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草露白(くさのつゆしろし)
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季節の変わり目というものは、色々と大変である。かく言うチカは、過眠に悩まされていた。読んで字のごとく眠すぎる、寝すぎるのである。
マシロに言わせれば「季節の変わり目だから仕方がない」らしい。それじゃあマシロもそうなのかと問えば、別にそんなことはないようだ。眠気に悩まされているのはチカだけらしい。
カフェインを取れば一時的にはシャッキリするものの、やはり時間の経過とともに眠気がぶり返してくる。
マシロなどは「眠れるだけ眠っておけばいい」と優しく言ってはくれるものの、やはりチカからすると眠りすぎはよくない気がするのである。
昼食の準備のときに眠くなることは幸いにしてなかったが、それ以外ではどうも眠気がつきまとう。思考にモヤがかかっているような、スッキリしない感覚。睡眠をとればその感覚が消えることはわかっているのだが。
加えて、妙な夢を見るようになった。それは端的に言ってしまえば悪夢である。
起床と共に、幸いと言うべきか、細かい内容は忘れてしまう。しかし「悪夢を見た」という不快感は残る。
おぼろげながら覚えている夢の内容はこうだ。
猛烈な頭痛に襲われて、頭が割れて、中からなにかが出てくる。
実際に痛みを感じているわけではないのだが、夢の中のチカはそれを激痛と認識している。脂汗をかくような、猛烈な痛みだ。そして頭蓋骨がまるで鳥の雛が孵化するかのごとく、内側から割れる。その中から、なにかが出てくる――。
前後の状況はまるで思い出せないし、頭の中から出てくるものがなんであるかも忘れてしまっている。
しかし、チカにとってひどく不愉快な夢であることはたしかだった。
だが夢の内容が内容であるので、だれにも相談はしていない。ただでさえ過眠傾向にあって心配をかけているのに、加えてグロテスクにも取れる悪夢に悩まされているとは、チカの性格的に言い出しづらかった。
たしかに悪夢であったが、しょせんは夢だと思っていることもある。夢は夢。チカの脳が見せる空想の世界。それはだれかがどうにかできるものでもない。だから、話しても仕方のないことだと思っていることもあった。
その夜も、同じような夢を見た。
けれども頭が割れる直前で、チカは強制的に目覚めさせられた。体を揺さぶられたのだ。もちろんそんなことをする相手はただひとり。同じベッドで寝ているアマネ以外にいない。
「アマネ?」
チカは寝ぼけまなこでアマネを見上げる。いつものように眉間にしわを刻んだアマネが、こちらを見下ろしている。
「うなされてたから……」
どこかバツが悪そうな顔をしてアマネが言う。
「そっか、ありがと……」
「……悪い夢でも見たか?」
「まあ、そんなところ」
アマネが上からどいたのを見計らって、チカはもぞもぞと上半身を起こした。
アマネの不安げな目とかち合う。アマネがこんな顔をするなんて、己はどんな風にうなされていたのだろうとチカは気になった。
「ごめん、うるさかった?」
「うるさいっつーか……不安になった」
「そんなうなされてた?」
「なに言ってるかわかんなかったけどな。最初は起きてるのかと思って返事したらお前の寝言だった」
「えー? ホント? なんか言ってた?」
「だから、『なに言ってるかわかんなかった』って言っただろ……。なんかもにゃもにゃ言ってて聞き取れなかった」
「そっかあ……」
チカは変な寝言を口走っていなかったことに安堵する。が、「もにゃもにゃ」言っていたのも、それはそれで恥ずかしいかもと思い直す。
アマネは相変わらず仏頂面を作っている。しかしややあって気まずそうに口を開いた。
「……寝言としゃべっちまった」
「え?」
「だから……お前が変な夢見たんじゃないかって」
「寝言?」
「『寝言としゃべってはいけない』って話があるだろ」
「うん? ……まあ、薄っすら聞いたことがあるようなないような……?」
「だから……悪いと思って」
チカはなんだったらもう一度アマネに聞き返したい気持ちになった。
「寝言としゃべってはいけない」だなんて、完全な迷信俗信だろう。チカはそれをだれかから聞かされたという記憶はないものの、そういう迷信が存在していることは薄っすらと知識として持っていた。
けれどもアマネからすると、また違うようだ。チカの寝言としゃべってしまったことに対して、彼はうしろめたさを覚えているらしい。最初、バツが悪そうな顔をしていたのはそういうことかとチカは納得する。
「そんなに気にすることじゃないと思うけど。そ、それに悪夢なら前からちょくちょく見てたし!」
「……前から?」
「うん。眠ってる時間が多くなったからかな。よく夢を見るってことはきっと眠りが浅いんだと思う。それでたくさん夢を見るから、悪夢の頻度も上がってるんじゃないかなって」
チカはアマネを心配させまいと思うあまりに、いつもより多弁になる。
しかしアマネは険しい顔をしたままだ。
「……今は、眠いか?」
「いや、なんか完全に目が覚めちゃった……」
「じゃあ朝まで起きてろ」
「え? なんで?」
「……なんだっていいだろ」
「ええ? いや、うん、いいか悪いかって問題じゃないかもしれないけど……でも」
アマネがベッドから下りた。そしてぐるっとベッドを迂回して、チカの側に回る。アマネはチカの二の腕をつかんでベッドの外へとぐいぐいと引っ張る。
チカはもちろんエスパーではないので、アマネがなぜこのような行動を取っているのかわからない。わからないが、従ったほうが面倒はないと判断して、されるがままベッドから下りた。
アマネに引っ張られるがままま、連れて行かれた先は寝室に隣接する主室のソファだ。チカはそこに座らせられた。
「なんか話せ」
「ええ……いきなりだね」
「いいから」
「私はシェヘラザードじゃないんだけど……はあ」
結局、チカはほとんど一方的にアマネに話をし続けて朝を迎えた。
そしてこの行動にどんな意味があるのかは最後まで教えてもらえなかったので、チカの中で謎がひとつ増えただけに終わった。
マシロに言わせれば「季節の変わり目だから仕方がない」らしい。それじゃあマシロもそうなのかと問えば、別にそんなことはないようだ。眠気に悩まされているのはチカだけらしい。
カフェインを取れば一時的にはシャッキリするものの、やはり時間の経過とともに眠気がぶり返してくる。
マシロなどは「眠れるだけ眠っておけばいい」と優しく言ってはくれるものの、やはりチカからすると眠りすぎはよくない気がするのである。
昼食の準備のときに眠くなることは幸いにしてなかったが、それ以外ではどうも眠気がつきまとう。思考にモヤがかかっているような、スッキリしない感覚。睡眠をとればその感覚が消えることはわかっているのだが。
加えて、妙な夢を見るようになった。それは端的に言ってしまえば悪夢である。
起床と共に、幸いと言うべきか、細かい内容は忘れてしまう。しかし「悪夢を見た」という不快感は残る。
おぼろげながら覚えている夢の内容はこうだ。
猛烈な頭痛に襲われて、頭が割れて、中からなにかが出てくる。
実際に痛みを感じているわけではないのだが、夢の中のチカはそれを激痛と認識している。脂汗をかくような、猛烈な痛みだ。そして頭蓋骨がまるで鳥の雛が孵化するかのごとく、内側から割れる。その中から、なにかが出てくる――。
前後の状況はまるで思い出せないし、頭の中から出てくるものがなんであるかも忘れてしまっている。
しかし、チカにとってひどく不愉快な夢であることはたしかだった。
だが夢の内容が内容であるので、だれにも相談はしていない。ただでさえ過眠傾向にあって心配をかけているのに、加えてグロテスクにも取れる悪夢に悩まされているとは、チカの性格的に言い出しづらかった。
たしかに悪夢であったが、しょせんは夢だと思っていることもある。夢は夢。チカの脳が見せる空想の世界。それはだれかがどうにかできるものでもない。だから、話しても仕方のないことだと思っていることもあった。
その夜も、同じような夢を見た。
けれども頭が割れる直前で、チカは強制的に目覚めさせられた。体を揺さぶられたのだ。もちろんそんなことをする相手はただひとり。同じベッドで寝ているアマネ以外にいない。
「アマネ?」
チカは寝ぼけまなこでアマネを見上げる。いつものように眉間にしわを刻んだアマネが、こちらを見下ろしている。
「うなされてたから……」
どこかバツが悪そうな顔をしてアマネが言う。
「そっか、ありがと……」
「……悪い夢でも見たか?」
「まあ、そんなところ」
アマネが上からどいたのを見計らって、チカはもぞもぞと上半身を起こした。
アマネの不安げな目とかち合う。アマネがこんな顔をするなんて、己はどんな風にうなされていたのだろうとチカは気になった。
「ごめん、うるさかった?」
「うるさいっつーか……不安になった」
「そんなうなされてた?」
「なに言ってるかわかんなかったけどな。最初は起きてるのかと思って返事したらお前の寝言だった」
「えー? ホント? なんか言ってた?」
「だから、『なに言ってるかわかんなかった』って言っただろ……。なんかもにゃもにゃ言ってて聞き取れなかった」
「そっかあ……」
チカは変な寝言を口走っていなかったことに安堵する。が、「もにゃもにゃ」言っていたのも、それはそれで恥ずかしいかもと思い直す。
アマネは相変わらず仏頂面を作っている。しかしややあって気まずそうに口を開いた。
「……寝言としゃべっちまった」
「え?」
「だから……お前が変な夢見たんじゃないかって」
「寝言?」
「『寝言としゃべってはいけない』って話があるだろ」
「うん? ……まあ、薄っすら聞いたことがあるようなないような……?」
「だから……悪いと思って」
チカはなんだったらもう一度アマネに聞き返したい気持ちになった。
「寝言としゃべってはいけない」だなんて、完全な迷信俗信だろう。チカはそれをだれかから聞かされたという記憶はないものの、そういう迷信が存在していることは薄っすらと知識として持っていた。
けれどもアマネからすると、また違うようだ。チカの寝言としゃべってしまったことに対して、彼はうしろめたさを覚えているらしい。最初、バツが悪そうな顔をしていたのはそういうことかとチカは納得する。
「そんなに気にすることじゃないと思うけど。そ、それに悪夢なら前からちょくちょく見てたし!」
「……前から?」
「うん。眠ってる時間が多くなったからかな。よく夢を見るってことはきっと眠りが浅いんだと思う。それでたくさん夢を見るから、悪夢の頻度も上がってるんじゃないかなって」
チカはアマネを心配させまいと思うあまりに、いつもより多弁になる。
しかしアマネは険しい顔をしたままだ。
「……今は、眠いか?」
「いや、なんか完全に目が覚めちゃった……」
「じゃあ朝まで起きてろ」
「え? なんで?」
「……なんだっていいだろ」
「ええ? いや、うん、いいか悪いかって問題じゃないかもしれないけど……でも」
アマネがベッドから下りた。そしてぐるっとベッドを迂回して、チカの側に回る。アマネはチカの二の腕をつかんでベッドの外へとぐいぐいと引っ張る。
チカはもちろんエスパーではないので、アマネがなぜこのような行動を取っているのかわからない。わからないが、従ったほうが面倒はないと判断して、されるがままベッドから下りた。
アマネに引っ張られるがままま、連れて行かれた先は寝室に隣接する主室のソファだ。チカはそこに座らせられた。
「なんか話せ」
「ええ……いきなりだね」
「いいから」
「私はシェヘラザードじゃないんだけど……はあ」
結局、チカはほとんど一方的にアマネに話をし続けて朝を迎えた。
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