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「ねえねえシバ。あのひと、友達?」
「ハア?」

 ちょいちょいと肩のあたりをつつくマギサにうざったさを感じながら、シバはマギサが指差した方向へと振り返る。

 あわてたように曲がり角の向こう側へ、さっと身を隠す中肉中背の男の姿が、一瞬だけ見えた。

 シバはその男が何者であることかはおろか、名前も職も見知っていた。

「友達なわけねーだろ」
「おどろかしたいのかなって」
「バカか?」

 シバがマギサと一緒にいるのは、なにもそういう約束をしたからではない。

 シバが特に目的もなくぷらっと外に出たら、マギサと出くわしてしまったのだ。

 もちろんマギサは大喜びでシバについて回っているので、一緒に連れ歩いているような形になっているだけだった。

 シバはマギサのことを嫌ってはいない。

 嫌ってはいないが、素直に好意を示すこともない。

 それは、シバのプライドが邪魔をする。

 マギサはシバにとって特別な存在ではあったが、シバの心は素直にそれを認めたがらないのであった。

組織うちを嗅ぎ回ってるフリーライターだとよ」

 シバは舌打ちをひとつして、マギサに教えてやる。

 シバが身を置く組織は、表で商売をする店舗――いわゆるフロント――や人間を抱えてはいるものの、足の先から頭のてっぺんまで裏社会に浸かっている。

 つまるところ表沙汰にされては少々具合が悪いこともある。

 かといって軽率にカタギの人間ひとりを始末することもできない。

 だから現状で取れる選択は、「放置」の一択しかないのであった。

 シバなどは気が長いほうではないので組織を嗅ぎ回っている男なんて、ちょっと脅しかけてやればいいとすら思っている。

 しかしボスの決定となると、そんなことをしてはボスが決めたことに異を唱えることと同じだ。

 そういうわけでシバは、ストーカー行為を働くフリーライターの男に対しては無視を決め込むことにしていた。

 していたのだが――

「あっ! 轢かれた」

 空気をつんざくブレーキ音に続き、なにか固いものに猛スピードでぶち当たる衝突音が響き渡る。

 人通りの多い真昼間だったこともあり、ざわめきが波のように奥へ奥へと伝播していくのがよくわかった。

 「事故?」。往来を行く若い女の口から出た言葉を聞き、シバはようやくすぐそこで交通事故が起こったことを理解した。

 しかしシバが理解するよりも先に、マギサはその場から駆け出していて、気がつけばフロントガラスにヒビが入った軽ワゴン車の前で膝を折っていた。

「――おいっ」

 シバはあわててマギサのあとを追い、道路に出る。

 車から降りてきた軽ワゴン車の運転手は困惑顔で自らが轢いてしまった中肉中背の男――シバのあとをつけていた、フリーライターを見下ろしている。

「いきなり飛び出してきたんだ!」

 運転手の主張を無視して、シバはマギサに近づき、その華奢な肩をつかむ。

「ハア……なにやってんだお前」

 マギサは口で返事をする代わりに「きゅう」と腹を鳴らして答えた。

 シバはマギサの「返事」を聞いて、大きなため息をつかざるを得なかった。
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