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鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
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六人に戸惑いの目を向けるチカを見て、アマネは泣きそうになるのをぐっとこらえる。眉間にしわが寄るのがわかった。
本心を言うのであれば、今すぐにでもチカには以前の記憶を思い出してもらいたい。けれどもそんなことはできないと、わかっていた。
チカの記憶に棲む怪物を倒すまで、それはできない約束だ。ほかでもない、チカ自身がそう頼んだのだから、アマネがそれを反故にできるはずもなかった。
無理に記憶を刺激すれば、またあの怪物が出てくるのは早くなるだろう。記憶の厚みが増すほどに、その怪物も強大となる。
怪物にはそれなりに知能があるらしく、チカの記憶が増えるまで表に出てくることはない。それでも、怪物が出現するまでのスパンは短くなり、登場するごとに力も弱まっている気がする。あせっているのかもしれない。
怪物の目的はよくわかっていない。どこからきて、なんのためにチカから出てくるのかもわかっていない。もしかしたら目的や理由は存在せず、ただ嫌がらせと悪意の塊だけの存在かもしれない。
いずれにせよ、怪物はチカの記憶に棲みついている。それが動かしようのない事実なのだ。
チカが頭痛に悩まされるようになれば、怪物が出てくる兆候である。怪物が出てくれば、六人は戦わざるを得ない。
それでも“城”の力で、満身創痍となっても午前〇時をまたげば傷は治る。だから六人が負った傷は、今はもうすっかり消えてしまっている。
“城”の来歴はよくわかっていない。ただ、昔“大魔術師”と呼ばれていたものが住んでいたことと、その“大魔術師”がある日突然姿を消して、“城”が残された。そして“大魔術師”は“永遠の命”について研究していたらしい。残された人間に理解できたのは、それだけだった。
チカの記憶に棲む怪物は、その研究の成果かもしれないし、まったく違うかもしれない。いずれにせよ、“大魔術師”が答えを残さなかったので、アマネたちがその怪物の由来を知ることは永遠にないだろう。
けれども、チカを取り戻すことは、できるはずだ。あの怪物さえ倒せたならば、きっと。
他の五人が自己紹介を終えたあと、マシロに促され、アマネは口を開いた。
「おれの名前はアマネ。……よろしく」
アマネはチカから目線を外したまま、泣くのをこらえて眉間にしわを寄せ、そう言った。
本心を言うのであれば、今すぐにでもチカには以前の記憶を思い出してもらいたい。けれどもそんなことはできないと、わかっていた。
チカの記憶に棲む怪物を倒すまで、それはできない約束だ。ほかでもない、チカ自身がそう頼んだのだから、アマネがそれを反故にできるはずもなかった。
無理に記憶を刺激すれば、またあの怪物が出てくるのは早くなるだろう。記憶の厚みが増すほどに、その怪物も強大となる。
怪物にはそれなりに知能があるらしく、チカの記憶が増えるまで表に出てくることはない。それでも、怪物が出現するまでのスパンは短くなり、登場するごとに力も弱まっている気がする。あせっているのかもしれない。
怪物の目的はよくわかっていない。どこからきて、なんのためにチカから出てくるのかもわかっていない。もしかしたら目的や理由は存在せず、ただ嫌がらせと悪意の塊だけの存在かもしれない。
いずれにせよ、怪物はチカの記憶に棲みついている。それが動かしようのない事実なのだ。
チカが頭痛に悩まされるようになれば、怪物が出てくる兆候である。怪物が出てくれば、六人は戦わざるを得ない。
それでも“城”の力で、満身創痍となっても午前〇時をまたげば傷は治る。だから六人が負った傷は、今はもうすっかり消えてしまっている。
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けれども、チカを取り戻すことは、できるはずだ。あの怪物さえ倒せたならば、きっと。
他の五人が自己紹介を終えたあと、マシロに促され、アマネは口を開いた。
「おれの名前はアマネ。……よろしく」
アマネはチカから目線を外したまま、泣くのをこらえて眉間にしわを寄せ、そう言った。
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