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天地始粛(てんちはじめてさむし)
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夢を見た。どんな夢だったか覚えてはいないけれど。だれかと話している――そんな夢を見た。
チカはゆるゆると目を覚ました。暦の上では暑さが鎮まるらしいが、現実ではまだまだ気温の高い日が続く毎日である。それでも、そんなときにもちょっと肌寒さを覚える朝は訪れて。
薄い掛け布団の中でもぞもぞと体を動かす。すると足の先がなにか冷たいものに触れて、一度に目が覚める。目が覚めてしまえば、先ほど足先に接触したものがなにか推測するのは簡単だった。
この巨大なベッドにはチカと――アマネしかいないのだから、先ほど足先に触れたのは彼の足だということは、すぐにわかった。
それでもチカはぼんやりとベッドに寝転がったままであった。朝のまどろみをしばらく味わっていたいと思うのは、なにも突飛な欲求と言うわけではないだろう。
それに、足先に触れたものの正体が知れれば、わざわざ布団を剥ぐまでもない。そう思いながら掛け布団の下でアマネから距離を取る。
「――ひぇっ」
二度寝でもしようかと思っていたチカを、強制的に目覚めさせるかの如く、また彼女の足先にアマネの冷たい足が当たった。
否、これは偶然の産物ではない。アマネの足は明らかにチカを狙っている――。チカはそう考えてガバリと上半身を起こした。
アマネの顔を覗き込めば、見事に寝入っている彼が見られた。狸寝入りというわけでもなさそうだ。健やかな寝息を立てている姿を見ると、叩き起こすのがはばかられる気になるのだから、無邪気な表情が絵になる人間は得だ。
「……冷え性、なのかな」
氷のように冷たいアマネの足先が、まるで親から離れられない子供のように、チカの足へとくっついている。
それも時間が経って慣れてくると、体温が互いに移って違和感がなくなって行く。本来であれば明瞭に感じるはずの、他者との境界がなくなっていくような感覚は、不思議だった。しかし、イヤではない。
それはアマネが無意識のうちに取っている行動だから、というのもあるかもしれない。これが意識的なものであれば、あざとさうざったさを感じてしまうかもしれない。
まあ平素のアマネであれば絶対にこんなことはしないだろう。まるで、チカに甘えるかのような態度を、起きている彼がするはずがない。チカはそう考えると「自分ってギャップに弱いのかな……」と、おのずと自己を振り返ることになった。
ぴたりとくっついたアマネの足先。それは先ほど親子と表現したように、恋人のような甘い雰囲気が感じられないふれあいだった。それはそうだろう。アマネとチカは恋人でもなんでもないのだから。
そう考えると、いくら広くとも同じベッドで寝起きをしているのは不思議な関係と言わざるを得ないだろう。けれどもいつの間にかその不思議さにも慣れてしまって、チカにとってそれは当たり前になっていた。
アマネは最初にチカとは恋人とかではないと言った。けれどもそれは、本当なのだろうかとたまに思う。
しかしいくら考えても、チカには記憶がないのでわからない。アマネを含めた六人がなにも言わないあたり、本当になんでもない関係だったのかもしれないが。
記憶を思い出そうと、なんとなくの雰囲気で頑張ってみる。が、もちろんそんなことで思い出せたら苦労はない。
ただ、なぜか先ほど見た夢の感覚が蘇った。夢の記憶が想起されたわけではなく、ただ曖昧でぼやけた、感覚という輪郭が脳内で蘇っただけだった。
チカは無意識のうちにため息をついていた。
固く閉じられた鎧戸の外では鳥が鳴き始めている。
今日はアマネはいつ起きるだろうか。
そんなことを考え始めれば、もう先ほどまで見ていたはずの夢の感覚は、思い出せなくなっていた。
チカはゆるゆると目を覚ました。暦の上では暑さが鎮まるらしいが、現実ではまだまだ気温の高い日が続く毎日である。それでも、そんなときにもちょっと肌寒さを覚える朝は訪れて。
薄い掛け布団の中でもぞもぞと体を動かす。すると足の先がなにか冷たいものに触れて、一度に目が覚める。目が覚めてしまえば、先ほど足先に接触したものがなにか推測するのは簡単だった。
この巨大なベッドにはチカと――アマネしかいないのだから、先ほど足先に触れたのは彼の足だということは、すぐにわかった。
それでもチカはぼんやりとベッドに寝転がったままであった。朝のまどろみをしばらく味わっていたいと思うのは、なにも突飛な欲求と言うわけではないだろう。
それに、足先に触れたものの正体が知れれば、わざわざ布団を剥ぐまでもない。そう思いながら掛け布団の下でアマネから距離を取る。
「――ひぇっ」
二度寝でもしようかと思っていたチカを、強制的に目覚めさせるかの如く、また彼女の足先にアマネの冷たい足が当たった。
否、これは偶然の産物ではない。アマネの足は明らかにチカを狙っている――。チカはそう考えてガバリと上半身を起こした。
アマネの顔を覗き込めば、見事に寝入っている彼が見られた。狸寝入りというわけでもなさそうだ。健やかな寝息を立てている姿を見ると、叩き起こすのがはばかられる気になるのだから、無邪気な表情が絵になる人間は得だ。
「……冷え性、なのかな」
氷のように冷たいアマネの足先が、まるで親から離れられない子供のように、チカの足へとくっついている。
それも時間が経って慣れてくると、体温が互いに移って違和感がなくなって行く。本来であれば明瞭に感じるはずの、他者との境界がなくなっていくような感覚は、不思議だった。しかし、イヤではない。
それはアマネが無意識のうちに取っている行動だから、というのもあるかもしれない。これが意識的なものであれば、あざとさうざったさを感じてしまうかもしれない。
まあ平素のアマネであれば絶対にこんなことはしないだろう。まるで、チカに甘えるかのような態度を、起きている彼がするはずがない。チカはそう考えると「自分ってギャップに弱いのかな……」と、おのずと自己を振り返ることになった。
ぴたりとくっついたアマネの足先。それは先ほど親子と表現したように、恋人のような甘い雰囲気が感じられないふれあいだった。それはそうだろう。アマネとチカは恋人でもなんでもないのだから。
そう考えると、いくら広くとも同じベッドで寝起きをしているのは不思議な関係と言わざるを得ないだろう。けれどもいつの間にかその不思議さにも慣れてしまって、チカにとってそれは当たり前になっていた。
アマネは最初にチカとは恋人とかではないと言った。けれどもそれは、本当なのだろうかとたまに思う。
しかしいくら考えても、チカには記憶がないのでわからない。アマネを含めた六人がなにも言わないあたり、本当になんでもない関係だったのかもしれないが。
記憶を思い出そうと、なんとなくの雰囲気で頑張ってみる。が、もちろんそんなことで思い出せたら苦労はない。
ただ、なぜか先ほど見た夢の感覚が蘇った。夢の記憶が想起されたわけではなく、ただ曖昧でぼやけた、感覚という輪郭が脳内で蘇っただけだった。
チカは無意識のうちにため息をついていた。
固く閉じられた鎧戸の外では鳥が鳴き始めている。
今日はアマネはいつ起きるだろうか。
そんなことを考え始めれば、もう先ほどまで見ていたはずの夢の感覚は、思い出せなくなっていた。
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