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シバは組織のトラブルシューターである。
マギサと出会ってこっち、そういうことになっている。
そのことには大なり小なり不満はあるものの、シバは組織に身を置いている年季こそ、そこそこだが、年齢的には若輩者。
それゆえに大っぴらに不満をあらわにする――などといった態度は取れるべくもないわけである。
しかし、今直面しているトラブルを前にして、シバの内では「これもオレの仕事か?」というような不平不満がふつふつと湧いてきた。
組織が所有する事務所のひとつは、現在阿鼻叫喚の一歩手前といった様相であった。
それというのも、シバと、もうひとりのガタイのいい組員が必死になって押さえつけている二〇歳前後の若衆が、口を開閉させてガチガチと歯を鳴らしながら、なんとかして――人肉を食べようとしているからである。
否、ひとくちていどは食べたあとなのだろうかとシバは思った。
なにせ、痛みか恐怖か――あるいはその両方か――で号泣しているひとりの組員の腕は、はっきりと「なにか」に食われたように肉が抉れているのだから。
……「なにか」と表現しはしたものの、シバはその「なにか」が今取り押さえている若衆で、この明らかに正気でない彼の歯が、その組員の腕の肉を抉ったことは現場の空気からわかりきっていた。
とは言えども、シバはその決定的な場面を目撃してはいない。
事務所を訪れたらもう「こう」なっていて、その場の流れでシバは暴れる若衆を、彼の兄貴分らしい別の組員と取り押さえることになってしまったのだから。
口の端からよだれをだらだらと垂らす若衆を見て、シバは「きったねえな」などと思いつつ、どうすればこの場が収まるのか考えた。
考えたが、そんなすぐに名案が浮かぶほど、シバは賢くない。
だがそうこうしているうちに暴れていた若衆の動きはにぶって行く。
やがて若衆の体から力が抜けていくのをシバは感じ取りはしたものの、もちろんすぐに手を放すようなことはしない。
それでも若衆の手足からゆるゆると力が抜けて行く。
そうすると今度は若衆は涙を流し出し、しくしくと泣きだした。
シバも、若衆の兄貴分らしい組員も、戸惑った。
若衆はそれから暴れ出しはしなかったものの、やはり正気とは思えないうつろな目から涙を滂沱させるばかりで、こちらの声が届いているのかどうかは怪しい様子のままだった。
「……っつーわけで、オレにお鉢が回ってきたんだよ」
「へえ~」
オートロックなんて上等なものがついていないような、古めのマンション。
その五階までエレベーターで上がったころには、シバは隣にいるマギサへ今回の仕事の説明をほとんど終えることができていた。
「人肉っておいしいのかな?」
「知るかよ」
マギサの疑問は、シバにとっては至極どうでもいいものだったので、そう言ってそっけなく流す。
近頃、シバが身を置く組織では奇妙な事件が散発して起こっていた。
組員が突然そばにいた人間――たいていは組織の人間――に噛みついて、その肉を食べるという事件である。
その事件の原因究明に抜擢――もとい、役を押しつけられたのが、トラブルシューターを拝命しているシバだ。
しかし事件を起こした組員の共通項は、シバにお鉢が回ってくる前に洗い出されていた。
彼らはみな、とあるゴミ処理業者のアルバイトをしていたか、その業者がゴミを不法投棄する現場に居合わせていたのだ。
ちなみに居合わせていた――と表現したものの、実質は監視役である。
そのゴミ処理業をしている会社は、シバが身を置く組織が所有する会社のひとつであるからだ。
そういうわけであったので、事件を起こした組員の共通項を洗い出すのには、さして時間はかからなかったようである。
「なにか拾ってきちゃったのかな?」
ゴミ処理業者が不法投棄の場にもっぱら使っていたのは、サラダボウル・シティを取り囲む山のひとつである。
所有権が曖昧なのか定かではないが、とにかく荒れ放題の山には怪しげなゴミ処理業者のみならず、自殺志願者もちらほらと訪れていると言う。
その山に足を踏み入れたことのある組員によると、ぼろぼろの縄が木にかかっていたり、実際人骨らしきものを見たこともあると言う。
他にも怖いもの知らずの若者がたむろしていたり、肝試し目的の若者グループもやってくるというのだから、混沌としている。
とにかくまあ、普段はひとの目が届かないことはたしからしい。
シバはそんなことを考えながら、事件を起こした組員が借りているマンションの部屋の鍵を開けた。
「祟りだ呪いだだとでも?」
シバは玄関扉を開けながら、マギサにそう返す。
「だってその山、心霊スポットだから」
「知ってる。……もしかして行ったことあんのか? お前」
「ううん」
マギサは首を横に振った。
「ネットで調べたらそう書いてあったから」
……マギサの主食は「怪異」である。
その事実を踏まえると、普通の人間がネットで飲食店の評判を調べるのと同じように、マギサはネットで心霊スポットを調べたことがあるのかもしれない――とシバは思った。
「……とりあえずなんかねえか探すぞ」
シバとマギサは、事件を起こした組員が借りている部屋へと足を踏み入れる。
部屋の主たる組員は今この場にはいない。
正気を失った様子で他の組員に噛みついてから、そのままだからだ。
組織とつながりのある病院にいるらしいのだが、会話ができる状態ではないため、シバは訪れてはいない。
そしてシバが早々にアサインしたのがマギサである。
マギサは見た目こそローティーンほどの身長しかなく華奢だが、「怪異」を食べるという特性ゆえに、この手のオカルトめいたトラブルにはめっぽう強い。
他方、マギサはシバが完全にコントロールできるほど甘っちょろい相手ではない。
先日などはその典型で、マギサが勝手に「怪異」を「つまみ食い」したために、シバがいらぬ苦労をした。
「……なんか見つけてもすぐ食うなよ」
「拾い食いなんてしないって~」
シバは内心で「ウソつけ」と思ったが、目を平たくするだけで、言いはしなかった。
マギサと出会ってこっち、そういうことになっている。
そのことには大なり小なり不満はあるものの、シバは組織に身を置いている年季こそ、そこそこだが、年齢的には若輩者。
それゆえに大っぴらに不満をあらわにする――などといった態度は取れるべくもないわけである。
しかし、今直面しているトラブルを前にして、シバの内では「これもオレの仕事か?」というような不平不満がふつふつと湧いてきた。
組織が所有する事務所のひとつは、現在阿鼻叫喚の一歩手前といった様相であった。
それというのも、シバと、もうひとりのガタイのいい組員が必死になって押さえつけている二〇歳前後の若衆が、口を開閉させてガチガチと歯を鳴らしながら、なんとかして――人肉を食べようとしているからである。
否、ひとくちていどは食べたあとなのだろうかとシバは思った。
なにせ、痛みか恐怖か――あるいはその両方か――で号泣しているひとりの組員の腕は、はっきりと「なにか」に食われたように肉が抉れているのだから。
……「なにか」と表現しはしたものの、シバはその「なにか」が今取り押さえている若衆で、この明らかに正気でない彼の歯が、その組員の腕の肉を抉ったことは現場の空気からわかりきっていた。
とは言えども、シバはその決定的な場面を目撃してはいない。
事務所を訪れたらもう「こう」なっていて、その場の流れでシバは暴れる若衆を、彼の兄貴分らしい別の組員と取り押さえることになってしまったのだから。
口の端からよだれをだらだらと垂らす若衆を見て、シバは「きったねえな」などと思いつつ、どうすればこの場が収まるのか考えた。
考えたが、そんなすぐに名案が浮かぶほど、シバは賢くない。
だがそうこうしているうちに暴れていた若衆の動きはにぶって行く。
やがて若衆の体から力が抜けていくのをシバは感じ取りはしたものの、もちろんすぐに手を放すようなことはしない。
それでも若衆の手足からゆるゆると力が抜けて行く。
そうすると今度は若衆は涙を流し出し、しくしくと泣きだした。
シバも、若衆の兄貴分らしい組員も、戸惑った。
若衆はそれから暴れ出しはしなかったものの、やはり正気とは思えないうつろな目から涙を滂沱させるばかりで、こちらの声が届いているのかどうかは怪しい様子のままだった。
「……っつーわけで、オレにお鉢が回ってきたんだよ」
「へえ~」
オートロックなんて上等なものがついていないような、古めのマンション。
その五階までエレベーターで上がったころには、シバは隣にいるマギサへ今回の仕事の説明をほとんど終えることができていた。
「人肉っておいしいのかな?」
「知るかよ」
マギサの疑問は、シバにとっては至極どうでもいいものだったので、そう言ってそっけなく流す。
近頃、シバが身を置く組織では奇妙な事件が散発して起こっていた。
組員が突然そばにいた人間――たいていは組織の人間――に噛みついて、その肉を食べるという事件である。
その事件の原因究明に抜擢――もとい、役を押しつけられたのが、トラブルシューターを拝命しているシバだ。
しかし事件を起こした組員の共通項は、シバにお鉢が回ってくる前に洗い出されていた。
彼らはみな、とあるゴミ処理業者のアルバイトをしていたか、その業者がゴミを不法投棄する現場に居合わせていたのだ。
ちなみに居合わせていた――と表現したものの、実質は監視役である。
そのゴミ処理業をしている会社は、シバが身を置く組織が所有する会社のひとつであるからだ。
そういうわけであったので、事件を起こした組員の共通項を洗い出すのには、さして時間はかからなかったようである。
「なにか拾ってきちゃったのかな?」
ゴミ処理業者が不法投棄の場にもっぱら使っていたのは、サラダボウル・シティを取り囲む山のひとつである。
所有権が曖昧なのか定かではないが、とにかく荒れ放題の山には怪しげなゴミ処理業者のみならず、自殺志願者もちらほらと訪れていると言う。
その山に足を踏み入れたことのある組員によると、ぼろぼろの縄が木にかかっていたり、実際人骨らしきものを見たこともあると言う。
他にも怖いもの知らずの若者がたむろしていたり、肝試し目的の若者グループもやってくるというのだから、混沌としている。
とにかくまあ、普段はひとの目が届かないことはたしからしい。
シバはそんなことを考えながら、事件を起こした組員が借りているマンションの部屋の鍵を開けた。
「祟りだ呪いだだとでも?」
シバは玄関扉を開けながら、マギサにそう返す。
「だってその山、心霊スポットだから」
「知ってる。……もしかして行ったことあんのか? お前」
「ううん」
マギサは首を横に振った。
「ネットで調べたらそう書いてあったから」
……マギサの主食は「怪異」である。
その事実を踏まえると、普通の人間がネットで飲食店の評判を調べるのと同じように、マギサはネットで心霊スポットを調べたことがあるのかもしれない――とシバは思った。
「……とりあえずなんかねえか探すぞ」
シバとマギサは、事件を起こした組員が借りている部屋へと足を踏み入れる。
部屋の主たる組員は今この場にはいない。
正気を失った様子で他の組員に噛みついてから、そのままだからだ。
組織とつながりのある病院にいるらしいのだが、会話ができる状態ではないため、シバは訪れてはいない。
そしてシバが早々にアサインしたのがマギサである。
マギサは見た目こそローティーンほどの身長しかなく華奢だが、「怪異」を食べるという特性ゆえに、この手のオカルトめいたトラブルにはめっぽう強い。
他方、マギサはシバが完全にコントロールできるほど甘っちょろい相手ではない。
先日などはその典型で、マギサが勝手に「怪異」を「つまみ食い」したために、シバがいらぬ苦労をした。
「……なんか見つけてもすぐ食うなよ」
「拾い食いなんてしないって~」
シバは内心で「ウソつけ」と思ったが、目を平たくするだけで、言いはしなかった。
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