49 / 78
鶺鴒鳴(せきれいなく)
しおりを挟む
「あの~……マシロ~……?」
チカは己の腰に手を回し、コアラかナマケモノのように抱き着くマシロを呼んだ。
ここからマシロの顔は見えないが、声の様子からして真剣な表情をしていることには違いない。
どうしてこんなことになったのだろう……。チカはため息をつきたくなった。
ことの発端は――あれはセキレイの鳴き声なのだと教えてもらった日の晩のこと。チカはアマネに抱きしめられた。
無論、許可は取られた。突然のことではあったが、いきなり抱きしめられたというわけではない。アマネは割とそういうところはしっかりしている印象があるので、そのこと事態に意外性は感じなかった。
意外なのは「抱きしめたい」だなんて唐突に言い出したことだ。
当然、チカの脳裏に「なんで」「どうして」という言葉がよぎる。
だがあまりにもアマネが真剣で、思いつめた様子だったので、チカは理由を聞かずに許可を出してしまった。
アマネはチカよりも背が高いし、肩幅もあるし、顔には幼さがまだ残っているが、その手はごつごつとした男の手をしていた。
チカは肩に腕を回され、そのままアマネの胸に飛び込むような形で抱きしめられた。
なんとなく体温の低い印象があったアマネだったが、その腕の中は熱く感じられた。それはチカが緊張していたからかもしれないし、アマネもそうだったから、相乗効果で熱をことさら感じたのかもしれない。
アマネの腕に抱かれた時間は、一分程度というところが妥当だろう。チカはもっと長く感じたが、実際は恐らくそんなところだ。
「……もういいの?」
アマネの手が、熱が離れて行ったあとで、チカは思わずそんなことを口走ってしまった。
言ってしまったあとで、これでは己がアマネに気があるか、そうでなければ欲求不満に聞こえたのではないかと恥ずかしくなった。
けれどもアマネはチカの言葉については、なにも言わなかった。もともとアマネは揚げ足取りなどはしないタイプではあったが、それにしてはいつにも増して言葉少なであるとチカは感じた。
……というようなことをチカはほとんどそのまま、信頼できるマシロに相談したのだ。
もちろん、内容は「なぜアマネはそんなことをしたのか」ということである。
「それは当然、チカのことが好きだからだよ」
マシロは目を輝かせてそう言い切った。
けれどもチカはその言葉をそのまま吞み込めるはずもなく、懐疑心に満ちた目を向けてしまう。
「納得いかないって顔だけど、じゃあチカはどう思ってるの?」
するとマシロからそう返されてしまった。
チカはしばらく考え込んだあと、結論を出す。
「欲求不満だから?」
「つまり……アマネはチカとアレコレしたいと考えてるってことだよ」
「いや、そうじゃなくて……。欲求不満をこじらせて女だったらだれでもいい、的な……」
「……チカはアマネをそういう風に見てるの?」
「そういうわけじゃないけど。でも性欲が一番強いのは思春期、みたいな話はあるし」
「ふ~ん……。じゃあチカも?」
今日のマシロはいつもと様子が違うとチカは感じた。妙に返しが鋭く感じられる。しかしそれはチカがなんとなくうしろめたい思いを抱えているからかもしれない。
「そりゃ、私も人間だから性欲くらいはあるよ」
「じゃあさ、アマネに抱きしめられてドキッとした?」
「……わかんない」
嘘だ。チカはアマネに抱きしめられて、たしかにときめき、みたいなものを感じた。その体温をいつまでも感じていたいとぼんやりと考えた。けれども相談しておいてなんだが、その事実をそのままマシロに伝えるのはなんだか恥ずかしく感じられたので、誤魔化した。
そう、チカにだって性欲はある。だから、アマネに抱きしめられてときめいたのは、発散されていない性欲から生じたものの可能性もある。チカは必死にそう考えようとした。
「じゃあオレが抱きしめてあげる」
「……え?」
マシロは急にそう言うや、チカの腰に腕を回して抱き着いた。
「あの~……マシロ~……?」
「どう?」
「どうもこうも……。マシロはあったかいね」
「子供体温ってよく言われる」
それを言うのは恐らくコーイチかアオか、それか両方だろうとチカは思った。
そしてその三人の顔を思い浮かべると、自然と彼らは「そういうこと」をしているのだという事実も、芋づる式に思い出してしまった。
本格的に欲求不満なのかもしれない。チカはなんとなく気恥ずかしい思いをする。
「アマネ以外に抱きしめられてもときめかないかもしれないよ」
マシロの言葉に、まずアマネ以外が己を抱きしめる機会なんてゼロだろうとチカは思った。
そもそも、仮に想像しろと言われても、まったく脳裏で思い描けない。
現にマシロは今チカに抱き着いてはいるものの、じゃれつかれているという印象しか持てなかった。きっと、他の五人が相手でも似たり寄ったりの印象しか抱けないだろう。
それはつまり――。
「ね? チカにとってアマネは『特別』なんだよ」
「……まあ、一緒の部屋で暮らしてるからね」
苦し紛れにそう言えば、マシロは「またそういうこと言う」と呆れた声を出した。
しばらく問答は続いたが、マシロを捜しにやってきたアオによってそれは打ち切られた。マシロがチカに抱き着いている場面を見られたせいで、当然のようにアオにウザ絡みされてしまったのは、わざわざ言うまでもないことだろう。
チカは己の腰に手を回し、コアラかナマケモノのように抱き着くマシロを呼んだ。
ここからマシロの顔は見えないが、声の様子からして真剣な表情をしていることには違いない。
どうしてこんなことになったのだろう……。チカはため息をつきたくなった。
ことの発端は――あれはセキレイの鳴き声なのだと教えてもらった日の晩のこと。チカはアマネに抱きしめられた。
無論、許可は取られた。突然のことではあったが、いきなり抱きしめられたというわけではない。アマネは割とそういうところはしっかりしている印象があるので、そのこと事態に意外性は感じなかった。
意外なのは「抱きしめたい」だなんて唐突に言い出したことだ。
当然、チカの脳裏に「なんで」「どうして」という言葉がよぎる。
だがあまりにもアマネが真剣で、思いつめた様子だったので、チカは理由を聞かずに許可を出してしまった。
アマネはチカよりも背が高いし、肩幅もあるし、顔には幼さがまだ残っているが、その手はごつごつとした男の手をしていた。
チカは肩に腕を回され、そのままアマネの胸に飛び込むような形で抱きしめられた。
なんとなく体温の低い印象があったアマネだったが、その腕の中は熱く感じられた。それはチカが緊張していたからかもしれないし、アマネもそうだったから、相乗効果で熱をことさら感じたのかもしれない。
アマネの腕に抱かれた時間は、一分程度というところが妥当だろう。チカはもっと長く感じたが、実際は恐らくそんなところだ。
「……もういいの?」
アマネの手が、熱が離れて行ったあとで、チカは思わずそんなことを口走ってしまった。
言ってしまったあとで、これでは己がアマネに気があるか、そうでなければ欲求不満に聞こえたのではないかと恥ずかしくなった。
けれどもアマネはチカの言葉については、なにも言わなかった。もともとアマネは揚げ足取りなどはしないタイプではあったが、それにしてはいつにも増して言葉少なであるとチカは感じた。
……というようなことをチカはほとんどそのまま、信頼できるマシロに相談したのだ。
もちろん、内容は「なぜアマネはそんなことをしたのか」ということである。
「それは当然、チカのことが好きだからだよ」
マシロは目を輝かせてそう言い切った。
けれどもチカはその言葉をそのまま吞み込めるはずもなく、懐疑心に満ちた目を向けてしまう。
「納得いかないって顔だけど、じゃあチカはどう思ってるの?」
するとマシロからそう返されてしまった。
チカはしばらく考え込んだあと、結論を出す。
「欲求不満だから?」
「つまり……アマネはチカとアレコレしたいと考えてるってことだよ」
「いや、そうじゃなくて……。欲求不満をこじらせて女だったらだれでもいい、的な……」
「……チカはアマネをそういう風に見てるの?」
「そういうわけじゃないけど。でも性欲が一番強いのは思春期、みたいな話はあるし」
「ふ~ん……。じゃあチカも?」
今日のマシロはいつもと様子が違うとチカは感じた。妙に返しが鋭く感じられる。しかしそれはチカがなんとなくうしろめたい思いを抱えているからかもしれない。
「そりゃ、私も人間だから性欲くらいはあるよ」
「じゃあさ、アマネに抱きしめられてドキッとした?」
「……わかんない」
嘘だ。チカはアマネに抱きしめられて、たしかにときめき、みたいなものを感じた。その体温をいつまでも感じていたいとぼんやりと考えた。けれども相談しておいてなんだが、その事実をそのままマシロに伝えるのはなんだか恥ずかしく感じられたので、誤魔化した。
そう、チカにだって性欲はある。だから、アマネに抱きしめられてときめいたのは、発散されていない性欲から生じたものの可能性もある。チカは必死にそう考えようとした。
「じゃあオレが抱きしめてあげる」
「……え?」
マシロは急にそう言うや、チカの腰に腕を回して抱き着いた。
「あの~……マシロ~……?」
「どう?」
「どうもこうも……。マシロはあったかいね」
「子供体温ってよく言われる」
それを言うのは恐らくコーイチかアオか、それか両方だろうとチカは思った。
そしてその三人の顔を思い浮かべると、自然と彼らは「そういうこと」をしているのだという事実も、芋づる式に思い出してしまった。
本格的に欲求不満なのかもしれない。チカはなんとなく気恥ずかしい思いをする。
「アマネ以外に抱きしめられてもときめかないかもしれないよ」
マシロの言葉に、まずアマネ以外が己を抱きしめる機会なんてゼロだろうとチカは思った。
そもそも、仮に想像しろと言われても、まったく脳裏で思い描けない。
現にマシロは今チカに抱き着いてはいるものの、じゃれつかれているという印象しか持てなかった。きっと、他の五人が相手でも似たり寄ったりの印象しか抱けないだろう。
それはつまり――。
「ね? チカにとってアマネは『特別』なんだよ」
「……まあ、一緒の部屋で暮らしてるからね」
苦し紛れにそう言えば、マシロは「またそういうこと言う」と呆れた声を出した。
しばらく問答は続いたが、マシロを捜しにやってきたアオによってそれは打ち切られた。マシロがチカに抱き着いている場面を見られたせいで、当然のようにアオにウザ絡みされてしまったのは、わざわざ言うまでもないことだろう。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる