思い浮かべる。
と言ってもシバたちが見た「天使」は翼もなかったし光輪もなかったし、愛らしい姿もしていなかった。
していなかった――と言うか、「天使」はすべて茶色っぽい粉末になっていた。
あの敵対組織の末端組員だとかいう青年が助けたかったらしい「天使」は、彼がシバに話を持ってきていた時点で全部粉末にされていた。
シバは、「天使」を生かしておいて血液を搾り取り続けていれば、もっと「アンヘル」とかいう新種のドラッグを供給し続けられたんじゃないかと考えた。
もちろん、口には出しはしなかったが。
しかし青年から「天使」を手に入れた兄貴分はそこまで頭が回らなかったのか、早々に「天使」を殺して、解体して、粉末にしてしまったらしい。
物言わぬ、ただの茶色っぽい粉末になってしまった「天使」を前にして、青年はしばし呆然としたあと、慟哭しながら自身の兄貴分を殺そうとした。
それはほかでもないシバの手によって阻まれたので、青年も、青年の兄貴分もまだ生きてはいる。
いつまでの命なのかは、知らないが。
組織のシマを荒らされた以上、組織が彼らを五体満足の無傷で帰すことはしないだろうとシバは見込んでいる。
シバはと言えば、己の兄貴分に「マギサを送ってやれ」などと気を遣われたので、それ以上現場にかかわることはできなかった。
わざと遠ざけられたという自覚はシバの中にある。
だからこうしてマギサの手料理をヤケ食いしているのだ。
シバがまだ己が何者かも知らずスラムにいて、兄貴分の彼がまだ兄貴分じゃなかったころ――シバを坊と呼んでいたころから、兄貴分はシバのことを気にかけてくれている。
「組織のトラブルシューター」などという、うさんくさい、なにしているんだかわからない役目を負わされている今だって。
「あれは食べたらヤバそうだし~……」
シバは遠くへ行きかけていた意識を戻し、机を挟んだ向かい側に座るマギサに視線を戻す。
「なんか共食い? みたいなのはしたくないっていうか」
「お前、『天使』なのかよ」
「そうじゃないけど……明確に実体があるものは食べないようにしてる」
「趣味で?」
「そう、趣味の範疇の話」
シバは脳裏で、マギサが「天使」を頭からバリバリと食い散らかす姿を想像した。
その姿は極度に戯画化されたものでしか想像ができない。
なぜならば、シバはマギサが「怪異」を食べる姿を直接は見ていないからだ。
目を離したらいつの間にか食べ終わっている……。
この目で見たのは、そうとしか表現できない状況のみ。
「じゃあオレらの目に見えねえ『天使』なら食ってたのか」
「そりゃあね。食べたことないし」
マギサは未知の食物を口にすることに対して、忌避感はないようだ。
……まあ普段から「怪異」を主食にしているのだから、そのような指摘は今更としか言えないだろう。
「ヘンなもん食って腹壊すなよ」
「私、頑丈だから!」
シバはマギサの手料理をまた口に運ぶ。
相変わらず「虚無」としか言いようがない食事を噛み締めながら、今自分も「ヘンなもん」食ってるなと思わなくもないのであった。
「知るかよ」
「虚無」としか表現できない、上手くもなく美味くもないマギサの手料理を口へ運びながら、シバはそう答える。
マギサは料理が趣味で、特技だと思っているところはあるが、しかしお世辞にもうまいとは言えない腕の持ち主である。
シバはそんなマギサの手料理のことは、嫌いではないが別に好きこのんで食べるものでもないと思っている。
しかし妙なところで律義さを発揮するシバは、マギサから出された食事は決して残さない。
マギサ自身が、自らの手で作った料理をどう思って食べているのか、シバは知らない。
特技だ趣味だと言い切るのだから、マギサの舌にはこの「虚無」としか表現できない食事が合っているのかもしれない。
シバが特別聞き出そうとはしないため、依然としてそのあたりは闇の中であった。
「気になってるくせに食わなかったのか」
シバはつい数時間前に見た「天使」をその脳裏に思い浮かべる。
と言ってもシバたちが見た「天使」は翼もなかったし光輪もなかったし、愛らしい姿もしていなかった。
していなかった――と言うか、「天使」はすべて茶色っぽい粉末になっていた。
あの敵対組織の末端組員だとかいう青年が助けたかったらしい「天使」は、彼がシバに話を持ってきていた時点で全部粉末にされていた。
シバは、「天使」を生かしておいて血液を搾り取り続けていれば、もっと「アンヘル」とかいう新種のドラッグを供給し続けられたんじゃないかと考えた。
もちろん、口には出しはしなかったが。
しかし青年から「天使」を手に入れた兄貴分はそこまで頭が回らなかったのか、早々に「天使」を殺して、解体して、粉末にしてしまったらしい。
物言わぬ、ただの茶色っぽい粉末になってしまった「天使」を前にして、青年はしばし呆然としたあと、慟哭しながら自身の兄貴分を殺そうとした。
それはほかでもないシバの手によって阻まれたので、青年も、青年の兄貴分もまだ生きてはいる。
いつまでの命なのかは、知らないが。
組織のシマを荒らされた以上、組織が彼らを五体満足の無傷で帰すことはしないだろうとシバは見込んでいる。
シバはと言えば、己の兄貴分に「マギサを送ってやれ」などと気を遣われたので、それ以上現場にかかわることはできなかった。
わざと遠ざけられたという自覚はシバの中にある。
だからこうしてマギサの手料理をヤケ食いしているのだ。
シバがまだ己が何者かも知らずスラムにいて、兄貴分の彼がまだ兄貴分じゃなかったころ――シバを坊と呼んでいたころから、兄貴分はシバのことを気にかけてくれている。
「組織のトラブルシューター」などという、うさんくさい、なにしているんだかわからない役目を負わされている今だって。
「あれは食べたらヤバそうだし~……」
シバは遠くへ行きかけていた意識を戻し、机を挟んだ向かい側に座るマギサに視線を戻す。
「なんか共食い? みたいなのはしたくないっていうか」
「お前、『天使』なのかよ」
「そうじゃないけど……明確に実体があるものは食べないようにしてる」
「趣味で?」
「そう、趣味の範疇の話」
シバは脳裏で、マギサが「天使」を頭からバリバリと食い散らかす姿を想像した。
その姿は極度に戯画化されたものでしか想像ができない。
なぜならば、シバはマギサが「怪異」を食べる姿を直接は見ていないからだ。
目を離したらいつの間にか食べ終わっている……。
この目で見たのは、そうとしか表現できない状況のみ。
「じゃあオレらの目に見えねえ『天使』なら食ってたのか」
「そりゃあね。食べたことないし」
マギサは未知の食物を口にすることに対して、忌避感はないようだ。
……まあ普段から「怪異」を主食にしているのだから、そのような指摘は今更としか言えないだろう。
「ヘンなもん食って腹壊すなよ」
「私、頑丈だから!」
シバはマギサの手料理をまた口に運ぶ。
相変わらず「虚無」としか言いようがない食事を噛み締めながら、今自分も「ヘンなもん」食ってるなと思わなくもないのであった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる