上 下
11 / 12

(11)

しおりを挟む
 禁術を習得したのは、言ってしまえば中二病精神からだった。

 苛烈なイジメに対して鬱憤が溜まっていたわたしは、「こっちはこんなすごい魔法を習得しているんだぞ」と内心でマウントを取るために、こっそりコツコツと習得していたのだ。

 しかし禁術と名がつくからには、これを使えばわたしは色々な意味で無事ではいられないだろう。

 聖乙女の座からは降ろされる可能性もあったし、そもそもわたしが再起不能になったり、最悪の場合は死んでしまう可能性もあった。

 なにせ、生命力を使う魔法なのだ。だから、容易に使われることがないよう、禁術に指定されている。

 けれども、わたしは、モチくんを助けたかった。

 わたしの人生と、交換することになってもよかった。

 すべての魔力を指先に集中させる。ピリピリと指先に痛みが走るほどの魔力の圧縮。そして禁術を行使するために、詠唱を始める。

 すぐに周囲の音が聞こえなくなった。次に視界が暗くなって行った。

 月経痛のような、内臓の痛みがわたしを襲う。次には骨が痛むような感覚が走った。

 それでもわたしは魔力の放出と詠唱を止めない。

「聖乙女様」

 モチくんがわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした次の瞬間、わたしの意識は唐突に、それこそ急に電源を切ったかのようにブラックアウトした。

 そしてその刹那、わたしは気づいた。

 ――あ、わたしこんなにもモチくんのことが好きなんだ。

「聖乙女アンマリア」

 わたしを呼ぶハッキリとした声が聞こえて、思わず「はい!」と言って起き上がる。なぜかそうしなければならないような気持ちになったからだ。

 優しく柔和であったが、どこか厳しさもある女性の声。その声には聞き覚えがあるような、ないような。

 そして目を開ければ、まばゆいばかりの真っ白な空間にいるのが分かった。

 平衡感覚や上下感覚がたちまちのうちに狂って、わたしは今立っているのか横たわっているのかすらわからなくなりそうになる。

 そんなわたしの前には、見上げるほどの巨大な女性がそびえ立っていた。顔には白いもやがかかっていて、よく見えない。

 そしてその女性の足元には――なぜか天使ちゃんがべそべそと泣きながら座り込んでいた。

「このたびはいらぬ苦労をかけました」
「……え? それは、どういう」

 そう言いながらも、わたしはなんとなく状況を察し始めていた。

「天国……?」
「いえ、ここは天国の手前、地上との狭間の空間です」
「そ、そうなんですか」

 清らかさを感じさせる女性の声に、わたしは恐縮しつつ背中に冷や汗をかき始めていた。

 恐らくこの女性は――女神様だ。国中の神殿で祀っている、建国王に力を貸したとされる神様。

 そんな大それた存在が今の目の前にいるのだと思うと、身がすくむ。

「わたくしの配下、エリエルが迷惑をかけたことは、貴女が禁術を使ったことと相殺としますが、よろしいですね?」
「え、あ、は、はい……。でも、わたしは――」
「そうです、聖乙女アンマリア。貴女は本来であればここで死する運命にあった存在。しかしこれまでわたくしに尽くしてきた功績と、責任の一端がわたくしにもあることを考慮し、貴女が禁術を行使したことは不問とします。――地上へ返りなさい」
「え、返るってことは――」
「今回は、特別に生き返ることを許します。エリエルが神聖なる力を用いて本来であれば邪法である魅了の術を使い、挙句無辜の人間を死なせてしまうところでしたからね。当然――次はありませんよ?」
「は、はい。ありがとうございます!」
「よろしい。これからもわたくしのために精進することです」
「はい、それはもちろん……」

 わたしが背中に冷や汗を流す気持ちを味わっているあいだにも、天使ちゃんは「え~ん、あたしだってちやほやされたかっただけなのにぃ~」などと、メソメソと泣きながらぶつくさ言っていた。

 わたしが天使ちゃんを見ているのがわかったからか、女神様がこんなことを言う。

「……魅了の術は無理に心変わりをさせる邪法。無理を強いるのですから、被術者の人格に歪みが生じることは必然です。彼らを許せなどとは言いませんが、心に留め置くくらいはしておくことです」
「あ、は、はい」
「さあ――地上へ返りなさい、聖乙女アンマリア」

 うなじがぐっと引っ張られるような感覚があり、再度視界がブラックアウトする。

 そして長い長い穴を、延々と落ち続けているような感覚があり――……やがて、その長大な道のりを経て、ようやくわたしは目を開くことが出来た。

「聖乙女様?!」

 まぶたを開いてまず飛び込んできたのは、こちらを覗き込んでいたモチくんだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。 学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。 「好都合だわ。これでお役御免だわ」 ――…はずもなかった。          婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。 大切なのは兄と伯爵家だった。 何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...