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芹乃栄(せりすなわちさかう)
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本格的に冷え込みが厳しくなってきたある日。特になにかすることがない。そういう日もある。
チカは図書館にいたが、なんだか今日は本を読むのにも身が入らない。
そんなところへアオがやってきて言った。
「王様ゲームしない?」
「え……ちなみにだれが参加するの?」
「全員……の予定」
「えー……アマネとかこういうの参加しなさそうだけど。あとユースケもさ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。チカが参加するって聞いたらアマネもオッケーしてくれるだろ。あとユースケはすでに参加するって決まってるから」
ユースケが参加する理由は、恐らくササがやる気を見せたからに違いない。アオはそこまでは言わなかったものの、そんなことは容易に想像ができた。
アマネは……正直よくわからないというのがチカの感想である。「参加しなさそう」とは言ったものの、アマネは極端にノリが悪いわけでもない。彼がどう出るかはチカにとっては未知数だった。
チカが迷っているのを見透かしたアオは、「暇なんだろ」といつものヘラヘラした笑いを浮かべて言う。だれかを勧誘するときにそういう態度は悪手ではないかとチカは思いつつも、アオが言った通りに暇だったので、その「王様ゲーム」とやらに参加することを決めた。
チカの頭の中には「王様ゲーム」に関する知識はあったが、経験としては記憶にはない。
図書館を出て上にあがる道すがら、アオに問うてみれば「やったことはない」ようだ。ただみんな、チカ同様に知識としてはあるようであった。
「暇なときはめちゃくちゃ暇だよね、ここ」
「暇なのはいいことだけどな。忙しいときって、たいてい変なモンが“城”にいるときだろ」
「まあそうだね」
そうこうしているうちに食堂へと到着した。みんなが集まる場所と言えば自然と食堂になるので、「王様ゲーム」をしようとなると不思議なことではなかった。
チカにとって不思議だったのは、食堂にアマネがすでにいたことである。
「あれ? アマネいるけど」
「絶対チカも参加するって言ってとどめてたんだよ」
アオが舌を出して答える。いちいちしぐさが小憎らしいが、まあアオという人間はそういうものなので、チカは特に指摘はしない。
ぐるりとメンツを見回す。やる気があるらしいのはマシロとササで、ユースケなどは若干浮かない顔をしていた。コーイチはいつも通りである。アマネもある意味ではいつも通りで、仏頂面のまま腕を組んで座っていた。
アマネの内心はなんとなくチカにも察せられた。アオの思いつきに流されるのが、なんとなく釈然としないのだろう。それでも参加を見送らないあたり、なんだかんだと情はある気がした。
アオが仕切るままに、下の部分を彼の手で隠した竹串を引かされる。アタリの竹串――すなわち王様になってみなに命令できる一本は、お定まりのように下を赤く塗ってあるとのことだ。
「あ、オレだ」
いっせいに竹串を引けば、アタリを引いたのはマシロだった。
チカはちょっとだけ安心した。この中でもっとも王様になって欲しくなかったのはアオだった。なぜならば、きっとロクなことを命令しないだろうことは、だれの目にも明らかだったからだ。
心優しいマシロは安牌といったところである。次点はコーイチとアマネだろうか。ユースケとササはそろってまったく予想がつかない。ササなどは奇想天外な命令を発しそうな気がしなくもなかった。
マシロが安牌という認識は、どうもチカだけのものではなかったらしく、食堂に若干安堵した空気が漂う。暇で暇で仕方がないらしいアオだけは、少しがっかりしている様子だったが。
「なんか王様っぽいこと言えよ?」
どんな命令を出すか考え込んでいるらしいマシロに、アオがプレッシャーをかける。コーイチに「やめてやれ」と言われていたが。
ちなみに今回の「王様ゲーム」では王様は一日ずっと同じ人間がすることになる。だから、チカはアオが王様になるのは御免だと思ったわけである。さすがに丸一日、彼に振り回されるのは避けたかった。
そういうわけでマシロが王様になったことで、みなおかしなことにはならないだろうと安堵した次第である。
「王様っぽいことかー。『争いあえー』とか?」
マシロが無邪気な顔でそんなことを言う。
「争うって、具体的にはなにをすればいいんだ?」
ユースケが当然の疑問を投げかければ、マシロはまた迷うような顔をしたあと、
「お菓子作りとか……?」
と、至って平和な争い方を提示してきたのであった。
「えー……」
しかしアオは不満そうである。
「こーいうときってさ、普段見られない面を見られるような命令をするもんじゃない?」
「知らなーい。アオは不参加? だったら罰を課そうかな~?」
ぶうぶうと文句を言うアオであったが、マシロのほうが強かった。さすがに四六時中……というほどではないにしても、一筋縄ではいかないアオと付き合っているだけのことはある。しっかりとマシロが尻に敷いているようだ。
マシロが罰をちらつかせたので、さすがのアオも棄権する気は失せたようである。
「日持ちするお菓子でも作ってさ、あとでみんなで食べようよ」
にこにこマシロが笑うので、チカもつられて笑顔になる。
つくづく、王様になったのがアオでなくてよかったと何度目かの安堵のため息を吐くチカであった。
ちなみにさすがに同じ空間でいっしょに暮していることもあり、菓子作りの腕自体はみんな似たようなものだった。
それでも広い台所を七人――結局王様であるマシロも参加した――で使うことは早々ないため、あまりない体験をできたのもたしかだ。
アオの狙い通りではないものの、暇をつぶせたこともあってチカは大満足である。
そして菓子作りのあと、マシロは最後にアオとコーイチが隣同士で寝ることを命じて退位した。
いつもは真ん中にマシロを挟んで寝ているが、たまに暑苦しいのでイヤなときがあるらしい。終始ぶうぶうと反抗的だったアオを真ん中に寝かせることは、マシロなりの罰であるらしかった。巻き込まれるコーイチは可哀そうだが、同室者の宿命だろう。
チカとしてはいい思い出がひとつ増えたので、それで満足な一日だった。
チカは図書館にいたが、なんだか今日は本を読むのにも身が入らない。
そんなところへアオがやってきて言った。
「王様ゲームしない?」
「え……ちなみにだれが参加するの?」
「全員……の予定」
「えー……アマネとかこういうの参加しなさそうだけど。あとユースケもさ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。チカが参加するって聞いたらアマネもオッケーしてくれるだろ。あとユースケはすでに参加するって決まってるから」
ユースケが参加する理由は、恐らくササがやる気を見せたからに違いない。アオはそこまでは言わなかったものの、そんなことは容易に想像ができた。
アマネは……正直よくわからないというのがチカの感想である。「参加しなさそう」とは言ったものの、アマネは極端にノリが悪いわけでもない。彼がどう出るかはチカにとっては未知数だった。
チカが迷っているのを見透かしたアオは、「暇なんだろ」といつものヘラヘラした笑いを浮かべて言う。だれかを勧誘するときにそういう態度は悪手ではないかとチカは思いつつも、アオが言った通りに暇だったので、その「王様ゲーム」とやらに参加することを決めた。
チカの頭の中には「王様ゲーム」に関する知識はあったが、経験としては記憶にはない。
図書館を出て上にあがる道すがら、アオに問うてみれば「やったことはない」ようだ。ただみんな、チカ同様に知識としてはあるようであった。
「暇なときはめちゃくちゃ暇だよね、ここ」
「暇なのはいいことだけどな。忙しいときって、たいてい変なモンが“城”にいるときだろ」
「まあそうだね」
そうこうしているうちに食堂へと到着した。みんなが集まる場所と言えば自然と食堂になるので、「王様ゲーム」をしようとなると不思議なことではなかった。
チカにとって不思議だったのは、食堂にアマネがすでにいたことである。
「あれ? アマネいるけど」
「絶対チカも参加するって言ってとどめてたんだよ」
アオが舌を出して答える。いちいちしぐさが小憎らしいが、まあアオという人間はそういうものなので、チカは特に指摘はしない。
ぐるりとメンツを見回す。やる気があるらしいのはマシロとササで、ユースケなどは若干浮かない顔をしていた。コーイチはいつも通りである。アマネもある意味ではいつも通りで、仏頂面のまま腕を組んで座っていた。
アマネの内心はなんとなくチカにも察せられた。アオの思いつきに流されるのが、なんとなく釈然としないのだろう。それでも参加を見送らないあたり、なんだかんだと情はある気がした。
アオが仕切るままに、下の部分を彼の手で隠した竹串を引かされる。アタリの竹串――すなわち王様になってみなに命令できる一本は、お定まりのように下を赤く塗ってあるとのことだ。
「あ、オレだ」
いっせいに竹串を引けば、アタリを引いたのはマシロだった。
チカはちょっとだけ安心した。この中でもっとも王様になって欲しくなかったのはアオだった。なぜならば、きっとロクなことを命令しないだろうことは、だれの目にも明らかだったからだ。
心優しいマシロは安牌といったところである。次点はコーイチとアマネだろうか。ユースケとササはそろってまったく予想がつかない。ササなどは奇想天外な命令を発しそうな気がしなくもなかった。
マシロが安牌という認識は、どうもチカだけのものではなかったらしく、食堂に若干安堵した空気が漂う。暇で暇で仕方がないらしいアオだけは、少しがっかりしている様子だったが。
「なんか王様っぽいこと言えよ?」
どんな命令を出すか考え込んでいるらしいマシロに、アオがプレッシャーをかける。コーイチに「やめてやれ」と言われていたが。
ちなみに今回の「王様ゲーム」では王様は一日ずっと同じ人間がすることになる。だから、チカはアオが王様になるのは御免だと思ったわけである。さすがに丸一日、彼に振り回されるのは避けたかった。
そういうわけでマシロが王様になったことで、みなおかしなことにはならないだろうと安堵した次第である。
「王様っぽいことかー。『争いあえー』とか?」
マシロが無邪気な顔でそんなことを言う。
「争うって、具体的にはなにをすればいいんだ?」
ユースケが当然の疑問を投げかければ、マシロはまた迷うような顔をしたあと、
「お菓子作りとか……?」
と、至って平和な争い方を提示してきたのであった。
「えー……」
しかしアオは不満そうである。
「こーいうときってさ、普段見られない面を見られるような命令をするもんじゃない?」
「知らなーい。アオは不参加? だったら罰を課そうかな~?」
ぶうぶうと文句を言うアオであったが、マシロのほうが強かった。さすがに四六時中……というほどではないにしても、一筋縄ではいかないアオと付き合っているだけのことはある。しっかりとマシロが尻に敷いているようだ。
マシロが罰をちらつかせたので、さすがのアオも棄権する気は失せたようである。
「日持ちするお菓子でも作ってさ、あとでみんなで食べようよ」
にこにこマシロが笑うので、チカもつられて笑顔になる。
つくづく、王様になったのがアオでなくてよかったと何度目かの安堵のため息を吐くチカであった。
ちなみにさすがに同じ空間でいっしょに暮していることもあり、菓子作りの腕自体はみんな似たようなものだった。
それでも広い台所を七人――結局王様であるマシロも参加した――で使うことは早々ないため、あまりない体験をできたのもたしかだ。
アオの狙い通りではないものの、暇をつぶせたこともあってチカは大満足である。
そして菓子作りのあと、マシロは最後にアオとコーイチが隣同士で寝ることを命じて退位した。
いつもは真ん中にマシロを挟んで寝ているが、たまに暑苦しいのでイヤなときがあるらしい。終始ぶうぶうと反抗的だったアオを真ん中に寝かせることは、マシロなりの罰であるらしかった。巻き込まれるコーイチは可哀そうだが、同室者の宿命だろう。
チカとしてはいい思い出がひとつ増えたので、それで満足な一日だった。
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