聖女の話をしましょうか。~聖女図鑑~

やなぎ怜

文字の大きさ
上 下
10 / 22

#9 イレギュラー・ロリータ

しおりを挟む
 ねえ、聞いてよ。
 え? 違うわよ! 子供なんて産んでないってば!
 っていうか、そこまでウワサになってるの? ウソでしょ?!
 違うわよホントに! わたしの子供じゃないってば!

 え? そうよ。子供の世話をしているのはホントよ。
 ……そうね、わたしが関わっているんだから、わかっちゃうかしら。
 そうよ。今回の召喚はほぼ失敗だったわ。人的資源が乏しいのに強行したせいよ。あのクソハゲ!

 ……ごほん。
 わたしが悪口を言った? 気のせいよ。
 崇高なる「魔女さま」がそんな俗事に流されるわけないでしょう?
 それはきっと、あなたの幻聴ね。疲れているんじゃないかしら?

 え? 疲れているのはわたしのほうだって。
 そうよ。わたしは疲れているの。
 なにせ今の今まであの子の面倒を見ていて、やっと、やーっと休暇を取れたんだから!

 あのハ……国王が、此度こたびの召喚の責任はわたしにある、なんて言い出すから、仕方なく引き受けたのよ、子守りを。
 子守り! 数千年を生きる魔女が! 異世界人の子守りを押しつけられたのよ?! 信じられる?!
 えー。そりゃあね。断ればよかったんでしょうけれどね。
 あの国王のもとじゃ正直どんな扱いをされるか心配だったのよ。
 だって、あの子はまだ三歳だか四歳だか……それくらいだもの。
 完全に大人の庇護が必要な年齢だったからね。さすがに放置できなくて……。
 でもね、当たり前だけれどあの年頃にそんな理由こと、わかりゃあしないのよ。

 まず、夜泣きが大変で大変で……しょっちゅうシーツを濡らすようにもなっちゃって……。
 元からそうなのか、こっちの世界に来たストレスかはわからないけど、ホント大変なのよ!
 泣いて起きるたびにあやして、シーツが汚れたら井戸水で体を洗ってあげてシーツ変えて……。
 こっちはロクに寝られやしない。ホントこっちのほうがストレスでどうにかなると思ったわ。
 でも、怒れないわよね。あの子も自分でコントロールできりゃ、こんなことしないのはわかっているからね。

 え? 巡礼の旅ぃ? ついてったわよ! 付き添ったわよ!
 でも世話役はわたしひとりだし、騎士たちも若いやつばっかりだからだーれも手伝ってくれないのよ!
 があああ! 思い出したら腹が立ってきた!
 ちくしょー! お前ら母親をなんだと思ってるんだ!
 母親は子供産んだ瞬間から子供の世話ならなんでもできる魔法使い、じゃねーんだぞ!
 え? わたしは母親じゃないって? そんなのわかってるわよ!
 でも言いたいの! 世の母親の負担は大きすぎるってわかったから!

 あとこの年齢にありがちなイヤイヤっぷりもすごかったわ。
 異世界になんて喚び出されたからなおさら機嫌がコントロールできないんでしょうね。
 反抗期の面倒くささを味わうことになったわよ。
 世の母親はこれに最初から最後まで付き合えるなんてすごいわ。

 機嫌がいいときはいいのよ。結構聞きわけがいいし、自分から進んでやってくれるもの。
 でも、一度スイッチが入ると「イヤ!」って言い出すの。
 とにかくなんでも「イヤ!」「イヤ!」で、そろそろだと思って用を足すのをうながしたら「イヤ!」で、問答しているうちにもらしちゃうの。
 そうすると大声で「イヤーッ!」って言って寝転がって手足をバタバタさせて泣き出すの。
 もう、一事が万事その調子でこっちの気が狂うかと思ったわよ。

 でも一番ムカついたのはあの子がイヤイヤモードになったら遠巻きにする男どもね。今振り返ると。
 あの子が機嫌のいいときは相手をするくせに、イヤイヤモードになるとなにもしないのよ!
 どうすればいいのかわからないんでしょうけれど、でもそれにしたってムカつくわー。

 機嫌がいいときも気を抜くとすぐイヤイヤモードになるのよ。
 たぶん、まだ語彙が少ないのね。
 自分の感情をどうやって言語化すればいいのかわからなくて、イライラして「イヤーッ!」って泣き出すのよ。
 どうしたいのかこっちもわからなくてイライラしちゃうの。ホントにホントにストレスだったわ。

 それからしつけもちゃんとしなきゃいけないのがつらいところよ。
 だって、一時的とはいえヒトさまの子を無責任に甘やかせないじゃない?
 でもね、あの年ごろって言葉より先に手が出ちゃうみたいね。蹴ってくることもあったわ。
 で、それはダメだって何度も何度も何度も言い聞かせるのも骨が折れたわ。
 よっぽど尻でも叩いてやろうかと思ったわよ。もちろん、思うだけだったけれどね。

 それでもあの子は立派よ。なんだかんだで巡礼の旅を終えたしね。
 ちゃんとこっちの言うことも聞いてくれるし――機嫌のいいときだけだけど――、長い旅を耐えてくれたもの。
 過去にあの子よりずっと年嵩でも途中で旅をやめて帰りたい、って言い出した子もいたしね。

 あら? もうこんな時間?
 そろそろあの子のおやつの時間だから帰るわ。
 休暇? そうだけど、でも心配だからね。

 え? 所帯じみてきた?
 ちょっと、やめてよ! わたしは「偉大なる魔女さま」なんだからね!

 え? もう手遅れ?
 ちょっと、イヤなこと言わないでよ。
 だれがどう言おうとわたしは「魔女さま」なんだからねー!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...