3 / 15
(3)
しおりを挟む
ラーセがミオリと一定の距離を置きたがっている雰囲気を出しているのに対し、シュヴァーは逆で、ミオリを気にかけていることを隠そうとはしないし、やんわりとではあったものの、どうも積極的に世話を焼きたいタチらしかった。
しかしミオリは――元の世界にいれば――来年は中学生になる年齢だ。赤ん坊ではないのだから、なにくれとなく身の回りの世話をしなくたって、あるていどはひとりでなんでもできる。もちろんそれはシュヴァーもわかっている様子だったが、ミオリは彼が「面倒を見たいオーラ」とでも言うべきものを身にまとっているような気がした。
シュヴァーはつまり、世話焼きで面倒見のいい人間なのだろう。それはひととして美点だろうが、ミオリからすると少しだけ居心地が悪かった。それはミオリが思春期に入り、自立心が芽生え始めているからというよりは、単に己の現状を鑑みて、一方的に世話を焼かれることに申し訳なさを募らせていると言ったほうが正しい。それをシュヴァーが理解しているのか、いないのかまではミオリにはわからなかった。
そんな感じで、シュヴァーはラーセとは色々と逆だった。ラーセが、菓子類をミオリに与えても、食べているところをあまり見ないのに対し、シュヴァーはミオリがきちんと食べているかどうか気になるらしかった。じっと、その黒っぽい目で熱心に見つめられると、やはりミオリは居心地の悪さを覚えるのだった。
けれども、シュヴァーの料理の腕がよいというところにおいては、ミオリには一点の異論もなかった。「家庭料理しか作れないけど……」との申告通りに、いわゆる小洒落たレストランにあるような料理と比べれば素朴ではあったものの、味は絶品だ。「胃をつかむ」という表現があるが、シュヴァーに「胃をつかまれた」状態であるのかなと、ミオリは思った。
単純に、作り手の顔が見える温かい食事が久々だったこともある。シュヴァーの手料理を通して、ミオリは彼のあたたかみ、みたいなものも一緒に食べたような気がした。……それでも、食事中にじっと見つめられるのには慣れなかったが。
「洋裁でもできればよかったんだけどね」
シュヴァーの気にかかることのひとつは、ミオリの衣服のようだった。この世界に女性はほとんどいないらしいから、必然として女性服の既製品というものは存在しない。とは言えども、ミオリに男性用の衣服を身にまとうことへの不満はなかった。
唯一の不満というか、なんとも言えない気持ちにさせられたのは、下着類くらいである。元の世界から一緒についてきたスポーツブラは、現状まだ代替品がないために使い続けているが、下着は渡されたボクサーパンツと、スポーツブラと同じく元の世界から身につけていた女性用下着とをローテーションしている。
しかしシュヴァーが言いたいのは、「女の子なんだからスカートだって履きたいだろう」ということらしい。ミオリは別にスカートやフリルやリボンやピンク色に対し、特段のあこがれを持ってはいなかった。むしろそういうものに対し、あこがれを持っているのはシュヴァーのほうにミオリには見えた。
この世界には女性がほとんどいないと聞いているにもかかわらず、そういった「女性性」に対する幻想のようなものをシュヴァーが持っていることは、ミオリには少しだけ不思議に思えた。恐らくドラマなんかから、そういった幻想は培われているのだろう。ミオリが観たいくつかのドラマには、女性が出てきたからだ。無論、演じているのは男性だが。
ドラマはフィクションだ。ときに荒唐無稽と言い切れるような描写だって出てくる。この世界のフィクションで描かれる女性が、まさにそうだ。ただ、ミオリはそれに引っかかりや反発心を覚えるほど、世慣れしている大人ではなかったから、単純に「この世界の男性が考える女性ってこうなんだ」という感想しか抱いてはいない。
だから、ミオリはシュヴァーの幻想に口を出す気にはなれなかった。
興味深いのはシュヴァーとラーセが、思ったよりも正反対な要素を持つふたりだということだろうか。ドラマなどで触れたこの世界の常識や認識のスタンダードに近いのはシュヴァーで、ラーセはそういった感覚をあまり持っていないような手触りが、ミオリにはあった。
それでもラーセとシュヴァーは仲がいいらしい。年齢もひと回り近く違うようだし、価値観にも相違があるようだが、険悪であったり、距離を置いたりといったところは、ミオリには感じられなかった。
ミオリへの態度からもわかるように、ラーセは他人の世話を焼くことを厭うている素振りは――シュヴァーのそれと同じく――なく、歳下であるシュヴァーに対しても、ミオリに対するような優しさを持って接している様子だ。
ラーセとシュヴァーは、ミオリの前でふたり共にそろう場面は少なかったものの、その少ない時間の中でも、両者の関係が良好であることはうかがい知れた。
ミオリは、暇を持て余してふたりの関係が同僚以上である場合も想定してみた。ミオリがこの世界に来てから目にした恋愛ドラマの大半は、当たり前だが男性同士で物語が展開する。「普通に」考えれば、ラーセもシュヴァーも、恋愛をするのであれば相手は男性だろうとミオリは考えた。……まあさすがのミオリも、そういった空想はよこしまだと思って、すぐにやめてしまったが。
ただ、ラーセとシュヴァーの仲がいいのはミオリの気のせいでなければ、たしかだった。
だから、ラーセとシュヴァーが珍しくそろった場で、ラーセから「一週間後に引越しして、一軒家にこの三人で暮らすことになる」と告げられても、その取り合わせ自体には飛び上がるほどおどろきはしなかった。
「……三人で暮らすんですか?」
「突然おじさんふたりと暮らすことになるのは嫌だと思うけど、ミオリちゃんの安全のためなんだ。ごめんね」
「いえ……イヤだとかは、ぜんぜん思ってませんけど……」
それは誤魔化しなどではなく、ミオリの本心だった。
「……おふたりは、いいんですか?」
ラーセやシュヴァーの口から、家族や恋人に関する話は出たことがなかった。それを差し引きしても、異世界から来た見知らぬ子供の世話を押し付けられることに対して、ミオリは「いいのか」と問わずにはいられなかった。
「もちろん。ミオリちゃんのためだし、私たちは嫌じゃないよ。なあ、ラーセ」
シュヴァーがラーセへ投げかけた言葉は、ミオリに対するものとは違い、少しくだけていた。
「……嫌なら引き受けないさ」
ラーセとは微妙に視線が合わなかったものの、露骨に嫌がっている様子は感じられなかった。そのことにミオリはそっと安堵する。引っ越し自体に否やはないし、そもそもミオリはたいそうなわがままを押し通せるような立場ではないと考えていた。衣食住を、今のところまったくのタダで保証してもらっている状況なのだ。文句が言えるわけもなかった。
「あの……じゃ、じゃあ、これからよろしくおねがいします……」
しかしミオリは――元の世界にいれば――来年は中学生になる年齢だ。赤ん坊ではないのだから、なにくれとなく身の回りの世話をしなくたって、あるていどはひとりでなんでもできる。もちろんそれはシュヴァーもわかっている様子だったが、ミオリは彼が「面倒を見たいオーラ」とでも言うべきものを身にまとっているような気がした。
シュヴァーはつまり、世話焼きで面倒見のいい人間なのだろう。それはひととして美点だろうが、ミオリからすると少しだけ居心地が悪かった。それはミオリが思春期に入り、自立心が芽生え始めているからというよりは、単に己の現状を鑑みて、一方的に世話を焼かれることに申し訳なさを募らせていると言ったほうが正しい。それをシュヴァーが理解しているのか、いないのかまではミオリにはわからなかった。
そんな感じで、シュヴァーはラーセとは色々と逆だった。ラーセが、菓子類をミオリに与えても、食べているところをあまり見ないのに対し、シュヴァーはミオリがきちんと食べているかどうか気になるらしかった。じっと、その黒っぽい目で熱心に見つめられると、やはりミオリは居心地の悪さを覚えるのだった。
けれども、シュヴァーの料理の腕がよいというところにおいては、ミオリには一点の異論もなかった。「家庭料理しか作れないけど……」との申告通りに、いわゆる小洒落たレストランにあるような料理と比べれば素朴ではあったものの、味は絶品だ。「胃をつかむ」という表現があるが、シュヴァーに「胃をつかまれた」状態であるのかなと、ミオリは思った。
単純に、作り手の顔が見える温かい食事が久々だったこともある。シュヴァーの手料理を通して、ミオリは彼のあたたかみ、みたいなものも一緒に食べたような気がした。……それでも、食事中にじっと見つめられるのには慣れなかったが。
「洋裁でもできればよかったんだけどね」
シュヴァーの気にかかることのひとつは、ミオリの衣服のようだった。この世界に女性はほとんどいないらしいから、必然として女性服の既製品というものは存在しない。とは言えども、ミオリに男性用の衣服を身にまとうことへの不満はなかった。
唯一の不満というか、なんとも言えない気持ちにさせられたのは、下着類くらいである。元の世界から一緒についてきたスポーツブラは、現状まだ代替品がないために使い続けているが、下着は渡されたボクサーパンツと、スポーツブラと同じく元の世界から身につけていた女性用下着とをローテーションしている。
しかしシュヴァーが言いたいのは、「女の子なんだからスカートだって履きたいだろう」ということらしい。ミオリは別にスカートやフリルやリボンやピンク色に対し、特段のあこがれを持ってはいなかった。むしろそういうものに対し、あこがれを持っているのはシュヴァーのほうにミオリには見えた。
この世界には女性がほとんどいないと聞いているにもかかわらず、そういった「女性性」に対する幻想のようなものをシュヴァーが持っていることは、ミオリには少しだけ不思議に思えた。恐らくドラマなんかから、そういった幻想は培われているのだろう。ミオリが観たいくつかのドラマには、女性が出てきたからだ。無論、演じているのは男性だが。
ドラマはフィクションだ。ときに荒唐無稽と言い切れるような描写だって出てくる。この世界のフィクションで描かれる女性が、まさにそうだ。ただ、ミオリはそれに引っかかりや反発心を覚えるほど、世慣れしている大人ではなかったから、単純に「この世界の男性が考える女性ってこうなんだ」という感想しか抱いてはいない。
だから、ミオリはシュヴァーの幻想に口を出す気にはなれなかった。
興味深いのはシュヴァーとラーセが、思ったよりも正反対な要素を持つふたりだということだろうか。ドラマなどで触れたこの世界の常識や認識のスタンダードに近いのはシュヴァーで、ラーセはそういった感覚をあまり持っていないような手触りが、ミオリにはあった。
それでもラーセとシュヴァーは仲がいいらしい。年齢もひと回り近く違うようだし、価値観にも相違があるようだが、険悪であったり、距離を置いたりといったところは、ミオリには感じられなかった。
ミオリへの態度からもわかるように、ラーセは他人の世話を焼くことを厭うている素振りは――シュヴァーのそれと同じく――なく、歳下であるシュヴァーに対しても、ミオリに対するような優しさを持って接している様子だ。
ラーセとシュヴァーは、ミオリの前でふたり共にそろう場面は少なかったものの、その少ない時間の中でも、両者の関係が良好であることはうかがい知れた。
ミオリは、暇を持て余してふたりの関係が同僚以上である場合も想定してみた。ミオリがこの世界に来てから目にした恋愛ドラマの大半は、当たり前だが男性同士で物語が展開する。「普通に」考えれば、ラーセもシュヴァーも、恋愛をするのであれば相手は男性だろうとミオリは考えた。……まあさすがのミオリも、そういった空想はよこしまだと思って、すぐにやめてしまったが。
ただ、ラーセとシュヴァーの仲がいいのはミオリの気のせいでなければ、たしかだった。
だから、ラーセとシュヴァーが珍しくそろった場で、ラーセから「一週間後に引越しして、一軒家にこの三人で暮らすことになる」と告げられても、その取り合わせ自体には飛び上がるほどおどろきはしなかった。
「……三人で暮らすんですか?」
「突然おじさんふたりと暮らすことになるのは嫌だと思うけど、ミオリちゃんの安全のためなんだ。ごめんね」
「いえ……イヤだとかは、ぜんぜん思ってませんけど……」
それは誤魔化しなどではなく、ミオリの本心だった。
「……おふたりは、いいんですか?」
ラーセやシュヴァーの口から、家族や恋人に関する話は出たことがなかった。それを差し引きしても、異世界から来た見知らぬ子供の世話を押し付けられることに対して、ミオリは「いいのか」と問わずにはいられなかった。
「もちろん。ミオリちゃんのためだし、私たちは嫌じゃないよ。なあ、ラーセ」
シュヴァーがラーセへ投げかけた言葉は、ミオリに対するものとは違い、少しくだけていた。
「……嫌なら引き受けないさ」
ラーセとは微妙に視線が合わなかったものの、露骨に嫌がっている様子は感じられなかった。そのことにミオリはそっと安堵する。引っ越し自体に否やはないし、そもそもミオリはたいそうなわがままを押し通せるような立場ではないと考えていた。衣食住を、今のところまったくのタダで保証してもらっている状況なのだ。文句が言えるわけもなかった。
「あの……じゃ、じゃあ、これからよろしくおねがいします……」
1
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
最推しの幼馴染に転生できた!彼とあの子をくっつけよう!
下菊みこと
恋愛
ポンコツボンクラアホの子主人公と、彼女に人生めちゃくちゃにされたからめちゃくちゃに仕返したヤンデレ幼馴染くん(主人公の最推し)のどこまでもすれ違ってるお話。
多分エンドの後…いつかは和解できるんじゃないかな…多分…。
転生、ヤンデレ、洗脳、御都合主義なお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。
下菊みこと
恋愛
失敗したお話。ヤンデレ。
私の好きな人には好きな人がいる。それでもよかったけれど、結婚すると聞いてこれで全部終わりだと思っていた。けれど相変わらず彼は私を呼び出す。そして、結婚式について相談してくる。一体どうして?
小説家になろう様でも投稿しています。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる