呪われている。

やなぎ怜

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 ヨタロはわたしよりよほどモノを知っていた。

 たとえば、わたしが単なる開けた花畑だと思っていた場所は、神社の敷地内であるとか。

「でも、まあこれだけ荒れてたらわからないよね」

 折れた石鳥居のあとを指差して、ヨタロはちょっとこまったように笑った。

 わたしは荒れ果てた神社を前にするとちょっとすくみあがる思いだった。

 だって、こんなにもボロボロでいたんじゃ、石階段を上った先にいるという神様は、怒っているんじゃないかと思ったのだ。

「どうだろうね。でも、おれたちには関係ないよ」

 意外にもヨタロはあっさりとそう言ってのける。

 なんとなく、ヨタロはこの神社に対して未練のような、残念だとでもいいたげな顔をしていたから、わたしはそんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだ。

「でも、住んでいる場所がこんな風じゃ、ちょっとかわいそうな気がする」
「そうかな? 仕方ないよ。時代の流れってやつだ。それに安易に『かわいそう』なんて言わないほうがいいよ」

 ヨタロの言葉にわたしは先ほどの発言をちょっと恥じ入った。

 たしかに、よくわからない子供から、「かわいそう」なんて言われたくないだろう、神様は。

 思い返すにひどく傲慢なセリフだった。そう思ってわたしは「そうだね」と反省する。

「神様はさみしくないのかな?」

 手入れのされていない木々の葉で、先の隠れた石階段を見上げる。

 階段もボロボロに朽ちかけていて、ヨタロによるととても登れたものじゃないのだそうだ。

 けれども境内や階段を見れば、上にある本殿の荒廃ぐあいを想像するのは、そう難しいことじゃない。

 それを思うと、わたしはちょっと神様ってやつのことが気になった。

 同情心、というよりも、親近感がこもった、言葉だった。

「さみしくても、どうしようもないよ」

 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、ヨタロの声は悲しげだった。

 ヨタロには居場所がないらしい。

 ひょろりとした体格通りにヨタロは体が弱く、家族からは厄介者扱いされている。

 必ずしも家族は自分の味方にはならないのだ、ということをわたしは知っていたが、いざ目の前にそのモデルケースが現れると、ちょっと動揺してしまった。

 けれどもヨタロのような人間は、決して対岸の火事ではない。

 わたしだって、いつそうなってもおかしくないのだ。

 今は、お父さんがまだ味方でいてくれているけれど、いつそれがご破算になるかはわからない。

 そう思うと、わたしはますます身勝手にヨタロへの親近感を募らせた。

「神様でも、どうしようもできないことってあるんだね」
「あるよ、いっぱい」

 じゃあ、わたしがこんなにも不安でいることも、家がめちゃくちゃになったことも、仕方のないことなのかな、とわたしは思った。

 だってそれは嵐のようだ。人間ひとりにはどうこうできない、天災のようなものだ。

 そう考えると、ちょっとだけやるせない気持ちが減ったような気がした。

「ねえ葉月、葉月は神様になってみたいって思ったこと、ある?」
「ないかなあ……。だって、わたしが神様になったって、きっとなにもできないだろうし」
「葉月は悲観的だ」

 ふふっと笑ってヨタロはそう言う。

「もしかしたらすごい力が手に入るかもしれないよ?」
「でも、上手く使える気がしない」
「そうかなあ」
「そうだよ」

 ヨタロはじっとわたしを見る。その視線に居心地の悪さを覚えて、わたしはヨタロから目をそらした。

「神様にお願いしたら、神様にしてくれるかもしれないよ」
「ヨタロは、神様になりたいの?」
「……どうだろうね」

 神様がどうのこうのという話題を続けるのだから、ヨタロにとって神様というのは特別な存在なんだろう。

 でも、そのわりに神様になりたそうな様子はない。

「……変なの」

 思わずそう口にすると、ヨタロは困ったように笑った。

 その微笑みがとってもきれいだったので、わたしは美形って得だなと、関係のないことを考える。

 ヨタロとは毎日のように遊ぶようになった。

 学校へ行くのも、ちょっとだけイヤではなくなった。

 だって、学校が終わればヨタロに会える。そう思うと、女子たちの陰口や、男子のからかいなんて気にもならなかった。

 ヨタロは学校にいるどんな子よりも大人っぽくて、頼りがいがあった。体は、貧相だけれど。

 そんなヨタロといっしょにいると、なんだか自分も特別な人間になれたような気がした。

 もちろんそれは錯覚なんだろうけれども、優越感にも似たその感情を与えてくれるヨタロのことを、わたしはますます好きになって行った。

 ヨタロは草花の名前をよく知っている。それからアレは食べられるとか、毒があるとか。そういうことにもくわしかった。

 なんでそんなにくわしいのか聞くと、本をたくさん読んだからだそうだ。

 わたしだって本はよく読むけれど、ヨタロほどできた人間ではない。

 これは地力ってやつが違うんだろうな、とわたしはヨタロを羨むと同時に、尊敬の念を抱くようになった。

 ある日は素早いヤモリを捕まえに行ったりした。

 またある日は川釣りを教えてもらった。

 ヨタロはわたしの知らないことをたくさん知っていて、それでいてえらぶったところのない人間だった。

「これってなんだろう?」
「お墓だよ」
「えっ?」
「土饅頭だよ。昔はこうやってそのまま埋めてたんだ」

 川に飛び飛びに配置された石を踏んで行った先には、ちょっと開けた場所が広がっていた。

 そして転々とへこんだ土のあと。ヨタロはそれを「お墓」と言ったので、わたしはびっくりすると同時に、怖くなった。

「怖いものじゃないよ」
「でもさ、静かに寝てるところを邪魔されたら、だれだって怒るでしょ?」
「葉月はおもしろいことを言うね」
「そうかな?」
「それじゃ、手を合わせておこう。邪魔してごめんなさいって」
「そうだね」

 神妙な面持ちでわたしたちは土のあとの前で手を合わせた。

 花なんてそなえられていない、あきらかにもう長いことだれも足を運んでいないお墓。

 幽霊は、ここにいるのだろうか? いるとすれば、さみしいとか感じるのだろうか?

 それはちょっとイヤだなとわたしは思う。

 死んでからもさみしさから解放されないなんて、そんなの悲しすぎる。

「ヨタロはさ」
「うん?」

 お墓から離れ、河原にある大きな石にふたりして腰を下ろす。石は太陽の光をいっぱい浴びて、ちょっと熱くなっていた。

「死んだらどうなると思う?」
「うーん、むずかしいことを聞くね」
「死んだらどうなるかって、いろいろあるじゃん? 幽霊になるとか、あるいはなんにもない……無になるとか」
「葉月はどう思ってる?」
「わたし? わたしは……なんにも感じなくなっちゃえばいいかな……。だって、死んでからも悲しんだり怒ったりするなんて、とっても疲れそう。それに、わたしが死んだときに悲しんでくれるひとがいなかったら、さみしいって感じちゃうの、イヤだし」

 ときどき考えてしまう。自分が死んだらどうなるんだろうっていうこと。

 お父さんは悲しんでくれるかな? お母さんは? それとも、厄介者がいなくなったってホッとする?

 自分で考えておきながら、わたしはその考えに思わず泣きそうになった。

 ヨタロといると不安がまぎれる。けれどもその反動のように、夜中に感じる不安は、わたしのなかで日に日に大きくなるばかりだ。

 死んじゃいたいと思うこともある。半分そんな意欲はないけれど、半分は本気だ。

 正確には、死にたいんじゃなくて、消えてしまいたい。透明になるように、すーっと消えてしまいたい。

 でもそれを考えると、心臓がぎゅっと縮み上がって、猛烈に、泣きたくなる。

 なんで泣きたいのかは、よくわからない。さみしいのかなと思うけれど、それともちょっと違う気がする。

 こんなことは、だれにも言えない。

 学校には友達なんていないし、忙しいお父さんにもこんなことは言えない。

「葉月はさみしんぼなんだ」
「そうかも」
「おれとおんなじだね」
「ヨタロもさみしいと思うときがあるの?」
「そうだね。おれがいなくなったら、葉月がどう思うかなって考えたりすると、ちょっとさみしくなる」
「なんで?」
「葉月が悲しんでくれなかったら、さみしいなって」
「わたし、そんなに薄情じゃないよ。……ヨタロ、もしかしてどこかに行っちゃうの?」

 もしかして具合が悪くて病院に入院してしまうとか……。一瞬のうちにそんな妄想をして、わたしはまた心臓がぎゅーっとなる感覚を味わった。

「そんな予定はないけど……でも、考えちゃうんだよね、勝手に」
「それは、わかる気がする……」
「おれと葉月って、けっこう似た者同士なのかもしれないね」
「そうかな? ヨタロのほうがわたしよりずっとモノを知ってると思うよ」
「単に、モノを知っているだけだ。それだけだよ」

 まるでそれらの知識にはなんの価値もないと言いたげなヨタロの顔に、わたしはちょっと「大人」みたいなものを感じた。

 そう感じること自体が幼稚の証のような気がしたけれど、ヨタロに対しては劣等感を抱くようなことは、一度としてなかった。

 わたしは、かわいくない子供だと思う。性格も、素直じゃなくてひねくれてる自覚がある。

 同級生たちのすることをハスに見ていることもある。

 でも、不思議なことに、ヨタロに対しては素直な尊敬の目を向けることができた。

 そんなヨタロと似た者同士だと言われて、舞い上がらなかったかと言われればウソになる。

 ヨタロと同じであると言われることが、わたしはうれしかった。

 ひとりぼっちじゃないと感じられたこともあるし、恐らく、わたしはほのかな恋愛の対象としてもヨタロに惹かれていた。

 そう自覚すると、ぼんやりと考えていたヨタロに嫌われたくない、という思いが強くなる。

 ヨタロに言わせれば悲観的なわたしは、そうやって物事を悪いほうへと考えてしまうクセがあった。

 どんな物事にもいつかは終わりがくる。わたしはそう強く感じていたし、それは世の中の真実だと疑ってはいなかった。

 だからヨタロにはわたしのどんなことでも知って欲しい、そして、受け入れて欲しいと思う反面、嫌われたくないがゆえにどんな真実もヨタロには言えないだろうという確信があった。

 けれども物事は思うようにいかないのが常であって、わたしは結局ヨタロにわたしが抱えている秘密を、打ち明けざるを得なくなってしまった。
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