ドグマの城

やなぎ怜

文字の大きさ
上 下
47 / 78

禾乃登(こくものすなわちみのる)

しおりを挟む
 信者である“黒子”たちが持ち込む“捨品”には様々なものがある。

 今、山と盛りつけているイネも“捨品”のうちだが、これはどうやら呪われているらしい。

 どう呪われているのか、呪われているとどうなのか。それはなにもわからない。少なくとも、チカたちは知らされずのままだ。

 それを“城”で燃やして欲しいと頼まれた。たしかに呪われていると言うものを、そのまま倉庫に眠らせておくには怖い。けれども燃やすのだってそれなりにリスキーな気はする。

 そして結局チカたちは議論して後者を選んだ。

 燃やす場所は台所だ。それ以外にいい場所がない。台所以外はどう火を起こすかという問題がある上、換気の問題もある。その点台所であれば換気はしっかりできていることがわかっている。火の問題もクリアだ。

 呪われているというイネは、黄金色の穂を実らせて重く下へと垂れている。チカはそれを見て黄金色の田んぼを想像した。けれどもそれが単なる空想なのか、実際に見た光景を思い出しているのかまではわからなかった。

 呪われたイネを燃やすところが見たい、と言い出したのはマシロと、つられてササ。そこになぜかチカも加わる流れになった。

 燃やす役割はじゃんけんで負けたコーイチがすることになっていた。ひとりだけ選ばれたのは、全員で参加して万が一のことがあればだれも救助ができないからである。なのになぜかマシロやササと共にチカも見学することになった。

 恐らく、マシロはコーイチが心配なのだろう。だからそばにいたがって、興味があるフリをしているのかもしれない。あるいは実際に呪われたイネが燃やされることに対して興味があるのかもしれないし、その両方かもしれない。

 いずれにせよ、この四人でイネが燃えるところを見ることになった。

 ちなみにササが加わったのでユースケも参加したがったが、それはアマネに止められた。もしもだれかが倒れたときに、人手がアマネだけでは苦しいと判断してのことだろう。ユースケはいかにも渋々といった顔で、アマネに連れられて食堂で待機することになった。

 コンロの火を点ける。いつもしている動作だ。問題はない。

「燃やすぞー」

 軍手をつけたコーイチがそう言って、火の中にイネの穂先を突っ込んだ。

「なんだかいいにおいがする」

 あっという間に火が移って燃え始めたイネから、草木を燃やしたにおいが漂ってきた。それにかすかに、生米を焼けばこんなにおいがするだろう、という香りも。

「燃やすって、どこまで燃やせばいいんだ?」
「それは……全部じゃない?」

 コーイチの疑問に、チカはテキトーな返事をする。

「全部って……まあ、最後は火に全部突っ込めばいいか」

 それに対するコーイチの返事も、実にテキトーなものだった。

 稲穂を焼くために大きくなり、ちろちろと先端を揺らす炎を黙って見る。辺りにはイネを燃やすにおいが立ち込める。

 炎を黙って見る。においがする。

 青い炎を見る――。

 ……いいにおいがする……。

「おい」

 アマネの声がしてチカは我に返った。

「――へ? え?」
「おい、しっかりしろ」

 あせった様子のアマネの顔が、鼻先少し前にまで迫っていたので、チカは非常におどろいた。アマネの大きな手がぺちぺちとチカの頬を叩いている。

 あわてて周囲を見回せば、心配そうな顔が五つ。みなじっとチカのほうを見ていたので、チカは二度おどろいた。

「大丈夫?」
「うん……」

 心配そうな顔をして問いかけるマシロに、チカはそうとしか返せなかった。

「なにかあったの?」

 チカがそう言うと、目の前にいるアマネが、いつもの眉間にしわを刻んだ顔でため息をついた。

「お前がおかしくなったって聞いたから……」
「おかしく……?」

 チカにはまったく心当たりがない。イネが燃えるさまを見ていただけだし、そのあいだに妙なことをした記憶もない。

 ぽかんとしているチカに対し、アマネやコーイチなどは渋い顔をする。

「なに話しかけても反応しなくなったからビビった」
「え? ……ぜんぜん記憶にない」
「呪われてるって、こういうことだったのかな……」

 コーイチの言葉を受けても、チカには己の身に起こったことがうまく吞み込めなかった。

 そしてマシロが真剣な様子でそう言えば、アオが答える。

「ヤクキメたみたいな感じだったんじゃないの?」
「またそういうこと言う!」
「いって!」

 マシロにぶっ叩かれているアオを見つつ、コーイチが「本当になにも覚えてないのか?」とチカに問う。それにチカは首を横に振る以外のことはできなかった。

「記憶は?」
「え?」

 ユースケの言葉が突拍子もなく聞こえて、チカは思わず聞き返した。

「いや、記憶を思い出せたりしたのかと思って」
「残念ながら……」
「そうか」

 チカは変わらず記憶喪失のままだ。相変わらず冬以前の、みんなとの記憶を思い出せないでいる。

 しかし、なぜユースケは急にチカの記憶について聞いてきたのだろう。そこが腑に落ちなくてもぞもぞと居心地の悪い思いをする。

 だがそれをチカが深堀できる機会は訪れなかった。

「ハア……こいつは部屋に連れて帰る」
「……ひとりでも帰れるよ?」
「途中で倒れられでもしたら厄介だ。一緒に戻る」

 アマネにそう言われてしまえば、チカがその好意をむげにできるはずもなく、ユースケに問いかける機会を失してしまった。

 アマネに手首を取られてぐいぐいと引っ張られる。

「そんなに引っ張らなくても」
「……早く行くぞ」
「ちゃんと行くって」

 そしてチカはそのまま部屋に戻されると、広いベッドに押し込まれてしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...