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金盞香(きんせんかさく)
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信者である“黒子”から「絵を描いて欲しい」と言われれば、「わかりました」と言わざるを得ないわけで。
“黒子”とチカたちの力関係は正直言って謎だ。チカから言わせればそうだ。
チカたちは“黒子”の持ち込む“捨品”がなければ生きてはいけない。そこだけを切り取れば、チカたちのほうが力は弱く、権力とは無縁のように思える。
しかし“黒子”たちはなぜかチカたちに対して、畏怖の念を抱いているように見える。
“黒子”の“捨品”がなければ生きてはいけないただの子供を、なぜそのように恐れているのかはさっぱりわからない。
子供たちも子供たちでそのような扱いをされても増長したりはせず、かと言ってへりくだったりもしていない。
先述の通り頼みごとをされたのであれば、断らない。断れないという側面もあるだろう。
だから、チカに言わせれば「“黒子”と子供たちの力関係は謎」なのである。
閑話休題。とにかくチカたちは絵を描くことになった。油彩は難易度が高いので、水彩だ。絵具、筆、パレットにキャンバス――布ではないので正確には違うが――とイーゼルを用意されたので、それで描くことになった。
となると次はなにを描くか、という話になる。
「どうせならみんなで同じもの描いてみねえ?」
そう提案したのはコーイチだった。みな、面白そうだとそれに乗ることにする。
対象は植物園でちょうど見ごろを迎えていたスイセンにした。
地下にある植物園は今の時期はちょうどいい温度になっている。ここであれば長時間いられるだろう。スイセンを囲むようにしてイーゼルを並べて、おのおの作業を始める。
筆を取ってみて、チカは瞬時に悟った。どうも己には絵画の知識がないらしい。馴染みのない筆の感触に、記憶を失う前のチカには画才などはなかったようだと気づいた。
それでも“黒子”から「絵であればなんでもいい」と言われていたこともあり、一度気合いを入れ直して描画に取りかかる。
金の杯と銀の台に見立てられたと言われるスイセンの花は、まだ描きやすいほうだろう。特徴的なので、色を塗ればまあまあなんの花なのかわかりやすい。
四苦八苦して着彩まで終えたところで、同じように描き終えたらしいマシロと目が合った。
気がつけばスイセンを描いているあいだ、まったくしゃべっていなかった。意外と熱中していたらしい。チカはそのことに内心でおどろきつつ、視線が合ったマシロに声をかける。
「描けた?」
「うん。でもむずかしい~」
「わかる。普段絵なんて描かないから勝手がね……」
チカは立ち上がってマシロのキャンバスを覗いた。マシロの人柄がうかがえるような、淡い色使いと柔らかなタッチは、チカが仕上げたものに比べるとずいぶんと上等に見える。
「他のひとのも見に行かない?」
「行く」
マシロの提案にチカは即答する。マシロのスイセンの絵を見たことで、他の五人がどんな絵を描いたのか見たくなったのだ。
どうせ明日には“黒子”が絵を回収してしまう。その前に見ておきたいと思ったのだ。
どうやら、絵を描き終えたのはチカとマシロが一番早かったらしい。他の五人のうしろに回って、キャンバスを見て行く。
アオは細部に凝っているようで着彩まで進んでいなかったが、チカよりはずいぶんと上手く描けている。なにごともテキトーな彼にしては珍しく熱中している様子だったので、そのまま通り過ぎる。
アマネも同じように集中している様子だった。背中しか見えないが、眉間にしわが寄っていそうだとチカは思った。絵はアマネを表したかのように力強く、豪快だ。色使いもビビッド傾向で、スイセンの黄色い部分がまぶしい。
ササとユースケは描き終えていて、ふたりで駄弁っているところであった。そんなふたりのキャンバスには、緻密な筆致のスイセンが咲いている。モデルに忠実な、写実的な絵だ。
ユースケ曰く、「習わされていたから」そこそこ描けるのだと言う。ササとユースケは幼馴染らしいので、同じひとに師事していたのかもしれない。絵のスタイルはとてもよく似ていた。
最後に見たのはコーイチの絵だ。チカはなんとなく、コーイチの絵はアマネと同じような感じかと思っていた。
が、違った。予想に反するコーイチの絵は――
「なんていうか……抽象的だね」
点描で表現されたそれは、一見ではスイセンと看破できないだろう。近いのは印象派といったところだが、それよりもさらに前衛的と言うか、個性的と言うか。とにかく、言われなければスイセンとわからないのは、たしかだ。
コーイチも意外と熱中している様子だったので、チカとマシロはそっとそばを離れ、すでに絵を描き終えているササとユースケのもとに戻った。
「ところで絵なんてどうするんだろう? 飾るの?」
「売るんじゃねえの。身内で売るのか、外に売りつけるかは知らないが」
チカの素朴な疑問にユースケはそっけなく答える。続けて、「信者ビジネスってやつだろ」とバッサリと言う。
売るとすればその金はどういった目的に使われるのだろうか、とチカは考える。しかし仮にチカたちが金を手にしても無意味であることを思うと、そういったことを考えるだけ無駄なような気がした。
いずれにせよ、こんな素人の絵で“黒子”たちの機嫌が取れるのであれば安いものではないかとは思う。
相変わらず“黒子”と“城”で暮らす子供たちの力関係は謎ではある。しかしこのまま変わらずにいられればいいと思った。
“黒子”たちにとってはチカたちはかけがえのある存在なのかもしれない。けれどもチカにとってはそうではない。だからただひたすら、こんな平穏な日々が続けばいいなと思うのだった。
“黒子”とチカたちの力関係は正直言って謎だ。チカから言わせればそうだ。
チカたちは“黒子”の持ち込む“捨品”がなければ生きてはいけない。そこだけを切り取れば、チカたちのほうが力は弱く、権力とは無縁のように思える。
しかし“黒子”たちはなぜかチカたちに対して、畏怖の念を抱いているように見える。
“黒子”の“捨品”がなければ生きてはいけないただの子供を、なぜそのように恐れているのかはさっぱりわからない。
子供たちも子供たちでそのような扱いをされても増長したりはせず、かと言ってへりくだったりもしていない。
先述の通り頼みごとをされたのであれば、断らない。断れないという側面もあるだろう。
だから、チカに言わせれば「“黒子”と子供たちの力関係は謎」なのである。
閑話休題。とにかくチカたちは絵を描くことになった。油彩は難易度が高いので、水彩だ。絵具、筆、パレットにキャンバス――布ではないので正確には違うが――とイーゼルを用意されたので、それで描くことになった。
となると次はなにを描くか、という話になる。
「どうせならみんなで同じもの描いてみねえ?」
そう提案したのはコーイチだった。みな、面白そうだとそれに乗ることにする。
対象は植物園でちょうど見ごろを迎えていたスイセンにした。
地下にある植物園は今の時期はちょうどいい温度になっている。ここであれば長時間いられるだろう。スイセンを囲むようにしてイーゼルを並べて、おのおの作業を始める。
筆を取ってみて、チカは瞬時に悟った。どうも己には絵画の知識がないらしい。馴染みのない筆の感触に、記憶を失う前のチカには画才などはなかったようだと気づいた。
それでも“黒子”から「絵であればなんでもいい」と言われていたこともあり、一度気合いを入れ直して描画に取りかかる。
金の杯と銀の台に見立てられたと言われるスイセンの花は、まだ描きやすいほうだろう。特徴的なので、色を塗ればまあまあなんの花なのかわかりやすい。
四苦八苦して着彩まで終えたところで、同じように描き終えたらしいマシロと目が合った。
気がつけばスイセンを描いているあいだ、まったくしゃべっていなかった。意外と熱中していたらしい。チカはそのことに内心でおどろきつつ、視線が合ったマシロに声をかける。
「描けた?」
「うん。でもむずかしい~」
「わかる。普段絵なんて描かないから勝手がね……」
チカは立ち上がってマシロのキャンバスを覗いた。マシロの人柄がうかがえるような、淡い色使いと柔らかなタッチは、チカが仕上げたものに比べるとずいぶんと上等に見える。
「他のひとのも見に行かない?」
「行く」
マシロの提案にチカは即答する。マシロのスイセンの絵を見たことで、他の五人がどんな絵を描いたのか見たくなったのだ。
どうせ明日には“黒子”が絵を回収してしまう。その前に見ておきたいと思ったのだ。
どうやら、絵を描き終えたのはチカとマシロが一番早かったらしい。他の五人のうしろに回って、キャンバスを見て行く。
アオは細部に凝っているようで着彩まで進んでいなかったが、チカよりはずいぶんと上手く描けている。なにごともテキトーな彼にしては珍しく熱中している様子だったので、そのまま通り過ぎる。
アマネも同じように集中している様子だった。背中しか見えないが、眉間にしわが寄っていそうだとチカは思った。絵はアマネを表したかのように力強く、豪快だ。色使いもビビッド傾向で、スイセンの黄色い部分がまぶしい。
ササとユースケは描き終えていて、ふたりで駄弁っているところであった。そんなふたりのキャンバスには、緻密な筆致のスイセンが咲いている。モデルに忠実な、写実的な絵だ。
ユースケ曰く、「習わされていたから」そこそこ描けるのだと言う。ササとユースケは幼馴染らしいので、同じひとに師事していたのかもしれない。絵のスタイルはとてもよく似ていた。
最後に見たのはコーイチの絵だ。チカはなんとなく、コーイチの絵はアマネと同じような感じかと思っていた。
が、違った。予想に反するコーイチの絵は――
「なんていうか……抽象的だね」
点描で表現されたそれは、一見ではスイセンと看破できないだろう。近いのは印象派といったところだが、それよりもさらに前衛的と言うか、個性的と言うか。とにかく、言われなければスイセンとわからないのは、たしかだ。
コーイチも意外と熱中している様子だったので、チカとマシロはそっとそばを離れ、すでに絵を描き終えているササとユースケのもとに戻った。
「ところで絵なんてどうするんだろう? 飾るの?」
「売るんじゃねえの。身内で売るのか、外に売りつけるかは知らないが」
チカの素朴な疑問にユースケはそっけなく答える。続けて、「信者ビジネスってやつだろ」とバッサリと言う。
売るとすればその金はどういった目的に使われるのだろうか、とチカは考える。しかし仮にチカたちが金を手にしても無意味であることを思うと、そういったことを考えるだけ無駄なような気がした。
いずれにせよ、こんな素人の絵で“黒子”たちの機嫌が取れるのであれば安いものではないかとは思う。
相変わらず“黒子”と“城”で暮らす子供たちの力関係は謎ではある。しかしこのまま変わらずにいられればいいと思った。
“黒子”たちにとってはチカたちはかけがえのある存在なのかもしれない。けれどもチカにとってはそうではない。だからただひたすら、こんな平穏な日々が続けばいいなと思うのだった。
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