深く深く愛して愛して

やなぎ怜

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 ラーセがミオリと一定の距離を置きたがっている雰囲気を出しているのに対し、シュヴァーは逆で、ミオリを気にかけていることを隠そうとはしないし、やんわりとではあったものの、どうも積極的に世話を焼きたいタチらしかった。

 しかしミオリは――元の世界にいれば――来年は中学生になる年齢だ。赤ん坊ではないのだから、なにくれとなく身の回りの世話をしなくたって、あるていどはひとりでなんでもできる。もちろんそれはシュヴァーもわかっている様子だったが、ミオリは彼が「面倒を見たいオーラ」とでも言うべきものを身にまとっているような気がした。

 シュヴァーはつまり、世話焼きで面倒見のいい人間なのだろう。それはひととして美点だろうが、ミオリからすると少しだけ居心地が悪かった。それはミオリが思春期に入り、自立心が芽生え始めているからというよりは、単に己の現状を鑑みて、一方的に世話を焼かれることに申し訳なさを募らせていると言ったほうが正しい。それをシュヴァーが理解しているのか、いないのかまではミオリにはわからなかった。

 そんな感じで、シュヴァーはラーセとは色々と逆だった。ラーセが、菓子類をミオリに与えても、食べているところをあまり見ないのに対し、シュヴァーはミオリがきちんと食べているかどうか気になるらしかった。じっと、その黒っぽい目で熱心に見つめられると、やはりミオリは居心地の悪さを覚えるのだった。

 けれども、シュヴァーの料理の腕がよいというところにおいては、ミオリには一点の異論もなかった。「家庭料理しか作れないけど……」との申告通りに、いわゆる小洒落たレストランにあるような料理と比べれば素朴ではあったものの、味は絶品だ。「胃をつかむ」という表現があるが、シュヴァーに「胃をつかまれた」状態であるのかなと、ミオリは思った。

 単純に、作り手の顔が見える温かい食事が久々だったこともある。シュヴァーの手料理を通して、ミオリは彼のあたたかみ、みたいなものも一緒に食べたような気がした。……それでも、食事中にじっと見つめられるのには慣れなかったが。

「洋裁でもできればよかったんだけどね」

 シュヴァーの気にかかることのひとつは、ミオリの衣服のようだった。この世界に女性はほとんどいないらしいから、必然として女性服の既製品というものは存在しない。とは言えども、ミオリに男性用の衣服を身にまとうことへの不満はなかった。

 唯一の不満というか、なんとも言えない気持ちにさせられたのは、下着類くらいである。元の世界から一緒についてきたスポーツブラは、現状まだ代替品がないために使い続けているが、下着は渡されたボクサーパンツと、スポーツブラと同じく元の世界から身につけていた女性用下着とをローテーションしている。

 しかしシュヴァーが言いたいのは、「女の子なんだからスカートだって履きたいだろう」ということらしい。ミオリは別にスカートやフリルやリボンやピンク色に対し、特段のあこがれを持ってはいなかった。むしろそういうものに対し、あこがれを持っているのはシュヴァーのほうにミオリには見えた。

 この世界には女性がほとんどいないと聞いているにもかかわらず、そういった「女性性」に対する幻想のようなものをシュヴァーが持っていることは、ミオリには少しだけ不思議に思えた。恐らくドラマなんかから、そういった幻想は培われているのだろう。ミオリが観たいくつかのドラマには、女性が出てきたからだ。無論、演じているのは男性だが。

 ドラマはフィクションだ。ときに荒唐無稽と言い切れるような描写だって出てくる。この世界のフィクションで描かれる女性が、まさにそうだ。ただ、ミオリはそれに引っかかりや反発心を覚えるほど、世慣れしている大人ではなかったから、単純に「この世界の男性が考える女性ってこうなんだ」という感想しか抱いてはいない。

 だから、ミオリはシュヴァーの幻想に口を出す気にはなれなかった。

 興味深いのはシュヴァーとラーセが、思ったよりも正反対な要素を持つふたりだということだろうか。ドラマなどで触れたこの世界の常識や認識のスタンダードに近いのはシュヴァーで、ラーセはそういった感覚をあまり持っていないような手触りが、ミオリにはあった。

 それでもラーセとシュヴァーは仲がいいらしい。年齢もひと回り近く違うようだし、価値観にも相違があるようだが、険悪であったり、距離を置いたりといったところは、ミオリには感じられなかった。

 ミオリへの態度からもわかるように、ラーセは他人の世話を焼くことを厭うている素振りは――シュヴァーのそれと同じく――なく、歳下であるシュヴァーに対しても、ミオリに対するような優しさを持って接している様子だ。

 ラーセとシュヴァーは、ミオリの前でふたり共にそろう場面は少なかったものの、その少ない時間の中でも、両者の関係が良好であることはうかがい知れた。

 ミオリは、暇を持て余してふたりの関係が同僚以上である場合も想定してみた。ミオリがこの世界に来てから目にした恋愛ドラマの大半は、当たり前だが男性同士で物語が展開する。「普通に」考えれば、ラーセもシュヴァーも、恋愛をするのであれば相手は男性だろうとミオリは考えた。……まあさすがのミオリも、そういった空想はよこしまだと思って、すぐにやめてしまったが。

 ただ、ラーセとシュヴァーの仲がいいのはミオリの気のせいでなければ、たしかだった。

 だから、ラーセとシュヴァーが珍しくそろった場で、ラーセから「一週間後に引越しして、一軒家にこの三人で暮らすことになる」と告げられても、その取り合わせ自体には飛び上がるほどおどろきはしなかった。

「……三人で暮らすんですか?」
「突然おじさんふたりと暮らすことになるのは嫌だと思うけど、ミオリちゃんの安全のためなんだ。ごめんね」
「いえ……イヤだとかは、ぜんぜん思ってませんけど……」

 それは誤魔化しなどではなく、ミオリの本心だった。

「……おふたりは、いいんですか?」

 ラーセやシュヴァーの口から、家族や恋人に関する話は出たことがなかった。それを差し引きしても、異世界から来た見知らぬ子供の世話を押し付けられることに対して、ミオリは「いいのか」と問わずにはいられなかった。

「もちろん。ミオリちゃんのためだし、私たちは嫌じゃないよ。なあ、ラーセ」

 シュヴァーがラーセへ投げかけた言葉は、ミオリに対するものとは違い、少しくだけていた。

「……嫌なら引き受けないさ」

 ラーセとは微妙に視線が合わなかったものの、露骨に嫌がっている様子は感じられなかった。そのことにミオリはそっと安堵する。引っ越し自体に否やはないし、そもそもミオリはたいそうなわがままを押し通せるような立場ではないと考えていた。衣食住を、今のところまったくのタダで保証してもらっている状況なのだ。文句が言えるわけもなかった。

「あの……じゃ、じゃあ、これからよろしくおねがいします……」
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