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シバは、見知った男が見慣れない場所にいるのを見つけた。
中肉中背に禿頭の、ごくごく普通の中年男性といった風貌のその人物は、しかしさながら辻占売りといったような格好をしている。
中年男は、彼よりは若いが、そろそろ中年の域に入りかけている男性と話し込んでいた。
なにやら必死な形相の男性に対し、中年男は何度も首を振って手を振ってを繰り返している。
シバと中年男は、見知らぬ仲ではない。
揉めているならば仲裁に入るべきだろうかと思案しているあいだに、食い下がっていた男性がやおら肩を落とし、とぼとぼとした足取りで去って行った。
「河岸を移したのか?」
シバはおもむろに中年男へと近づくと、声をかける。
中年男はちらりとシバに視線をやって、見知らぬ仲ではない人物であることを確認すると、力を抜くように息を吐いた。
「妙なやつらに食い下がられたもんでね」
「さっきのやつか?」
「あいつはそのお仲間のひとりらしいが――詳しいことは知らんよ。アンタ、知ってるかい? 『解心会』ってやつらのこと……」
「……ああ」
中年男が出した団体名にシバは心当たりがあった。
あった、というか――。
「ついこのあいだうちの下っ端とモメたよ」
「なんだい。勧誘にでも遭って?」
「いいや。朝っぱらから読経だかなんだか知らねえが、うるせえとかでよ」
シバは、ついこのあいだの出来事を脳裏に思い浮かべた。
組織の若衆に呼び出されて行ってみれば、最終的には揉めていた相手の、宗教かぶれらしい中年女を羽交い絞めにして、若衆から必死になって引き剥がすことになった件である。
そもそもの原因は若衆にあるものの、ややこしいことになったのは、マギサの食い意地が張っていたせいだ。
「怪異」を主食とするマギサが、中年女が信仰していた「解心様」とやらを食べたせいだ。
そして組織の若衆はこの一件が相当効いたのかどうかは知れないが、現在行方知れずである。
どうも自発的に失踪したらしく、事件性はなさそうなのではあるが、シバの兄貴分などは「最近の若いもんはすぐバックレて困る」などとぶつくさと言っている。
「――で、アンタは?」
「俺はさっきも言った通り、その『解心会』の連中に食い下がられてよ。面倒だからちょいと河岸を移したってわけだ。でもダメかもな。連中、妙にしつこい」
「守銭奴のアンタが断るなんて、よっぽど面倒な依頼だったのか?」
中年男は、いわゆる霊能力者である。
実際に霊能力や霊感といったものがそなわっているかはともかくとして、それを生業としていることには間違いがない。
中年男は占いと称してなにかしらを売りつけたり、あるいは「幽霊が出る」とされる物件の除霊だか浄霊だかをしてせっせと金を稼いでいる……言ってはなんだが、うろんな人物だ。
シバはまだその現場に立ち会ったことはなかったがゆえに、中年男のその能力をイマイチ信じてはいない。
しかし中年男が組織の事務所に何度か出入りしているのはたしかで、ゆえにふたりは顔だけは見知った仲であったのだ。
中年男は疲れたため息を吐く。
「あんなのは――初めて視た」
「あん?」
「……イメージの話なんだが、色が白くて手足も頭もえらい長くて一見人間っぽいんだがよ――半分くらい、食われてたな、ありゃ。んで食われてたけど全部は食われてねえ。だから、あれは苦しんでいた。そんで暴れてた。……なにがどうなればああなるのか、俺には見当もつかねえが……そう、たしか『解心会』の連中は、あれを『解心様』って呼んでいたな。あれが神なのかまではわかんねえが……俺はあれを中途半端に食ったやつのほうが怖いね」
シバは思わず固まった。
中年男が恐ろしげに語る――「『解心様』を食った存在」に、まさしく心当たりがあったからだ。
中年男はシバが固まったのは、己が語った話が恐ろしかったからだと解釈したらしい。
「今のところあれは『解心会』とかいうところの信者どもに当たり散らしているだけだから、こっちに害はないみてえだがよ。……まあ、その『ストック』が切れたりしたらどうなるかは……俺にもわからねえ」
「……そうか」
シバは「そうか」としか言えなかった。
そしてあとでマギサの家に行ってあの日のことをもう少し詳しく聞き出す必要があるようだ、と思った。
「だって、食べていいかどうかちょっとよくわかんなかったから……ちょっと、ちょっとね、つまみ食いした」というマギサの弁明になっていないセリフにシバがキレるまであと少し――。
中肉中背に禿頭の、ごくごく普通の中年男性といった風貌のその人物は、しかしさながら辻占売りといったような格好をしている。
中年男は、彼よりは若いが、そろそろ中年の域に入りかけている男性と話し込んでいた。
なにやら必死な形相の男性に対し、中年男は何度も首を振って手を振ってを繰り返している。
シバと中年男は、見知らぬ仲ではない。
揉めているならば仲裁に入るべきだろうかと思案しているあいだに、食い下がっていた男性がやおら肩を落とし、とぼとぼとした足取りで去って行った。
「河岸を移したのか?」
シバはおもむろに中年男へと近づくと、声をかける。
中年男はちらりとシバに視線をやって、見知らぬ仲ではない人物であることを確認すると、力を抜くように息を吐いた。
「妙なやつらに食い下がられたもんでね」
「さっきのやつか?」
「あいつはそのお仲間のひとりらしいが――詳しいことは知らんよ。アンタ、知ってるかい? 『解心会』ってやつらのこと……」
「……ああ」
中年男が出した団体名にシバは心当たりがあった。
あった、というか――。
「ついこのあいだうちの下っ端とモメたよ」
「なんだい。勧誘にでも遭って?」
「いいや。朝っぱらから読経だかなんだか知らねえが、うるせえとかでよ」
シバは、ついこのあいだの出来事を脳裏に思い浮かべた。
組織の若衆に呼び出されて行ってみれば、最終的には揉めていた相手の、宗教かぶれらしい中年女を羽交い絞めにして、若衆から必死になって引き剥がすことになった件である。
そもそもの原因は若衆にあるものの、ややこしいことになったのは、マギサの食い意地が張っていたせいだ。
「怪異」を主食とするマギサが、中年女が信仰していた「解心様」とやらを食べたせいだ。
そして組織の若衆はこの一件が相当効いたのかどうかは知れないが、現在行方知れずである。
どうも自発的に失踪したらしく、事件性はなさそうなのではあるが、シバの兄貴分などは「最近の若いもんはすぐバックレて困る」などとぶつくさと言っている。
「――で、アンタは?」
「俺はさっきも言った通り、その『解心会』の連中に食い下がられてよ。面倒だからちょいと河岸を移したってわけだ。でもダメかもな。連中、妙にしつこい」
「守銭奴のアンタが断るなんて、よっぽど面倒な依頼だったのか?」
中年男は、いわゆる霊能力者である。
実際に霊能力や霊感といったものがそなわっているかはともかくとして、それを生業としていることには間違いがない。
中年男は占いと称してなにかしらを売りつけたり、あるいは「幽霊が出る」とされる物件の除霊だか浄霊だかをしてせっせと金を稼いでいる……言ってはなんだが、うろんな人物だ。
シバはまだその現場に立ち会ったことはなかったがゆえに、中年男のその能力をイマイチ信じてはいない。
しかし中年男が組織の事務所に何度か出入りしているのはたしかで、ゆえにふたりは顔だけは見知った仲であったのだ。
中年男は疲れたため息を吐く。
「あんなのは――初めて視た」
「あん?」
「……イメージの話なんだが、色が白くて手足も頭もえらい長くて一見人間っぽいんだがよ――半分くらい、食われてたな、ありゃ。んで食われてたけど全部は食われてねえ。だから、あれは苦しんでいた。そんで暴れてた。……なにがどうなればああなるのか、俺には見当もつかねえが……そう、たしか『解心会』の連中は、あれを『解心様』って呼んでいたな。あれが神なのかまではわかんねえが……俺はあれを中途半端に食ったやつのほうが怖いね」
シバは思わず固まった。
中年男が恐ろしげに語る――「『解心様』を食った存在」に、まさしく心当たりがあったからだ。
中年男はシバが固まったのは、己が語った話が恐ろしかったからだと解釈したらしい。
「今のところあれは『解心会』とかいうところの信者どもに当たり散らしているだけだから、こっちに害はないみてえだがよ。……まあ、その『ストック』が切れたりしたらどうなるかは……俺にもわからねえ」
「……そうか」
シバは「そうか」としか言えなかった。
そしてあとでマギサの家に行ってあの日のことをもう少し詳しく聞き出す必要があるようだ、と思った。
「だって、食べていいかどうかちょっとよくわかんなかったから……ちょっと、ちょっとね、つまみ食いした」というマギサの弁明になっていないセリフにシバがキレるまであと少し――。
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