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#3 スタンダード・バッドエンド

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 ねえ、聞いてよ。
 はあー……ホントつかれたわ。
 相談? 違う違う。愚痴よ愚痴。
 ちょっと黙って聞いて欲しいの。

 ……うん。そう。ありがとう。一杯もらうわ。

 はあー……。もう、ホントため息しか出ないわよ。

 え? そうそう、そうよ。聖女様の話。そう。今はもう元聖女だけれどね。
 というかまた元がつきそうよ。元きさき

 そう。やらかしたのよ。ついに、ってところもあるわね。
 わたしみたいに「やっちゃったのねー」って思っているひとは、きっと何人もいるわ。

 街でもウワサになってるの? 意外と早かったわね。

 へえー。首を吊られたってウワサになっているんだ。
 え? 違う違う。首は吊られていないわよ。まだ、ね。
 まだ生きてるわよ。幽閉されてるけど。
 殺しはしないんじゃないかしら? 仮にも王室の一員だったしね。
 でも殺されたほうがいっそマシだったかもしれないわね。

 理由? 巷ではなんて言われているの?
 浮気。そう。当たってるじゃない。
 そうそう。浮気っていうか、不倫。不義密通したのよ。

 異世界って姦通は罪にはなったりならなかったりするらしいわよ。
 離婚事由にはなるって言っていたのはどの聖女だったかしら?
 まあ、あの元お后様は姦通罪がない世界からやってきたのかもね。

 でも、この国には姦通罪があるのよねー……。
 あの子、納得いかないって泣いて叫んだらしいけれど、観念してもらうしかないわね。

 思えば片鱗はあったわよね。
 最初は護衛の騎士と付き合っていたっぽいのに、王子に求婚されたらあっさり乗り換えちゃったもの。
 付き合っていたというか、そういう雰囲気があったのはたしかね。
 あの子も、それなりにその気になってたのに、やっぱり王子様のほうがよかったのかしら?
 王族なんて自由はないのに責任ばかりつきまとう、因果な稼業なのにね。
 あの子はまだ若かったから、そういう不便さよりも、王子様っていうラベルに惹かれたのかもね。

 捨てられちゃった護衛の騎士はホントにかわいそうだったわ。
 転属を願い出て北方の砦に行っちゃったもの。
 それでも恨みごとひとつ言わなかったんだから、立派よ。たぶん、本気で好きだったのね。

 そんな男を捨てたっていうのに、王子はなんであの子と結婚までしちゃったんだか。
 いわば前科がある状態なのにね。再犯しないなんて確証を持っていたのかしら?
 知らなかった、なんてことはないでしょうに。
 よっぽど浮気されない自信があったのかしらね?
 まあ、なんにせよ、悪いのはあの子のほうなんだけれどもね。

 まあね~。正直、結婚までするとは思わなかったわよ。
 毛色の違う動物を可愛がるような感じの、火遊びていどで済むと思っていたのよね。
 たぶん、王子の母后も父王もそう思っていたんじゃないかしら?
 それどころか取り巻きもそう思っていたフシがあったわね。
 父王は「本当に愛する相手と結ばれて欲しい」なんて殊勝な願いで婚約者を決めていなかったこと、だいぶ後悔したらしいわよ。
 自分たちはそれで上手く行ったけれど、次代もそう上手く行くとは限らないって、少し考えればわかることでしょうに。
 親と子は、どうしたって別の生き物だもの。

 結婚するときはホントもー大変だったわ。
 貴族院が猛反対したのに、王子ったら無理やり式を挙げて……。
 それでタンカを切ったこと、昨日のように思い出せるわ。「本気で愛している。この世で結ばれないのなら天の国で結ばれるまでだ」って言ってたのよね。
 それであの子も感動して泣いていたわ。他の人間は別の意味で泣きそうだったけれど。
 けれど今となってはもう、滑稽なセリフでしかないわね。
 ふたりの愛はどこに行ってしまったのかしら?

 あの子は本当に美人だったわ。女でもちょっとうっとりするくらいの、可愛いタイプの顔だった。
 お人形みたいって散々言われていたわね。
 中身はお人形みたく大人しいタマじゃなかったけれど。

 それでもう、あの子を「称える会」みたいなものができるのもすぐだった。
 あの騎士もその一員だったし、王子だってそうなった。
 他の貴族の男たちもこぞってあの子に愛の言葉をささやいたわ。
 だれもかれもがとにかくあの子をモノにしたがってた。
「傾城」ってまさにあの子みたいな女のことを言うのね。

 とにかくあれは悪い熱みたいなものだったわ。
 貢物を繰り返して破産したバカもいたし、婚約者を捨てたバカもいた。
 とにかく、あの子は台風の目だった。

 ……まあ、そのときはわたしもあの子が悪い子だとは思わなかったわよ。
 悪いのは美貌と、それに心動かされてしまう人間のほうだって。
 でも、あの子は騎士を捨てたのね。そこで大体の人間は「アレッ?」ってなったように思う。

 まあ、そうならなかったのが王子で、それでここまで来てしまったのだけれど。

 それで姦通ね。現場を押さえられたのよ。
 悪夢よねー。カウチで妻が他の男相手にアンアン言ってるところを見るのは。
 そう。現場よ。モロに現場。
 相手の男はその場で手打ちにされて、あの子も手を切り落とされたの。
 そう。両手よ。両手とも切り落とされて、もうカウチの周囲は血みどろで、掃除を命じられた女中のひとりは卒倒してしまったらしいわ。
 かわいそうな話よね。

 それでなにが悪夢かって言うと、その現場の情報を流したのはあの子の侍女なのよ。
 でね、その侍女はさる名家の三女で、父親はかつて長女と王子の縁談をまとめようとして失敗した過去があるの。
 復讐? うーん……違うんじゃない?
 どちらかというとあの子と王子の婚姻をパアにして、自分の娘を后の座にねじ込みたかったんじゃないかしら?
 あのタヌキならそれくらいやりかねないわ。

 それであの子は今、離宮隅の尖塔に幽閉されてるってわけ。
 食事は差し入れられているらしいけれど、もう手はないから……どうやって食べているのかしら?
 なんにせよ不衛生極まりない場所だもの。ちょっと想像するだけでゾッとするわね。
 でもそれが罰だから、身から出た錆とあきらめてもらうしかないわよね……。

 不幸中の幸いは、子供がいなかったことかしら。
 もしいたら出自を疑われても仕方がなかったもの。不幸になる子供がホントいなくてよかったわ。

 はあ、ホントもうつかれたわ。
 王様にどうにかならないかって相談されたけれど、もうどうにもならないわよ、ねえ?
 せいぜい王子にはこの機会に女を見る目を養って欲しいとしか言えないわ。
 こんな話、聞かされる身にもなって欲しいわよ……って、あなたもそうよね。……ごめんなさいね。

 これでもまあ、召喚を手伝った身としてあの子のこと、上手く行くよう願っていたし、不倫もやめるように言ったんだけれどねー……聞く耳持たずで。
 ……さすがにわたしだって良心はあるから、あの子が身ごもるようなことがあれば、耳打ちくらいしたわよ。
 でも、その必要はなくなってしまったわけ。
 ……どうしてこうなってしまったのかしらね。

 もう一杯くれないかしら。
 今日は久々に酔ってしまいたい気分なの。

 ……あら、あなたも意外と優しいところあるのね。
 ありがと。……そうね、わたしがどうこう言ってももう無理なのね。
 なんだかあの子は召喚されたときのままのような気がしていたけれど、この世界で生きることを決めたのはあの子だし、もうあの子もいい大人だものね……なんだか、すっかり忘れていたわ。

 でもやっぱり、今日は酔いたい気分なの。
 付き合ってくれる?
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