ドグマの城

やなぎ怜

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水沢腹堅(さわみずこおりつめる)

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 極寒の夜だった。

 張り詰めた空気の中でチカは息をしていた。意識は朦朧としている。

 冷たい。冷たい床に体を横たえている己を、チカは俯瞰して見ている気がした。

 そんなチカを六人が取り囲んでいる姿を見た気がした。

 チカは、己の頭が割れる幻影を見た気がした。

 しかし――それは幻影ではなかったし、気のせいでもないのだ。


 そいつは、記憶に棲んでいる。記憶に潜み、記憶を糧にして生き、やがて記憶から出てくる。そういう怪物。

 それが今、チカの頭の中から出てきたのだ。また。

 そう――まただ。


 だからチカはまた同じ選択をする。

 そいつは、記憶に棲んでいる。記憶に潜み、記憶を糧にして生き、やがて記憶から出てくる。そういう怪物。

 だから、そんな怪物を一時的にせよ退治するには、記憶を失うのが一番だ。

 だから、チカはまた同じ選択をする。


 本当は、一番の選択肢はチカを殺すことだということは、チカを含めたみんなが、わかっている。

 でも、そんなことはだれにもできないから、チカは記憶を失うという選択をし続ける。

 心苦しいが、六人に託すしかない。いつか、この怪物を退治することを。

 冬が終わり春がくるように。

 冬が終わり春がくることを願うように。

 チカはただ祈って、忘れることしかできない。


 冷たい床に倒れ伏す己を、チカは俯瞰して見ている。

 もしかしたらそれは怪物の視界なのかもしれない。


 その視界が最後に映したのは、アマネの泣きそうな顔だった。


 そして――その記憶を、チカは忘れた。
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