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雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)
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夏の夕立がなくなり始めれば、もう本格的に衣替えの時期である。“捨品”の中にもこれからの冷え込みに向けた分厚い生地の服が混じり始める。
とは言え、それらはすべて白い。なぜかは知らないが“城”の中では真っ白な服しか着られないのである。……まさか、親父ギャグで決まっているわけではないだろうが、たまにチカは疑ってしまう。
閑話休題。とにかく白い服ばかりなので、装う楽しさとは基本的に遠い。デザインパターンが似たり寄ったりなことも一因である。たいていがワンピースタイプの白い服なのだ。さすがに貫頭衣よりも凝ったデザインではあるが、チカたちからすれば多少マシと言ったところだろう。
だが文句は言えない。わざわざ作ってもらっているのだから、感謝こそすれ文句をつけるのは違うだろう。
そういうわけでチカたちは今、運び込まれた白い服を黙々と点検していた。しかし特におかしいところもない。
“捨品”にはたまにおかしなものが混じっているし、こうして目視で点検をしてもおかしなものかどうかわからないものもありはする。しかし今のところ、あからさまにおかしなものは混じっていないようなので、ひと安心だ。
そして服をすべて点検し終わったところで、ひとつ白い箱が残った。
「これも服かな?」
マシロがフタを開ける。中から出てきたのは――
「靴……?」
「パンプスだ」
真っ白なハイヒールのパンプスだった。
マシロがパンプスのかかとの辺りに指を入れて持ち上げる。
「ヒールえぐっ」
「すごいハイヒールだね。……履いてみる?」
「え? 私が?」
「うん」
チカはスラリと長いハイヒールのその威容に恐れをなして声を上げたというのに、マシロはそれを履いてみないかと言う。
チカが戸惑っているあいだにマシロは白いパンプスを床に置いて、さあどうぞとばかりにチカを見上げる。そんな目で見られると、なんとなく断りづらく感じてしまうのがチカの弱いところであった。
「あ、結構サイズに余裕がある……あ、あ、これダメだ……! ちょっとバランスが……!」
パンプスに足を入れてみたチカであったが、結果は上記の通り。細いハイヒールが心もとなく、その心もとなさがそのまま脚の不安定さにつながっているのか、立つことはできても歩くことはできそうになかった。
思わず、目の前にいるマシロの肩を思い切りつかんでしまう。ササはなにも言わずにじっとそれを見ているだけだった。
「ご、ごめん」
「いいよ。そんなに立てない感じ?」
「無理無理! ハイヒール怖すぎる……」
不安定なところを無理に立っているからか、ぷるぷるとチカの脚が左右に震え始める。震えると言うか、ブレるというのがぴったりな動きだった。
チカの中には「ハイヒールはカッコイイ」というある種のあこがれめいた感情があったのだが、今回の体験で己には無理だと潔く悟るにいたった。今後は見るだけでいい。そう思うにはじゅうぶんな体験であった。
「オレも履いてみたい」
「いいけど……マシロの足のサイズ的にだいぶ余りそう」
チカと同様にマシロの中にもハイヒールに対するあこがれがあるのかもしれない。マシロは好奇心に目を輝かせてそう言ったが、彼女は七人の中でもっとも背が低い。比例して、足も小さい。チカですら若干余白があるこの白いパンプスを、履けはするだろうが――。
「わわわわ! ムリだこれー!」
チカの予想通り、やはり歩くのは無理だったようだ。先ほどのチカと同じように脚をぷるぷると震わせているが、しかしどこか楽しそうである。あまりにも歩けなさすぎて、面白くなってしまったのかもしれない。
「なにしてんだー?」
「……いや、ホントなにしてんだ?」
倉庫へ“捨品”を置きに行っていた男性陣が戻ってきた。チカの腕をつかんで、生まれたての小鹿のようになっているマシロに、奇異の目が集まる。
「いや、“捨品”の中にハイヒールのパンプスがあったから……ちょっと履いてみてた」
「ちょうどいいや! コーイチたちも履いてみなよ!」
脚をぷるぷるさせながらのマシロの提案に、チカはちょっとおどろいた。さらにおどろういたのは、意外と男性陣がパンプスを履くことに乗り気だったことだろうか。
とは言え、パンプスに興味があるからというよりは、あまりにマシロが立つのに必死な様子だったので、どんなもんかとチャレンジするつもりなのだろう。
「うわ、なんだこれ……ヒール折れるんじゃねえのか?! 大丈夫か?!」
一番手のコーイチは、意外にも歩けたが赤子のような足運びであった。
「うわー……これはちょっと歩くのはムリじゃない? ギブアップ」
二番手のアオは、よどみなく立てたものの早々に歩くことをあきらめた。
「歩けはするが……走ったりするのには練習がいるな」
三番手のアマネがもっとも安定していた。コツコツとヒールの音を響かせて、ぐるりと部屋を周る。足元をたしかめるような、ゆっくりとした動きではあったが、自然とチカとマシロは拍手をしていた。
「これは無理だろ!」
男性陣で最後に履くことになったユースケは、そもそも立ち姿からして見る者を不安にさせた。先ほどのチカやマシロのように脚が震えているし、ササの腕をつかんでいなければ転んでしまいそうな不安定さだった。
そして最後に残ったササはと言うと。
「えっ、すごい」
チカは思わずそんな声を漏らした。
ササはしっかりと両の脚で立ち、それどころかハイヒールで走ってまで見せてくれた。もちろんそこにはユースケのときに感じた、転ぶかもしれないというような不安な様子は一切なく、安定感がある。
完全に履きこなしている。
「体幹が強いのかなー」
「そうかもね。ササって運動神経いいし……」
六人は珍しく心をひとつにして感心していた。そしてササはどこか誇らしげであった。
「優勝はササってことで」というアオのひとことで、ひとまずハイヒールチャレンジは終了した。
チカはササのかっこいい立ち姿はもちろん、男性陣がパンプスを履いた姿も忘れられそうにないな……などと思いながら倉庫に服を運ぶのであった。
とは言え、それらはすべて白い。なぜかは知らないが“城”の中では真っ白な服しか着られないのである。……まさか、親父ギャグで決まっているわけではないだろうが、たまにチカは疑ってしまう。
閑話休題。とにかく白い服ばかりなので、装う楽しさとは基本的に遠い。デザインパターンが似たり寄ったりなことも一因である。たいていがワンピースタイプの白い服なのだ。さすがに貫頭衣よりも凝ったデザインではあるが、チカたちからすれば多少マシと言ったところだろう。
だが文句は言えない。わざわざ作ってもらっているのだから、感謝こそすれ文句をつけるのは違うだろう。
そういうわけでチカたちは今、運び込まれた白い服を黙々と点検していた。しかし特におかしいところもない。
“捨品”にはたまにおかしなものが混じっているし、こうして目視で点検をしてもおかしなものかどうかわからないものもありはする。しかし今のところ、あからさまにおかしなものは混じっていないようなので、ひと安心だ。
そして服をすべて点検し終わったところで、ひとつ白い箱が残った。
「これも服かな?」
マシロがフタを開ける。中から出てきたのは――
「靴……?」
「パンプスだ」
真っ白なハイヒールのパンプスだった。
マシロがパンプスのかかとの辺りに指を入れて持ち上げる。
「ヒールえぐっ」
「すごいハイヒールだね。……履いてみる?」
「え? 私が?」
「うん」
チカはスラリと長いハイヒールのその威容に恐れをなして声を上げたというのに、マシロはそれを履いてみないかと言う。
チカが戸惑っているあいだにマシロは白いパンプスを床に置いて、さあどうぞとばかりにチカを見上げる。そんな目で見られると、なんとなく断りづらく感じてしまうのがチカの弱いところであった。
「あ、結構サイズに余裕がある……あ、あ、これダメだ……! ちょっとバランスが……!」
パンプスに足を入れてみたチカであったが、結果は上記の通り。細いハイヒールが心もとなく、その心もとなさがそのまま脚の不安定さにつながっているのか、立つことはできても歩くことはできそうになかった。
思わず、目の前にいるマシロの肩を思い切りつかんでしまう。ササはなにも言わずにじっとそれを見ているだけだった。
「ご、ごめん」
「いいよ。そんなに立てない感じ?」
「無理無理! ハイヒール怖すぎる……」
不安定なところを無理に立っているからか、ぷるぷるとチカの脚が左右に震え始める。震えると言うか、ブレるというのがぴったりな動きだった。
チカの中には「ハイヒールはカッコイイ」というある種のあこがれめいた感情があったのだが、今回の体験で己には無理だと潔く悟るにいたった。今後は見るだけでいい。そう思うにはじゅうぶんな体験であった。
「オレも履いてみたい」
「いいけど……マシロの足のサイズ的にだいぶ余りそう」
チカと同様にマシロの中にもハイヒールに対するあこがれがあるのかもしれない。マシロは好奇心に目を輝かせてそう言ったが、彼女は七人の中でもっとも背が低い。比例して、足も小さい。チカですら若干余白があるこの白いパンプスを、履けはするだろうが――。
「わわわわ! ムリだこれー!」
チカの予想通り、やはり歩くのは無理だったようだ。先ほどのチカと同じように脚をぷるぷると震わせているが、しかしどこか楽しそうである。あまりにも歩けなさすぎて、面白くなってしまったのかもしれない。
「なにしてんだー?」
「……いや、ホントなにしてんだ?」
倉庫へ“捨品”を置きに行っていた男性陣が戻ってきた。チカの腕をつかんで、生まれたての小鹿のようになっているマシロに、奇異の目が集まる。
「いや、“捨品”の中にハイヒールのパンプスがあったから……ちょっと履いてみてた」
「ちょうどいいや! コーイチたちも履いてみなよ!」
脚をぷるぷるさせながらのマシロの提案に、チカはちょっとおどろいた。さらにおどろういたのは、意外と男性陣がパンプスを履くことに乗り気だったことだろうか。
とは言え、パンプスに興味があるからというよりは、あまりにマシロが立つのに必死な様子だったので、どんなもんかとチャレンジするつもりなのだろう。
「うわ、なんだこれ……ヒール折れるんじゃねえのか?! 大丈夫か?!」
一番手のコーイチは、意外にも歩けたが赤子のような足運びであった。
「うわー……これはちょっと歩くのはムリじゃない? ギブアップ」
二番手のアオは、よどみなく立てたものの早々に歩くことをあきらめた。
「歩けはするが……走ったりするのには練習がいるな」
三番手のアマネがもっとも安定していた。コツコツとヒールの音を響かせて、ぐるりと部屋を周る。足元をたしかめるような、ゆっくりとした動きではあったが、自然とチカとマシロは拍手をしていた。
「これは無理だろ!」
男性陣で最後に履くことになったユースケは、そもそも立ち姿からして見る者を不安にさせた。先ほどのチカやマシロのように脚が震えているし、ササの腕をつかんでいなければ転んでしまいそうな不安定さだった。
そして最後に残ったササはと言うと。
「えっ、すごい」
チカは思わずそんな声を漏らした。
ササはしっかりと両の脚で立ち、それどころかハイヒールで走ってまで見せてくれた。もちろんそこにはユースケのときに感じた、転ぶかもしれないというような不安な様子は一切なく、安定感がある。
完全に履きこなしている。
「体幹が強いのかなー」
「そうかもね。ササって運動神経いいし……」
六人は珍しく心をひとつにして感心していた。そしてササはどこか誇らしげであった。
「優勝はササってことで」というアオのひとことで、ひとまずハイヒールチャレンジは終了した。
チカはササのかっこいい立ち姿はもちろん、男性陣がパンプスを履いた姿も忘れられそうにないな……などと思いながら倉庫に服を運ぶのであった。
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