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雀始巣(すずめはじめてすくう)
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姿の見えないスズメの声がする。スズメの巣ってどんなのだろうとチカが思っている中、チカたちの部屋ではマシロが背負っていたリュックサックを床に下ろしているところだった。
「本気?」
チカはマシロに問う。マシロはいつになく真剣な表情でうなずいた。チカの隣にいるアマネは、ひどくイヤそうに大きくため息をついた。
マシロがなぜチカとアマネの部屋にいるのかと言えば、遊びにきたから――という理由だったらよかったものの、現実は「家出」だったのでふたりとも内心で頭を抱えているわけだ。
「家出」というか、「部屋出」だろうか。とにかくマシロはコーイチとアオとシェアしている部屋から飛び出してきたということだけは事実だ。
理由はまだ聞いていないのでチカもアマネもわからない。ただ、なんとなくイヤな予感がするのは両者に共通していた。
「ふざけんな。帰れ」
ぶっきらぼうにアマネがすごんでも、そんなのは慣れっこなのかマシロは「イヤ」とだけ言う。
「ゼッタイゼッタイ帰らない!」
「じゃあよそに行け」
「『よそ』って他にユースケとササの部屋しかないじゃん」
「だからそっちに行けって言ってんだよ」
「ヤダ」
「なんで?」
思わずそう聞いたのはチカだ。チカからすれば仏頂面のアマネがいる部屋よりも、ユースケたちの部屋のほうがいいんじゃないかと思ったのだ。
「ヤダよ。だってユースケってササがいるときしか優しくないし」
「そうなの?」
ユースケとさして親しくしているわけではないチカには、マシロの言がどこまで真実を捉えているのかはわからない。
ただ、ユースケは「ササ限定世話焼き」などと呼ばれているところからして、彼女以外にはあまり興味がないような印象があるのはたしかだ。
かと言ってアマネもわかりやすい優しさを見せてくれる人間ではない。むしろよく眉間にしわを寄せているところを見る。
だがマシロからすれば、ユースケよりもアマネのほうが気楽に過ごせる相手のようだ。
たしかに隙を見せられないという点からすれば、ユースケはそういうところがある……かもしれない。チカの印象の話ではあったが。
「そうだよ! ササとふたりきりのところを邪魔したら『こいつウゼえな』って目ぇするし」
「そうなんだ……」
マシロの力説にアマネがなにも突っ込まないあたり、彼女の言は真実らしい。
ユースケは独占欲が強いようだ。マシロは心のメモにそう書き留めておく。
「そういうわけでオレは他に行くところがないので!」
マシロはそう言いながら下ろしたリュックサックの口を開けて、中から厚手の毛布を取り出す。リュックサックの大半の容量はこの毛布で占められているようだった。
マシロは毛布を長ソファに置き、そのままそこに陣取る。アマネは顔をしかめて露骨にイヤそうな表情を作る。けれどもこの部屋に「家出」をしてきている時点で、マシロがアマネのそんな顔にひるむはずもなかった。
「それで……なんでケンカしたの?」
マシロの様子から同室者とケンカをして出てきたのだということはわかっていた。しかし肝心の理由についてはまだチカも聞いていなかったし、マシロも話す様子がなかった。
平素のマシロであれば、開口一番にケンカの理由を教えてくれそうなものだが、今回はどういうわけか、彼女はまだ口をつぐんでいる。
「クソどうでもいい理由だったら叩き出す」
アマネがまたすごんだ。チカはそこまでは思っていなかったにしても、本当に「くだらない」と切って捨ててしまえるような理由だったらどうしよう、とは考えた。
「『どうでもいい理由』じゃないから家出してきたんだよ!」
それに対してマシロは心外だとばかりに頬を膨らませた。
「じゃあどういう理由があるんだよ」
となればそういう流れになるのは当たり前だ。マシロは彼女にしては珍しく言い淀むようなしぐさを見せたあと、しかし理由を言わないからにはアマネが納得しないと考えたのだろう。渋々といった様子で口を開いた。
「アオが…………でしたいって言うから……」
「は?」
アマネの眉間のしわが深くなった。
マシロは少しうつむいたまま、ぼそぼそと何度か言い直す。煮え切らないマシロの言い方にアマネがキレそうになったころ、ようやくマシロはハッキリとした口調で言い切った。
「アオが! うしろでもしたいって言うから……」
チカとアマネは固まった。ふたりともおぼこを気取るような年齢ではなかったので、マシロが言わんとしたことを明瞭に理解した。だから、固まった。
チカもアマネも、カマトトぶって「うしろってどういうこと?」などと聞き返しはしなかったものの、耳を疑ったのはたしかだ。
「えーっと……」
アマネが完全に黙り込んでしまったので、場を持たせようとチカが声を出す。出しはしたが言葉が続かない。なんて言えばいいのやら皆目見当がつかなかったのだ。
「ありえないよね?!」
勢いに弾みがついたらしいマシロがチカに同意を求める。チカはやはり、なんと返せばいいのかわからず、引きつった微笑を浮かべることしかできない。
「バカか、てめえ。妙なことにこっちを巻き込むな」
アマネはようやく口を開いたかと思えば完全にキレていた。そこには多少の照れ隠しもあるのだろうが、大部分を呆れが占めていることはよく伝わってくる。
「怒るならアオに怒ってよ。アオがヘンなこと言い出すから悪いんだよ!」
マシロの「家出」の理由はわかったものの、まさか夜の生活が絡んでいるとは。そんなことを微塵も考えはしなかった自分は、思ったよりピュアなのかもしれないとチカは逃避気味に考える。
しかしアオがマシロにした要求を、もしも己にもされたとすれば――相手はまったく想像がつかないが――まあ「家出」もしたくなるかもなとチカは思った。
そうしているあいだにもアマネとマシロの言い合いはヒートアップしている。
「うるせえ。てめえの部屋に戻って話し合いでもなんでもしてろ。こっちを巻き込むな」
「できなかったからきてるんじゃん!」
「じゃあてめえの落ち度だ。そんなヤローと付き合ったてめえが悪い」
「アオのほうが悪いでしょ?! そういう風に使う場所じゃないじゃん! 出口であって入り口ではないんだよ?!」
「それをあいつに納得してもらえるように頑張れ」
「納得してくれないからきたんじゃん!」
話がループしている。
しかしアマネもマシロもヒートアップしているせいか、それに気づいていないようだ。なのにループを繰り返すごとに語調は荒くなり、内容も露骨なものに変化して行っていた。
このままでは今は傍観している立場のチカが巻き込まれるのも時間の問題だろう。
かと言って、一瞬でこの事態を解決できる方法など思いつかない。そもそも、そんなものが存在するのかすら怪しいが。
マシロの言い分は、男性性を受け止める側として理解できるものだ。抵抗がない女性も中にはいるだろうが、たいていの人間はそんな提案をされてはひるんでしまうだろう。だからマシロが「家出」したことも理解はできる。
しかし他方、アマネの言っていることもわかる。どうしたって夜の生活のことなんて、当人たち同士でしか解決できない事柄なのだ。性的なものに対する気恥ずかしさもあり、巻き込まないで欲しいという気持ちも理解できる。
かと言ってマシロを突き放すのは冷たいのではないかと悩んでしまう。この“城”で共同生活を送り、大なり小なり世話になっている相手なのだ。助けられるのであればそうしたいものの、残念ながらチカには魔法のように悩みを解決できるほどの頭脳はない。
となると、当人たちで話し合って妥協点なりなんなりを探してもらうしかないわけで。
そんなときに扉をノックする控えめな音が聞こえた。だがヒートアップしているアマネとマシロは気づいていない。
その場から逃げ出したい気持ちもあり、チカは扉を開いた。
そこにいたのは渦中の人物であるコーイチとアオだった。マシロを迎えにきたのだろう。役者がそろったことで安堵する半面、ここから修羅場が始まらなければいいがとチカは気を揉んでしまう。自室で修羅場など御免であった。
「おい! さっさとこいつを連れて帰れ!」
コーイチとアオの姿に先に気づいたのはアマネだった。背の低いマシロを上から指さしてクレームを入れる。
マシロは振り返ってコーイチとアオの姿を確認すると、アマネの後ろに隠れた。アマネの背はそれほど高くはないものの、七人でもっとも背が低く小柄なマシロはじゅうぶん隠れてしまえる。
そんなマシロのえりぐりをアマネがつかんで、己の背後から引きずり出す。「やめてよー!」とマシロはイヤがって抵抗するものの、アマネは七人の中で一番年嵩に見えるだけあり、それなりに力がある。マシロはあっという間に、部屋に入ってきたコーイチとアオの前へと引きずり出されてしまう。
「マシロー、帰ろうぜ」
コーイチがそう言うものの、マシロは首を縦には振らず「ヤだ!」と言って顔をそらしてしまう。
いつもはヘラヘラしている様子のアオはと言えば、若干気まずそうにしていた。マシロの「家出」先にきたということは、さすがに悪いことをしたという気持ちにでもなったのだろうか。
「ヤダよ! ケツが壊れる!!!」
「壊れないって」
「壊れるよ?!」
「悪かったって。いきなりはさすがにマズいもんな。慣らすところから始めような」
「ヤダ―――!!!!!!」
アオはまったく反省していないようだ。マシロはアマネにえりぐりをつかまれたまま、じたじたと手足をバタつかせて抗議する。
「仕方ないじゃん。お前がコーイチとヤってるときなんか手持無沙汰なんだもん」
「『なんか手持無沙汰』でオレのケツを破壊するな!!!」
「いや、慣らしたらイケるって」
チカが想像したような修羅場は始まらなかったものの、別の意味で修羅場が発生している。
しかしアオがなぜ「うしろ」でしたいなどと言い出したかの理由はわかった。まったく知りたくはなかったが。
「うるせえ!!! おれらの部屋で痴話ゲンカしてんじゃねえ!!! こいつをさっさと連れて帰れ!」
チカがなにかを言う前にアマネがキレた。
「ヤダ! ゼッタイ帰らない!」
しかしマシロも帰る気もなければ譲歩する気も一切ないようだ。
「じゃーどうすんだ? アオとマシロ、交換すっかあ?」
コーイチはのん気にそんなことを言い出す。
チカは、アマネの血管が何本かブチ切れた音を聞いた気がした。
「三人とも出ていけ!!!!!!」
そうしてマシロ、コーイチ、アオの三人はそのままアマネに部屋から叩き出された。
その後どうなったかと言うと、「手持無沙汰」問題はマシロが「うしろ」を使わない形で「頑張る」というところへ一度落ち着いたらしい。
あの騒ぎはなんだったんだとチカは思わなくなかったものの、まあ落ち着くところに落ち着いてよかったと思うことにした。
まさか「第二次うしろ使う・使わない問題」によって再びマシロが「家出」をしてくるとは知らず――。
「本気?」
チカはマシロに問う。マシロはいつになく真剣な表情でうなずいた。チカの隣にいるアマネは、ひどくイヤそうに大きくため息をついた。
マシロがなぜチカとアマネの部屋にいるのかと言えば、遊びにきたから――という理由だったらよかったものの、現実は「家出」だったのでふたりとも内心で頭を抱えているわけだ。
「家出」というか、「部屋出」だろうか。とにかくマシロはコーイチとアオとシェアしている部屋から飛び出してきたということだけは事実だ。
理由はまだ聞いていないのでチカもアマネもわからない。ただ、なんとなくイヤな予感がするのは両者に共通していた。
「ふざけんな。帰れ」
ぶっきらぼうにアマネがすごんでも、そんなのは慣れっこなのかマシロは「イヤ」とだけ言う。
「ゼッタイゼッタイ帰らない!」
「じゃあよそに行け」
「『よそ』って他にユースケとササの部屋しかないじゃん」
「だからそっちに行けって言ってんだよ」
「ヤダ」
「なんで?」
思わずそう聞いたのはチカだ。チカからすれば仏頂面のアマネがいる部屋よりも、ユースケたちの部屋のほうがいいんじゃないかと思ったのだ。
「ヤダよ。だってユースケってササがいるときしか優しくないし」
「そうなの?」
ユースケとさして親しくしているわけではないチカには、マシロの言がどこまで真実を捉えているのかはわからない。
ただ、ユースケは「ササ限定世話焼き」などと呼ばれているところからして、彼女以外にはあまり興味がないような印象があるのはたしかだ。
かと言ってアマネもわかりやすい優しさを見せてくれる人間ではない。むしろよく眉間にしわを寄せているところを見る。
だがマシロからすれば、ユースケよりもアマネのほうが気楽に過ごせる相手のようだ。
たしかに隙を見せられないという点からすれば、ユースケはそういうところがある……かもしれない。チカの印象の話ではあったが。
「そうだよ! ササとふたりきりのところを邪魔したら『こいつウゼえな』って目ぇするし」
「そうなんだ……」
マシロの力説にアマネがなにも突っ込まないあたり、彼女の言は真実らしい。
ユースケは独占欲が強いようだ。マシロは心のメモにそう書き留めておく。
「そういうわけでオレは他に行くところがないので!」
マシロはそう言いながら下ろしたリュックサックの口を開けて、中から厚手の毛布を取り出す。リュックサックの大半の容量はこの毛布で占められているようだった。
マシロは毛布を長ソファに置き、そのままそこに陣取る。アマネは顔をしかめて露骨にイヤそうな表情を作る。けれどもこの部屋に「家出」をしてきている時点で、マシロがアマネのそんな顔にひるむはずもなかった。
「それで……なんでケンカしたの?」
マシロの様子から同室者とケンカをして出てきたのだということはわかっていた。しかし肝心の理由についてはまだチカも聞いていなかったし、マシロも話す様子がなかった。
平素のマシロであれば、開口一番にケンカの理由を教えてくれそうなものだが、今回はどういうわけか、彼女はまだ口をつぐんでいる。
「クソどうでもいい理由だったら叩き出す」
アマネがまたすごんだ。チカはそこまでは思っていなかったにしても、本当に「くだらない」と切って捨ててしまえるような理由だったらどうしよう、とは考えた。
「『どうでもいい理由』じゃないから家出してきたんだよ!」
それに対してマシロは心外だとばかりに頬を膨らませた。
「じゃあどういう理由があるんだよ」
となればそういう流れになるのは当たり前だ。マシロは彼女にしては珍しく言い淀むようなしぐさを見せたあと、しかし理由を言わないからにはアマネが納得しないと考えたのだろう。渋々といった様子で口を開いた。
「アオが…………でしたいって言うから……」
「は?」
アマネの眉間のしわが深くなった。
マシロは少しうつむいたまま、ぼそぼそと何度か言い直す。煮え切らないマシロの言い方にアマネがキレそうになったころ、ようやくマシロはハッキリとした口調で言い切った。
「アオが! うしろでもしたいって言うから……」
チカとアマネは固まった。ふたりともおぼこを気取るような年齢ではなかったので、マシロが言わんとしたことを明瞭に理解した。だから、固まった。
チカもアマネも、カマトトぶって「うしろってどういうこと?」などと聞き返しはしなかったものの、耳を疑ったのはたしかだ。
「えーっと……」
アマネが完全に黙り込んでしまったので、場を持たせようとチカが声を出す。出しはしたが言葉が続かない。なんて言えばいいのやら皆目見当がつかなかったのだ。
「ありえないよね?!」
勢いに弾みがついたらしいマシロがチカに同意を求める。チカはやはり、なんと返せばいいのかわからず、引きつった微笑を浮かべることしかできない。
「バカか、てめえ。妙なことにこっちを巻き込むな」
アマネはようやく口を開いたかと思えば完全にキレていた。そこには多少の照れ隠しもあるのだろうが、大部分を呆れが占めていることはよく伝わってくる。
「怒るならアオに怒ってよ。アオがヘンなこと言い出すから悪いんだよ!」
マシロの「家出」の理由はわかったものの、まさか夜の生活が絡んでいるとは。そんなことを微塵も考えはしなかった自分は、思ったよりピュアなのかもしれないとチカは逃避気味に考える。
しかしアオがマシロにした要求を、もしも己にもされたとすれば――相手はまったく想像がつかないが――まあ「家出」もしたくなるかもなとチカは思った。
そうしているあいだにもアマネとマシロの言い合いはヒートアップしている。
「うるせえ。てめえの部屋に戻って話し合いでもなんでもしてろ。こっちを巻き込むな」
「できなかったからきてるんじゃん!」
「じゃあてめえの落ち度だ。そんなヤローと付き合ったてめえが悪い」
「アオのほうが悪いでしょ?! そういう風に使う場所じゃないじゃん! 出口であって入り口ではないんだよ?!」
「それをあいつに納得してもらえるように頑張れ」
「納得してくれないからきたんじゃん!」
話がループしている。
しかしアマネもマシロもヒートアップしているせいか、それに気づいていないようだ。なのにループを繰り返すごとに語調は荒くなり、内容も露骨なものに変化して行っていた。
このままでは今は傍観している立場のチカが巻き込まれるのも時間の問題だろう。
かと言って、一瞬でこの事態を解決できる方法など思いつかない。そもそも、そんなものが存在するのかすら怪しいが。
マシロの言い分は、男性性を受け止める側として理解できるものだ。抵抗がない女性も中にはいるだろうが、たいていの人間はそんな提案をされてはひるんでしまうだろう。だからマシロが「家出」したことも理解はできる。
しかし他方、アマネの言っていることもわかる。どうしたって夜の生活のことなんて、当人たち同士でしか解決できない事柄なのだ。性的なものに対する気恥ずかしさもあり、巻き込まないで欲しいという気持ちも理解できる。
かと言ってマシロを突き放すのは冷たいのではないかと悩んでしまう。この“城”で共同生活を送り、大なり小なり世話になっている相手なのだ。助けられるのであればそうしたいものの、残念ながらチカには魔法のように悩みを解決できるほどの頭脳はない。
となると、当人たちで話し合って妥協点なりなんなりを探してもらうしかないわけで。
そんなときに扉をノックする控えめな音が聞こえた。だがヒートアップしているアマネとマシロは気づいていない。
その場から逃げ出したい気持ちもあり、チカは扉を開いた。
そこにいたのは渦中の人物であるコーイチとアオだった。マシロを迎えにきたのだろう。役者がそろったことで安堵する半面、ここから修羅場が始まらなければいいがとチカは気を揉んでしまう。自室で修羅場など御免であった。
「おい! さっさとこいつを連れて帰れ!」
コーイチとアオの姿に先に気づいたのはアマネだった。背の低いマシロを上から指さしてクレームを入れる。
マシロは振り返ってコーイチとアオの姿を確認すると、アマネの後ろに隠れた。アマネの背はそれほど高くはないものの、七人でもっとも背が低く小柄なマシロはじゅうぶん隠れてしまえる。
そんなマシロのえりぐりをアマネがつかんで、己の背後から引きずり出す。「やめてよー!」とマシロはイヤがって抵抗するものの、アマネは七人の中で一番年嵩に見えるだけあり、それなりに力がある。マシロはあっという間に、部屋に入ってきたコーイチとアオの前へと引きずり出されてしまう。
「マシロー、帰ろうぜ」
コーイチがそう言うものの、マシロは首を縦には振らず「ヤだ!」と言って顔をそらしてしまう。
いつもはヘラヘラしている様子のアオはと言えば、若干気まずそうにしていた。マシロの「家出」先にきたということは、さすがに悪いことをしたという気持ちにでもなったのだろうか。
「ヤダよ! ケツが壊れる!!!」
「壊れないって」
「壊れるよ?!」
「悪かったって。いきなりはさすがにマズいもんな。慣らすところから始めような」
「ヤダ―――!!!!!!」
アオはまったく反省していないようだ。マシロはアマネにえりぐりをつかまれたまま、じたじたと手足をバタつかせて抗議する。
「仕方ないじゃん。お前がコーイチとヤってるときなんか手持無沙汰なんだもん」
「『なんか手持無沙汰』でオレのケツを破壊するな!!!」
「いや、慣らしたらイケるって」
チカが想像したような修羅場は始まらなかったものの、別の意味で修羅場が発生している。
しかしアオがなぜ「うしろ」でしたいなどと言い出したかの理由はわかった。まったく知りたくはなかったが。
「うるせえ!!! おれらの部屋で痴話ゲンカしてんじゃねえ!!! こいつをさっさと連れて帰れ!」
チカがなにかを言う前にアマネがキレた。
「ヤダ! ゼッタイ帰らない!」
しかしマシロも帰る気もなければ譲歩する気も一切ないようだ。
「じゃーどうすんだ? アオとマシロ、交換すっかあ?」
コーイチはのん気にそんなことを言い出す。
チカは、アマネの血管が何本かブチ切れた音を聞いた気がした。
「三人とも出ていけ!!!!!!」
そうしてマシロ、コーイチ、アオの三人はそのままアマネに部屋から叩き出された。
その後どうなったかと言うと、「手持無沙汰」問題はマシロが「うしろ」を使わない形で「頑張る」というところへ一度落ち着いたらしい。
あの騒ぎはなんだったんだとチカは思わなくなかったものの、まあ落ち着くところに落ち着いてよかったと思うことにした。
まさか「第二次うしろ使う・使わない問題」によって再びマシロが「家出」をしてくるとは知らず――。
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