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竹笋生(たけのこしょうず)
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“城”の床からタケノコが生えてきても、チカにとってはもはやおどろくべきことではない。
そんなことよりも、急に足元から生えてきて股裂きにでもされたらたまらないな、と空想する始末であった。
けれどもそんなチカにも予想外のことはある。
まさか昨日、苦労して掘り起こしたタケノコが、次の日の朝食の卓にのぼるなどとは考えなかった。
それを指摘したのはアマネだ。眉間にしわを寄せて、「おい、これ……」と茶碗によそわれたタケノコごはんに視線をやったあと、ササを見たのだ。ユースケではなく、ササを。
アマネはこの時点で、ことの主因がだれであるかを正確に見通していたということになる。
アマネににらまれてもササはしれっとした顔をしていた。ユースケは少々気まずげにしていたが、チカにはそのときには、なぜ彼がそんな顔をするのかまったく理解していなかった。
「これ、昨日掘り起こしたタケノコじゃないだろうな」
アマネのセリフには疑問符はついていないように聞こえた。つまり、彼は問いかけているその実、はっきりとそうしたのだろうと断定していたわけである。
みんなの箸が止まった。いや、ササの箸だけは動いていた。重苦しい沈黙が支配する場で、彼女だけが黙々と、湯気と香りを立ち上らせているタケノコごはんを食べていた。
「サっちゃんが食べたいって言うから」
ユースケは若干うしろめたそうにしつつも、しかし反省してはいないとわかる語調で答える。
ユースケは、そういうやつだ。ササの願いはできうる力を持ってすべて叶えようとする。ユースケは、そういうやつなのだ。
一方咀嚼を終えてタケノコごはんを飲み込んだササが、おもむろに口を開いた。
「タケノコ、嫌いだったか?」
「そういう問題じゃねえよ!」
アマネが声を荒げた。けれどもササは小首をかしげるだけで、なぜ彼がこんな風に怒りをあらわにしているのか、理解していない様子だった。
「ユースケ、お前もヘンなもん食わすんじゃねえよ」
「……ユースケ?」
アマネがぎろりとユースケをひとにらみする。しかし肝心のユースケはだんまりだ。チカは始め、ユースケはしらばっくれているのかと思った。が、しかしどうも様子がおかしい。マシロが心配そうな顔をして声をかけるが、返事がない。
それをチカも不思議に思い始めたあたりで、チカの体ににわかに異変が起こる。
なんだか体が熱い。芯から発火しているようだった。
思わずタケノコごはんを作ったユースケを見た。しかし、それがいけなかった。
ユースケを見たチカはびたりと止まってしまう。ユースケも同様だった。視線を交わらせたまま、ふたりは時が止まったかのように動かなくなってしまった。
「え? なになに?」
タケノコごはんにまだ手をつけていなかったアオが、余裕の表情でいつものヘラヘラとした笑いを浮かべている。
一方、マシロとコーイチは毒にでも当たったのかとあわて始めた。
「おい、どうした」
アマネも珍しく眉間のしわを取って、あせった様子でチカの肩をつかむ。
「ユー?」
ササもさすがにタケノコごはんを食べる手を止めて、不思議そうな目でユースケを見やる。
そんなササに対し、ユースケは――
「気持ち悪い……」
とだけ言ってチカから視線をそらした。
「吐きそうか?」
「吐いたほうがよくない?!」
コーイチとマシロがユースケにそう言うが、ユースケは「違う」と言って首を横に振る。
「感情が……」
「感情……?」
「感情が気持ち悪い……」
ユースケとチカを除く五人の頭上にクエスチョンマークが乱舞している様子が見えるようだった。
「チカに対する俺の感情が気持ち悪い……」
「……どういうこと?」
「……俺わかっちゃったかも。なんか……惚れ薬的な効果があったんじゃないの、あのタケノコ」
わけがわからないといった顔をするマシロとは対照的に、アオは面白いものを見る目でユースケとチカを見て言う。
チカはと言えば――ショックを受けていた。
ユースケに「気持ち悪い」と言われて、衝撃を受けていた。そしてその事実にさらにショックを受けていた。
しかしアオの言葉を聞いて、理性の部分で「なるほどな」と思う。
しかし頭では理解できても、心はえぐられたように痛い。怖いくらいに傷ついている。
ユースケはチカのことを指して「気持ち悪い」と言ったわけではないとわかっているのだが、それでもなぜか心が痛い。
なぜならチカはユースケに惹かれているからだ。もちろん、タケノコによってもたらされた一時的な感情であるということは理解している。しかし頭で理解することと、心で感じるものは別なのだ。
自らを俯瞰する理性的な部分では、チカは己の揺れ動きを「なんじゃこりゃ」と思う余裕はあったし、変な笑いだって込み上げてくるくらいであった。
しかし心はユースケからの拒絶の言葉におどろくほど傷つき、動揺しているのであった。
「たぶんそうだ……」
ユースケがあからさまにチカから目をそらしたまま、アオの言葉を肯定する。
「お前は自業自得だとしても、こいつは完全に流れ弾だな……」
アマネが哀れみのこもった目でチカを見る。
チカはと言えば、ショックでなにも言えない状態だった。
「チカ、生きてる?」
真正面に座るマシロがチカを気遣ってくれるが、今のチカにはそれに返事をするほどの余裕すら失われていた。
「ササはなんもないのか?」
コーイチの問いかけにササが首を左右に振る。
どうも、タケノコの効能には当たりはずれがあるようだ。そしてチカとユースケは不運にも当たってしまった、と。
チカの隣に座るアマネが大きなため息をついた。
「ユースケ、ササ、タケノコの処理はお前たちでしとけよ。おれはチカを部屋に連れて帰る」
そう言うやアマネはチカの腕をつかんで強制的に立たせる。そしてそのままランタンを片手に食堂の大扉をくぐってチカを連れ立ち去った。
その後、アマネによってベッドに突っ込まれたチカは、一度寝て起きたころにはすっかり回復していた。
ユースケとササから謝罪をされたものの、若干、気まずかった。なにせ一時的にせよチカはユースケに恋心を抱いてしまっていたのだから。
――恋ってあんな感じなのか。
様々な記憶を失っているせいなのか、チカはあのときの感情を新鮮に反芻することができた。
恋する感情、恋に破れた時の胸を裂くような痛み……。できれば後者は二度と味わいたくないところである。
そんなことよりも、急に足元から生えてきて股裂きにでもされたらたまらないな、と空想する始末であった。
けれどもそんなチカにも予想外のことはある。
まさか昨日、苦労して掘り起こしたタケノコが、次の日の朝食の卓にのぼるなどとは考えなかった。
それを指摘したのはアマネだ。眉間にしわを寄せて、「おい、これ……」と茶碗によそわれたタケノコごはんに視線をやったあと、ササを見たのだ。ユースケではなく、ササを。
アマネはこの時点で、ことの主因がだれであるかを正確に見通していたということになる。
アマネににらまれてもササはしれっとした顔をしていた。ユースケは少々気まずげにしていたが、チカにはそのときには、なぜ彼がそんな顔をするのかまったく理解していなかった。
「これ、昨日掘り起こしたタケノコじゃないだろうな」
アマネのセリフには疑問符はついていないように聞こえた。つまり、彼は問いかけているその実、はっきりとそうしたのだろうと断定していたわけである。
みんなの箸が止まった。いや、ササの箸だけは動いていた。重苦しい沈黙が支配する場で、彼女だけが黙々と、湯気と香りを立ち上らせているタケノコごはんを食べていた。
「サっちゃんが食べたいって言うから」
ユースケは若干うしろめたそうにしつつも、しかし反省してはいないとわかる語調で答える。
ユースケは、そういうやつだ。ササの願いはできうる力を持ってすべて叶えようとする。ユースケは、そういうやつなのだ。
一方咀嚼を終えてタケノコごはんを飲み込んだササが、おもむろに口を開いた。
「タケノコ、嫌いだったか?」
「そういう問題じゃねえよ!」
アマネが声を荒げた。けれどもササは小首をかしげるだけで、なぜ彼がこんな風に怒りをあらわにしているのか、理解していない様子だった。
「ユースケ、お前もヘンなもん食わすんじゃねえよ」
「……ユースケ?」
アマネがぎろりとユースケをひとにらみする。しかし肝心のユースケはだんまりだ。チカは始め、ユースケはしらばっくれているのかと思った。が、しかしどうも様子がおかしい。マシロが心配そうな顔をして声をかけるが、返事がない。
それをチカも不思議に思い始めたあたりで、チカの体ににわかに異変が起こる。
なんだか体が熱い。芯から発火しているようだった。
思わずタケノコごはんを作ったユースケを見た。しかし、それがいけなかった。
ユースケを見たチカはびたりと止まってしまう。ユースケも同様だった。視線を交わらせたまま、ふたりは時が止まったかのように動かなくなってしまった。
「え? なになに?」
タケノコごはんにまだ手をつけていなかったアオが、余裕の表情でいつものヘラヘラとした笑いを浮かべている。
一方、マシロとコーイチは毒にでも当たったのかとあわて始めた。
「おい、どうした」
アマネも珍しく眉間のしわを取って、あせった様子でチカの肩をつかむ。
「ユー?」
ササもさすがにタケノコごはんを食べる手を止めて、不思議そうな目でユースケを見やる。
そんなササに対し、ユースケは――
「気持ち悪い……」
とだけ言ってチカから視線をそらした。
「吐きそうか?」
「吐いたほうがよくない?!」
コーイチとマシロがユースケにそう言うが、ユースケは「違う」と言って首を横に振る。
「感情が……」
「感情……?」
「感情が気持ち悪い……」
ユースケとチカを除く五人の頭上にクエスチョンマークが乱舞している様子が見えるようだった。
「チカに対する俺の感情が気持ち悪い……」
「……どういうこと?」
「……俺わかっちゃったかも。なんか……惚れ薬的な効果があったんじゃないの、あのタケノコ」
わけがわからないといった顔をするマシロとは対照的に、アオは面白いものを見る目でユースケとチカを見て言う。
チカはと言えば――ショックを受けていた。
ユースケに「気持ち悪い」と言われて、衝撃を受けていた。そしてその事実にさらにショックを受けていた。
しかしアオの言葉を聞いて、理性の部分で「なるほどな」と思う。
しかし頭では理解できても、心はえぐられたように痛い。怖いくらいに傷ついている。
ユースケはチカのことを指して「気持ち悪い」と言ったわけではないとわかっているのだが、それでもなぜか心が痛い。
なぜならチカはユースケに惹かれているからだ。もちろん、タケノコによってもたらされた一時的な感情であるということは理解している。しかし頭で理解することと、心で感じるものは別なのだ。
自らを俯瞰する理性的な部分では、チカは己の揺れ動きを「なんじゃこりゃ」と思う余裕はあったし、変な笑いだって込み上げてくるくらいであった。
しかし心はユースケからの拒絶の言葉におどろくほど傷つき、動揺しているのであった。
「たぶんそうだ……」
ユースケがあからさまにチカから目をそらしたまま、アオの言葉を肯定する。
「お前は自業自得だとしても、こいつは完全に流れ弾だな……」
アマネが哀れみのこもった目でチカを見る。
チカはと言えば、ショックでなにも言えない状態だった。
「チカ、生きてる?」
真正面に座るマシロがチカを気遣ってくれるが、今のチカにはそれに返事をするほどの余裕すら失われていた。
「ササはなんもないのか?」
コーイチの問いかけにササが首を左右に振る。
どうも、タケノコの効能には当たりはずれがあるようだ。そしてチカとユースケは不運にも当たってしまった、と。
チカの隣に座るアマネが大きなため息をついた。
「ユースケ、ササ、タケノコの処理はお前たちでしとけよ。おれはチカを部屋に連れて帰る」
そう言うやアマネはチカの腕をつかんで強制的に立たせる。そしてそのままランタンを片手に食堂の大扉をくぐってチカを連れ立ち去った。
その後、アマネによってベッドに突っ込まれたチカは、一度寝て起きたころにはすっかり回復していた。
ユースケとササから謝罪をされたものの、若干、気まずかった。なにせ一時的にせよチカはユースケに恋心を抱いてしまっていたのだから。
――恋ってあんな感じなのか。
様々な記憶を失っているせいなのか、チカはあのときの感情を新鮮に反芻することができた。
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