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……きっと、アイビーはこんな感じの少年だったのだろう――。
そう思わせるような、わたしの知るアイビーをそのまま幼くして、ちょっと小さくした彼――エリンくんは、どこか青白い、魂の抜けた顔をしてソファに座っている。
「――え?! 金銀財宝は?! サーベルタイガーの毛皮は?!」
アイビーとふたり暮らしをしている家にやってきたエリンくんが、そう言って大騒ぎしていたのはつい数分前のこと。
今はわたしに勧められたまま、ソファに座って大人しくしている。
わたしはと言えば、紅茶を入れつつ「この世界ではサーベルタイガーって絶滅していないのかな」と、明らかに今考えるべきではないことに思いを馳せていた。
「ごめんなさい!!!」
ソファの手前にあるローテーブルへ、ティーカップをのせたソーサーを置けば、開口一番にエリンくんが勢いよく頭を下げる。
「その、兄さんが悪い女のひとに騙されてるって……ぼく……」
「まあまあ落ち着いて、まずはお茶でも飲んでください」
エリンくんはアイビーの弟らしい。
けれどもその顔は怒りから困惑へ、今は狼狽し泣き出しそうになっている。
くるくると表情が変わるさまは、いつも余裕のある微笑みを浮かべているアイビーとは似ていない。
けれども間違いなくアイビーと血の繋がりがあるのだろうなと確信できるていどに、エリンくんはアイビーとそっくりな顔立ちをしていた。
アイビーを幼くしてちょっと小さくしたかのような少年が、玄関先に立っていておどろいた数分前が、ものすごく昔のことのように思えるほど、怒涛の展開だった。
エリンくんは使命に燃え、そして怒っていたが、それでもきちんとわたしに名乗ってくれたので、礼儀作法とかはきちんと教えられてきたんだろうなということがうかがえた。
――まあアポなし凸は礼儀がなっているとは言えないけれども……。
わたしはすぐにエリンくんがなにか勘違いをしていることは察せた。
金銀財宝だの、サーベルタイガーの毛皮だのは、この家にはない。
褒められたことではないと承知しつつ、わたしはエリンくんを家に入れて、そんなものはないのだという事実を見せた。
そしてエリンくんは、己の勘違いに気づいて謝罪してきた――という次第である。
「……そんなに、わたしの評判って悪いんですか?」
エリンくんはまだ動揺が収まらないのか、ティーカップを持つや、一気に呷って飲み干してしまう。
わたしはソーサーに戻されたティーカップにポットから紅茶をそそぎつつ、エリンくんに問うた。
エリンくんもわたしも、ティーカップからのぼり立つ湯気を見ながらの、ぎこちなさのある会話だった。
「えっと……」
「わたしって外に出られないので、教えてくれませんか? 別になにを言われても、今さら傷つきませんし」
エリンくんは言いよどみ、戸惑いを見せる。
けれどもわたしが言ったことに嘘はない。
どんな――悪評が、いま世間に飛び交っているのだとしても、わたしはきっと「だろうな」という言葉と気持ちで片づけられる。
そもそも、「魔女」として花の騎士たちを侍らせていたのだ。……彼らの本心なんてまったく見ずに、考えずに。
中には灯篭祭で再会したジョシュアみたいに、わたしの態度に救われたというようなひともいたけれど、それがごくひと握りの、奇跡的な存在であることくらいは、わたしにだってわかる。
だからわたしの評判が悪いと聞かされても、当然のことだと思う。
兄であるアイビーを心配してわざわざ突撃してきたのだから、エリンくんも性根は優しい人物なのだろう。
それでもわたしが重ねて「気になるから」と言えば、恐る恐るといった顔でわたしの評判を教えてくれる。
曰く――金銀財宝を男に際限なく買わせているとか。
曰く――多くの男を惑わして、家に引っ張り込んでいるだとか。
曰く――豪奢な家の中にはサーベルタイガーの毛皮が飾られているとか……。
……人間が想像し得る典型的な悪女像というものは、たとえ異世界でも変わりがないらしく、わたしは思わず笑ってしまった。
「見たらわかると思いますけど……金銀財宝だとか、サーベルタイガーの毛皮だとか、そんなものはないです」
「……ですよね」
「普通の暮らしですよ」
「はい……」
エリンくんがあまりにしおしおにしなびてしまっていたので、わたしはと言えば一応被害者ではあったものの、彼には同情してしまう。
「ええと、お兄さん……アイビーとは、仲がいいんですね?」
「……いいんでしょうか?」
「え?」
「正直、よく、わかりません。……でも、大切な、自慢の兄なんです。だから騙されてるって聞いて、いても立ってもいられず……すいません」
「仲がいいのかわからない」というエリンくんの返答は、わたしにとっては意外なものだった。
「えーっと、お節介かもしれませんけど……アイビーもエリンくんたちのことは大切だと思っているとおもいますよ。だって、アイビーがわたしに話してくれたときは、とっても優しい顔していて……『自慢の弟たちだ』って言ってましたから」
……自分よりもずっと頭がよくて、飛び級で大学に通っている弟がいる――。
わたしがまだ王宮にいたとき、アイビーはそんなことを教えてくれた。
そして、そう言ったときのアイビーの誇らしげな顔は、よく覚えている。
「えっ……」
エリンくんは、ものすごく意外そうな顔をした。
そんな顔をしたあと、感情が抑えきれなかったのか、とつとつと、控えめなトーンだったが、身の上話を始める。
わたしはそれを黙って聞いた。
そう思わせるような、わたしの知るアイビーをそのまま幼くして、ちょっと小さくした彼――エリンくんは、どこか青白い、魂の抜けた顔をしてソファに座っている。
「――え?! 金銀財宝は?! サーベルタイガーの毛皮は?!」
アイビーとふたり暮らしをしている家にやってきたエリンくんが、そう言って大騒ぎしていたのはつい数分前のこと。
今はわたしに勧められたまま、ソファに座って大人しくしている。
わたしはと言えば、紅茶を入れつつ「この世界ではサーベルタイガーって絶滅していないのかな」と、明らかに今考えるべきではないことに思いを馳せていた。
「ごめんなさい!!!」
ソファの手前にあるローテーブルへ、ティーカップをのせたソーサーを置けば、開口一番にエリンくんが勢いよく頭を下げる。
「その、兄さんが悪い女のひとに騙されてるって……ぼく……」
「まあまあ落ち着いて、まずはお茶でも飲んでください」
エリンくんはアイビーの弟らしい。
けれどもその顔は怒りから困惑へ、今は狼狽し泣き出しそうになっている。
くるくると表情が変わるさまは、いつも余裕のある微笑みを浮かべているアイビーとは似ていない。
けれども間違いなくアイビーと血の繋がりがあるのだろうなと確信できるていどに、エリンくんはアイビーとそっくりな顔立ちをしていた。
アイビーを幼くしてちょっと小さくしたかのような少年が、玄関先に立っていておどろいた数分前が、ものすごく昔のことのように思えるほど、怒涛の展開だった。
エリンくんは使命に燃え、そして怒っていたが、それでもきちんとわたしに名乗ってくれたので、礼儀作法とかはきちんと教えられてきたんだろうなということがうかがえた。
――まあアポなし凸は礼儀がなっているとは言えないけれども……。
わたしはすぐにエリンくんがなにか勘違いをしていることは察せた。
金銀財宝だの、サーベルタイガーの毛皮だのは、この家にはない。
褒められたことではないと承知しつつ、わたしはエリンくんを家に入れて、そんなものはないのだという事実を見せた。
そしてエリンくんは、己の勘違いに気づいて謝罪してきた――という次第である。
「……そんなに、わたしの評判って悪いんですか?」
エリンくんはまだ動揺が収まらないのか、ティーカップを持つや、一気に呷って飲み干してしまう。
わたしはソーサーに戻されたティーカップにポットから紅茶をそそぎつつ、エリンくんに問うた。
エリンくんもわたしも、ティーカップからのぼり立つ湯気を見ながらの、ぎこちなさのある会話だった。
「えっと……」
「わたしって外に出られないので、教えてくれませんか? 別になにを言われても、今さら傷つきませんし」
エリンくんは言いよどみ、戸惑いを見せる。
けれどもわたしが言ったことに嘘はない。
どんな――悪評が、いま世間に飛び交っているのだとしても、わたしはきっと「だろうな」という言葉と気持ちで片づけられる。
そもそも、「魔女」として花の騎士たちを侍らせていたのだ。……彼らの本心なんてまったく見ずに、考えずに。
中には灯篭祭で再会したジョシュアみたいに、わたしの態度に救われたというようなひともいたけれど、それがごくひと握りの、奇跡的な存在であることくらいは、わたしにだってわかる。
だからわたしの評判が悪いと聞かされても、当然のことだと思う。
兄であるアイビーを心配してわざわざ突撃してきたのだから、エリンくんも性根は優しい人物なのだろう。
それでもわたしが重ねて「気になるから」と言えば、恐る恐るといった顔でわたしの評判を教えてくれる。
曰く――金銀財宝を男に際限なく買わせているとか。
曰く――多くの男を惑わして、家に引っ張り込んでいるだとか。
曰く――豪奢な家の中にはサーベルタイガーの毛皮が飾られているとか……。
……人間が想像し得る典型的な悪女像というものは、たとえ異世界でも変わりがないらしく、わたしは思わず笑ってしまった。
「見たらわかると思いますけど……金銀財宝だとか、サーベルタイガーの毛皮だとか、そんなものはないです」
「……ですよね」
「普通の暮らしですよ」
「はい……」
エリンくんがあまりにしおしおにしなびてしまっていたので、わたしはと言えば一応被害者ではあったものの、彼には同情してしまう。
「ええと、お兄さん……アイビーとは、仲がいいんですね?」
「……いいんでしょうか?」
「え?」
「正直、よく、わかりません。……でも、大切な、自慢の兄なんです。だから騙されてるって聞いて、いても立ってもいられず……すいません」
「仲がいいのかわからない」というエリンくんの返答は、わたしにとっては意外なものだった。
「えーっと、お節介かもしれませんけど……アイビーもエリンくんたちのことは大切だと思っているとおもいますよ。だって、アイビーがわたしに話してくれたときは、とっても優しい顔していて……『自慢の弟たちだ』って言ってましたから」
……自分よりもずっと頭がよくて、飛び級で大学に通っている弟がいる――。
わたしがまだ王宮にいたとき、アイビーはそんなことを教えてくれた。
そして、そう言ったときのアイビーの誇らしげな顔は、よく覚えている。
「えっ……」
エリンくんは、ものすごく意外そうな顔をした。
そんな顔をしたあと、感情が抑えきれなかったのか、とつとつと、控えめなトーンだったが、身の上話を始める。
わたしはそれを黙って聞いた。
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