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「……本当にあいつには憑いてなかったんだな?」
「ないよー」
シバがもう一度、念押しするように確認すれば、マギサから気軽な返事がかえってくる。
シバは、マギサが「怪異」を認知できることにはもはや疑問を差し挟む余地はないと考えている。
実際にその目でマギサが「怪異」を「食べる」具体的な瞬間は見たことがないものの、それによって事象を解決――したりしなかったり――したところは、見ている。
しかしマギサの目などの感覚器官は、どのように「怪異」を捉えているのかまではわからない。
その辺りのことをシバが聞き出そうとしなかったのもあるが、マギサが積極的に語らないこともあって、謎は未だ謎のままだった。
「部屋に憑いているんじゃないの?」
「まあ、消去法で行けばそういうことになるな」
「まあどっちでもいいじゃん! 早く行こ!」
マギサの腹が同意とばかりにきゅうと空腹を訴える。
シバは釈然としないような複雑な感情を抱えたまま、マギサを連れて男が住んでいた部屋へと向かう。
サラダボウル・シティではありふれた、ごくごく普通の、コンクリート壁が殺風景な印象を与える団地タイプのマンションの五階。
その部屋には、男曰く「幽霊」が出る。
そう聞いて怯えるほどシバの神経はか細くなく、またマギサという強力なカウンター手段を持っていることもあり、シバはもとからそこに住んでいた人間のような自然さで部屋へと向かった。
そこは玄関扉を開ければ、部屋のほとんどが見渡せるような狭い物件だった。
部屋の内部は雑然としているが、男の一人暮らしと聞いて想像するような散らかりぶりだったので、特段違和を覚えるほどではない。
部屋には入らず、玄関扉を開けたまま、シバとマギサは慎重に部屋の中を覗き込む。
「なんかいたか?」
「まだ……」
「まだってことは気配はあんのか」
「まあそんな感じ」
マギサの「怪異」を感知する能力は万能ではないらしく、さすがに隠されたすべてを見通す――というような超人的な力は備わっていない様子である。
それでもマギサはこの部屋から「なにか」を感じ取ってはいるようだ。
「入るぞ」
だが玄関前でまごついている暇はない。
シバはさっさとこの仕事を終わらせたい気持ちもあり、マギサと共に部屋の内部へと足を踏み入れた。
「きたな~い」
シバからすればこの部屋の散らかりぶりは許容範囲内であったが、マギサからするとまた違うらしい。
「言うほどか?」
「言うほどー」
たしかに、マギサが住んでいるアパートは古いが、マギサの部屋はいつ行っても綺麗に整えられていたなとシバは思い返す。
潔癖と言うほどではないにしても、マギサはそれなりに綺麗好きであるようだ。
「で、ここに――」
「――いるのか?」というシバの言葉は出てくる前に喉の奥に呑み込まれた。
シバは目の前にいるマギサが「あ」の形に口を開けたのを見た。
同時に、臀部に違和を覚える。
違和と言うか、それは――。
「シバに痴漢しないで!!!」
マギサがシバに向かって大股で駆けるように突っ込んでくる。
他ごとに気を取られていたシバがそれを避けられるはずもなく、突撃してきたマギサがシバの胸へと飛び込む形となった。
「――ぐっ」
胸が圧迫されて、シバの喉から苦しげな音が漏れ出る。
しかしシバの臀部を――明らかな下心を感じる手つきで撫でまわしているという不愉快な感覚は、消えた。
「……んだよ、今の……」
シバはひっついているマギサをそのままに、背後を振り返って見るが、もちろんそこにはなにもない。
ただ、男の一人暮らしの典型例とも言える光景が広がっているばかりだった。
半ば、呆然としているシバに対し、シバの胸にひっついているマギサは、珍しく頬を膨らませて怒りを表明している。
その仕草は非常に――なんというか、漫画っぽく感じられた。
が、しかし平素のマギサの言動――たとえば、友情というものに幻想を見ている様子だとか――を思えば、その感情表現の手法を取ること事態に不思議はない。
ゲーム脳ならぬ、漫画脳というやつなのだ。マギサは。
「痴漢! 痴漢!」
「それ、さっきも言ってたな……。痴漢……?」
「そう。シバのお、お、お尻……触ってた……」
マギサはぷりぷりと怒っていた顔から一転、なぜか恥ずかしそうに、そして気まずげに言う。
シバは、マギサの言葉を受けて腑に落ちるものがあった。
しかし今はそれよりも。
「『食った』のか?」
「もちろん!」
「じゃあいい」
「……いいの?」
「別に減るもんじゃねえし」
「減るよー!」
なぜかマギサは悲しそうな顔をする。
しかしシバには、マギサがなぜそのような表情になっているのかがさっぱりわからなかった。
「触られたぐれーどうってことねえわ。まあタダで触ってきたのはムカつくが」
「どうってこと、あるよー」
「オレはそうなんだよ。……まあ、あいつはもっとヤベーことされたのかもなあ?」
「?」
シバに相談を持ちかけてきた男の評判を知らないマギサは、不思議そうに首をかしげた。
……シバがもののついでとばかりに、いつもは重い腰を上げて団地のある土地を調べ上げたところ、そこはかつて男色家の領主がいたとかいう情報が出てきた。
果たしてあの構成員の男がなにをされたのかはわからないが――ほどなくしてサラダボウル・シティを出たのか、行方知れずになったことだけは、たしかである。
「ないよー」
シバがもう一度、念押しするように確認すれば、マギサから気軽な返事がかえってくる。
シバは、マギサが「怪異」を認知できることにはもはや疑問を差し挟む余地はないと考えている。
実際にその目でマギサが「怪異」を「食べる」具体的な瞬間は見たことがないものの、それによって事象を解決――したりしなかったり――したところは、見ている。
しかしマギサの目などの感覚器官は、どのように「怪異」を捉えているのかまではわからない。
その辺りのことをシバが聞き出そうとしなかったのもあるが、マギサが積極的に語らないこともあって、謎は未だ謎のままだった。
「部屋に憑いているんじゃないの?」
「まあ、消去法で行けばそういうことになるな」
「まあどっちでもいいじゃん! 早く行こ!」
マギサの腹が同意とばかりにきゅうと空腹を訴える。
シバは釈然としないような複雑な感情を抱えたまま、マギサを連れて男が住んでいた部屋へと向かう。
サラダボウル・シティではありふれた、ごくごく普通の、コンクリート壁が殺風景な印象を与える団地タイプのマンションの五階。
その部屋には、男曰く「幽霊」が出る。
そう聞いて怯えるほどシバの神経はか細くなく、またマギサという強力なカウンター手段を持っていることもあり、シバはもとからそこに住んでいた人間のような自然さで部屋へと向かった。
そこは玄関扉を開ければ、部屋のほとんどが見渡せるような狭い物件だった。
部屋の内部は雑然としているが、男の一人暮らしと聞いて想像するような散らかりぶりだったので、特段違和を覚えるほどではない。
部屋には入らず、玄関扉を開けたまま、シバとマギサは慎重に部屋の中を覗き込む。
「なんかいたか?」
「まだ……」
「まだってことは気配はあんのか」
「まあそんな感じ」
マギサの「怪異」を感知する能力は万能ではないらしく、さすがに隠されたすべてを見通す――というような超人的な力は備わっていない様子である。
それでもマギサはこの部屋から「なにか」を感じ取ってはいるようだ。
「入るぞ」
だが玄関前でまごついている暇はない。
シバはさっさとこの仕事を終わらせたい気持ちもあり、マギサと共に部屋の内部へと足を踏み入れた。
「きたな~い」
シバからすればこの部屋の散らかりぶりは許容範囲内であったが、マギサからするとまた違うらしい。
「言うほどか?」
「言うほどー」
たしかに、マギサが住んでいるアパートは古いが、マギサの部屋はいつ行っても綺麗に整えられていたなとシバは思い返す。
潔癖と言うほどではないにしても、マギサはそれなりに綺麗好きであるようだ。
「で、ここに――」
「――いるのか?」というシバの言葉は出てくる前に喉の奥に呑み込まれた。
シバは目の前にいるマギサが「あ」の形に口を開けたのを見た。
同時に、臀部に違和を覚える。
違和と言うか、それは――。
「シバに痴漢しないで!!!」
マギサがシバに向かって大股で駆けるように突っ込んでくる。
他ごとに気を取られていたシバがそれを避けられるはずもなく、突撃してきたマギサがシバの胸へと飛び込む形となった。
「――ぐっ」
胸が圧迫されて、シバの喉から苦しげな音が漏れ出る。
しかしシバの臀部を――明らかな下心を感じる手つきで撫でまわしているという不愉快な感覚は、消えた。
「……んだよ、今の……」
シバはひっついているマギサをそのままに、背後を振り返って見るが、もちろんそこにはなにもない。
ただ、男の一人暮らしの典型例とも言える光景が広がっているばかりだった。
半ば、呆然としているシバに対し、シバの胸にひっついているマギサは、珍しく頬を膨らませて怒りを表明している。
その仕草は非常に――なんというか、漫画っぽく感じられた。
が、しかし平素のマギサの言動――たとえば、友情というものに幻想を見ている様子だとか――を思えば、その感情表現の手法を取ること事態に不思議はない。
ゲーム脳ならぬ、漫画脳というやつなのだ。マギサは。
「痴漢! 痴漢!」
「それ、さっきも言ってたな……。痴漢……?」
「そう。シバのお、お、お尻……触ってた……」
マギサはぷりぷりと怒っていた顔から一転、なぜか恥ずかしそうに、そして気まずげに言う。
シバは、マギサの言葉を受けて腑に落ちるものがあった。
しかし今はそれよりも。
「『食った』のか?」
「もちろん!」
「じゃあいい」
「……いいの?」
「別に減るもんじゃねえし」
「減るよー!」
なぜかマギサは悲しそうな顔をする。
しかしシバには、マギサがなぜそのような表情になっているのかがさっぱりわからなかった。
「触られたぐれーどうってことねえわ。まあタダで触ってきたのはムカつくが」
「どうってこと、あるよー」
「オレはそうなんだよ。……まあ、あいつはもっとヤベーことされたのかもなあ?」
「?」
シバに相談を持ちかけてきた男の評判を知らないマギサは、不思議そうに首をかしげた。
……シバがもののついでとばかりに、いつもは重い腰を上げて団地のある土地を調べ上げたところ、そこはかつて男色家の領主がいたとかいう情報が出てきた。
果たしてあの構成員の男がなにをされたのかはわからないが――ほどなくしてサラダボウル・シティを出たのか、行方知れずになったことだけは、たしかである。
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