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(15)ラーセ視点
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女神の怒りを買って以来、この世界は女を奪われ、男たちは女の羊水ではなく湖水で育ち、湖から生まれるようになった。それはこの世界を生きる人間であれば、だれでも知っていることで、そして動かし難く、重くのしかかる事実でもあった。
連邦情報局に勤めるラーセの仕事は、その職場の名が示すとおりに情報を集め、精査し、分類し、しかるべき部署へと渡すことであった。その繰り返しの日々にやりがいや、意味を見出したことはない。その日もある筋への聞き込みのために、湖を訪れて――そこで、偶然にもミオリを発見した。この世界にはどうやったって生じないはずの――女神に取り上げられた女という存在を。
しかし情報局に勤めていたがゆえに、ラーセはこの世界に女性がまったくいない、というわけではないことは知っていた。ごくごく稀に、ミオリのように異世界から迷い込んでくる――としか表現できない――女はいた。
では、そのような女はどこへ行くのか? 身寄りもなければ戸籍すらもない、女たちはどうなるのか。……例外はなく、この世界にいる男を頼って生きるしかない。就籍の申し立てが受け入れられたとて、男だけで構成された世界に、女が身銭を稼げる手段はないに等しい。
そもそも、男が、女をそうやって働かせるわけがない。そして慣習的に、異世界から迷い込んできた女は、見つけた男の「もの」になる。いつからそのような慣習が生まれたのかまでは、ラーセにすら定かではなかった。ただ想像することはできる。女神によって女を取り上げられてからだろうと。
そしてラーセは、ミオリを保護するという名目で、彼女の権利を手に入れた。
同時に、ラーセは女神がこの世界から女を奪い去った理由を知った。
今までに感じたことのない、狂おしい情念が、ラーセの内に生じたのだ。今すぐ――ミオリを、自分だけのものにしたくなったのだ。その瞳に自分だけの姿を映し続けたい。その柔らかい肌に頬ずりをしたい。その艶やかな髪を指先で弄びたい。生白い皮膚に甘噛みしたい。そしてその子宮に――。
本物の女を知らない男は、女神は人間の女に嫉妬してその存在を奪い去ったのだと言う。しかし、それが嘘だということをラーセは知った。
女神の所業は嫉妬に由来するものなどではなく、男に狂おしく愛される女を憐れんだ、慈悲によるものだったのだ。
女を愛するのは男の血に刻まれた本能であり、そしてその本能ゆえに男は女に狂う。
ラーセの同僚であるシュヴァーだってそうだ。ミオリをひと目見て、恋に陥ちてしまった。だれよりも職務に忠実で、清廉潔白を体現したような、誠実な青年であったシュヴァーは、ミオリひとりによって変わって――変えられて、しまった。
シュヴァーは、ラーセが良心ゆえに、手にしてしまったミオリの権利を持て余していると同時に、どうしようもなくミオリを欲していることを、だれよりも早く見抜いた。そしてラーセに、ミオリを共に独占することを持ちかけた。
ラーセは、それを突っぱねることもできた。けれどそうしなかった。良心と悪心が狭間で綱引きをしているようなラーセの胸中は、シュヴァーを共犯者に選んだ。それは少しでも、罪悪感という重みから逃れるための、恐ろしく卑怯な選択であった。
豹変したシュヴァーを見て、ラーセは一度はミオリを手にかけることも考えた。この国の、いや、この世界のために。だがもちろん、そんなことがラーセにできるはずもない。しかし「自分以外の、なにものかのため」という言い訳は、ミオリを閉じ込めておく理由に使われた。
ミオリは幼いがゆえか、大人しく、素直で、従順だった。そしてラーセやシュヴァーに対して、好意的な感情を持っている。
しかしミオリが、ラーセやシュヴァーと同様の、狂おしいまでの愛を返してくれることはないだろうとは、ふたりとも半ば理解していた。
男たちは狂っているから女を取り上げられたのか、取り上げられたから狂ってしまったのか――。
そんなことは、もはやラーセにとってもどうでもいいことだった。シュヴァーがそうなってしまったように、自分にも正常な思考力や判断力が宿っているとは、もうどうしたって考えられないからだ。
ラーセとシュヴァーというふたりの男は、女を――ミオリを愛してしまった。
深く深く愛して愛して。たとえそれでミオリが壊れても、ふたりは彼女を愛し続けるだろう。
女神の怒りを買って以来、この世界は女を奪われ、男たちは女の羊水ではなく湖水で育ち、湖から生まれるようになった。それはこの世界を生きる人間であれば、だれでも知っていることで、そして動かし難く、重くのしかかる事実でもあった。
連邦情報局に勤めるラーセの仕事は、その職場の名が示すとおりに情報を集め、精査し、分類し、しかるべき部署へと渡すことであった。その繰り返しの日々にやりがいや、意味を見出したことはない。その日もある筋への聞き込みのために、湖を訪れて――そこで、偶然にもミオリを発見した。この世界にはどうやったって生じないはずの――女神に取り上げられた女という存在を。
しかし情報局に勤めていたがゆえに、ラーセはこの世界に女性がまったくいない、というわけではないことは知っていた。ごくごく稀に、ミオリのように異世界から迷い込んでくる――としか表現できない――女はいた。
では、そのような女はどこへ行くのか? 身寄りもなければ戸籍すらもない、女たちはどうなるのか。……例外はなく、この世界にいる男を頼って生きるしかない。就籍の申し立てが受け入れられたとて、男だけで構成された世界に、女が身銭を稼げる手段はないに等しい。
そもそも、男が、女をそうやって働かせるわけがない。そして慣習的に、異世界から迷い込んできた女は、見つけた男の「もの」になる。いつからそのような慣習が生まれたのかまでは、ラーセにすら定かではなかった。ただ想像することはできる。女神によって女を取り上げられてからだろうと。
そしてラーセは、ミオリを保護するという名目で、彼女の権利を手に入れた。
同時に、ラーセは女神がこの世界から女を奪い去った理由を知った。
今までに感じたことのない、狂おしい情念が、ラーセの内に生じたのだ。今すぐ――ミオリを、自分だけのものにしたくなったのだ。その瞳に自分だけの姿を映し続けたい。その柔らかい肌に頬ずりをしたい。その艶やかな髪を指先で弄びたい。生白い皮膚に甘噛みしたい。そしてその子宮に――。
本物の女を知らない男は、女神は人間の女に嫉妬してその存在を奪い去ったのだと言う。しかし、それが嘘だということをラーセは知った。
女神の所業は嫉妬に由来するものなどではなく、男に狂おしく愛される女を憐れんだ、慈悲によるものだったのだ。
女を愛するのは男の血に刻まれた本能であり、そしてその本能ゆえに男は女に狂う。
ラーセの同僚であるシュヴァーだってそうだ。ミオリをひと目見て、恋に陥ちてしまった。だれよりも職務に忠実で、清廉潔白を体現したような、誠実な青年であったシュヴァーは、ミオリひとりによって変わって――変えられて、しまった。
シュヴァーは、ラーセが良心ゆえに、手にしてしまったミオリの権利を持て余していると同時に、どうしようもなくミオリを欲していることを、だれよりも早く見抜いた。そしてラーセに、ミオリを共に独占することを持ちかけた。
ラーセは、それを突っぱねることもできた。けれどそうしなかった。良心と悪心が狭間で綱引きをしているようなラーセの胸中は、シュヴァーを共犯者に選んだ。それは少しでも、罪悪感という重みから逃れるための、恐ろしく卑怯な選択であった。
豹変したシュヴァーを見て、ラーセは一度はミオリを手にかけることも考えた。この国の、いや、この世界のために。だがもちろん、そんなことがラーセにできるはずもない。しかし「自分以外の、なにものかのため」という言い訳は、ミオリを閉じ込めておく理由に使われた。
ミオリは幼いがゆえか、大人しく、素直で、従順だった。そしてラーセやシュヴァーに対して、好意的な感情を持っている。
しかしミオリが、ラーセやシュヴァーと同様の、狂おしいまでの愛を返してくれることはないだろうとは、ふたりとも半ば理解していた。
男たちは狂っているから女を取り上げられたのか、取り上げられたから狂ってしまったのか――。
そんなことは、もはやラーセにとってもどうでもいいことだった。シュヴァーがそうなってしまったように、自分にも正常な思考力や判断力が宿っているとは、もうどうしたって考えられないからだ。
ラーセとシュヴァーというふたりの男は、女を――ミオリを愛してしまった。
深く深く愛して愛して。たとえそれでミオリが壊れても、ふたりは彼女を愛し続けるだろう。
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