隣にマギサ 〈連作短編〉

やなぎ怜

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 ――耳寄りな情報がある。近ごろ出回り始めたドラッグについての話だ。

 マギサと連れ立って歩いているシバに声をかけたのは、シバたちとそう歳の変わらなさそうな青年だった。

 異様なのは、その顔はボコボコに殴られたあとらしく、ところどころ青紫色に腫れ上がっているところだろうか。

「与太話ならネットにでも書き込んでろよ」

 シバはもちろん相手にはしなかった。

 青年の顔に見覚えがなかったこともあるし、いきなり声をかけてきて、いきなりドラッグの話を持ちかけるだなんて、イカレポンチのすることだろうと思ったからだ。

「聞いてくれ!」
「ヤだよ」

 シバはマギサの腕を引っ張り、踵を返すが、その前に青年が回り込んで立ちはだかる。

 シバはイラッとして、一発殴ってやろうかと思った。

 今なら青年の顔に拳を打ち込んでも、その跡は目立ちはしないだろうから。

「アンタ、ボスの息子なんだろ?」

 シバは躊躇なく青年の頬に拳を打ち込んだ。

 明らかにひょろっとした痩躯の青年は、いともたやすく地面へ倒れ込んで、血を吐いた。

 元から口の中が切れていたのかもしれない。

 しかしいずれにせよ、そんな惨状の青年を見ても、シバの心に同情だとかは浮かばない。

 自業自得。

 ――好きこのんで地雷を踏みに行ったコイツが悪いのだ。

 シバが青年を殴っても、マギサはぼんやりとなりゆきを見ているだけだった。

 シバに道徳心だとか倫理観だとかがそなわっていないように、マギサも一応カタギの割には、そんな感じでお美しい心を持ち合わせていない。

 なんだかんだと似た者同士だったから、シバの凶行を前にしても、マギサはぴくりとも眉を動かさないのである。

「言葉には気をつけろ」

 シバは倒れ込んでいる青年の腹へ、追い打ちで蹴りを入れる。

 青年はえずいたが、シバがさほど本気で蹴らなかったこともあってか、胃の中のものを吐き出しはしなかった。

「ま、待って……」

 地面にうずくまっていた青年が、シバの靴に手を伸ばしたので、シバはその手の甲をえぐるようにかかとを落とした。

「……シバ~……」
「ア゛ア゛?!」

 そんな青年とシバの様子――というか、シバによる一方的な蹂躙を目にしていたマギサから声が上がる。

 きゅう、と同時にマギサの腹も声を上げる。

 シバはその音を聞いて、思わず額に手をやった。

「……んだよ、『怪異』か?」

 青年に声を吐きかけたときとは変わって、どこか柔らかささえ感じられる声音でシバが問う。

 無論、そこには多分に呆れも含まれていたが――先ほどと声音が違うことは、だれが聞いても明らかだった。

「ちょっとにおいがするだけだけど」
「……このゴミか?」
「そう」

 シバが足元に転がる青年を指差せば、マギサはためらいなく肯定した。

「ハアー……ッ」

 シバは深い、それは深いため息をついたあと、靴の爪先で青年の腫れ上がった頬をつつく。

「話だけなら聞いてやるよ」

 木立に囲まれた、こじんまりとした公園のベンチにシバは腰を落ち着け、脚を組んだ。

 マギサは当然のようにその横へ、行儀よく膝を揃えて座る。

 青年は立ちっぱなしだ。

 シバに蹴られた腹部が痛むのか、胃の当たりに手をやっている。

 しかしシバがそんな様子の青年を見ても、感じるものはなにもない。

「――で、オレが……ボスの息子だと知った上で持ちかけてくる話ってなんだよ」

 青年は、再度近ごろ出回り始めたドラッグについて話し出す。

「『アンヘル』って名前のドラッグ……アレの原料を知ってるんです」
「……で?」

 シバがうろんげな目を向けているのがわかったのか、青年は焦ったように自分が、シバが属する組織と敵対する組織の、末端の人間だと告げてきた。

「あなたは裏切り者ってこと~?」

 マギサが端的に問えば、青年は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、しかし最終的にはそうだと認めた。

「『アンヘル』の原料は……『天使』なんです。おれ……おれ……彼女を救いたくて……」

 顔が腫れ上がっているためにわかりにくかったものの、青年は目を伏せていた。

 シバは、面倒ごとがまた転がり込んできた、と思った。
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