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重症すぎる腰痛持ちの事情

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「やばい……腰が痛すぎる……!」

 梅雨も明けて、晴れやかな日々の続く今日この頃。夏本番に向けて世間が浮き足立つ中、俺の心は曇天、いや豪雨、むしろ台風到来って感じだ。

「先輩~大丈夫ですかぁ?」
「正直全然大丈夫じゃない……座っていても辛い……」
「ぎっくり腰ですかねぇ」
「元々腰痛持ちなんだけど、昨日から絶賛悪化中です……」

 俺が会社のデスクに顔を伏せて唸っていると、隣の席に座る女子社員が心配して声を掛けてくれた。
 今時の子、なんて言うと「先輩、まだ26歳なのにおじさん臭いですよ」って言われるけど、とにかくふわふわとした髪の可愛い後輩だ。

「父が通っている整体を紹介しましょうかぁ? おじいちゃん先生なんですけどね。私も一回体験に行った時、施術後には身体がめちゃくちゃ軽くなって最高でしたよ♡」
「整体ね……」
「ちなみに若先生は超絶イケメンでしたっ」

 男の俺にとって、それは全然意味のない情報である。むしろ年齢の近い人に施術をされるのは、により極力避けたいと思っているどころか、整体院やマッサージ店自体あまり行きたくない。

「ちなみにその先生、業界ではゴッドハンドと噂されてるとか」

 なんとゴッドハンド?それはすごい呼び名だな。
 ゴッドハンドの手にかかれば、社会人になってから年々悪化の一途をたどる俺の腰痛も、多少良くなったりするのだろうか……。

「もし仕事落ち着いているなら、午後半休にして行ってきたらどうですか? まともに仕事出来なさそうですし……」
「ありがと。検討するわ……」

 これが整体院の電話番号です、と可愛らしいウサギのメモ用紙に書かれた番号を手渡される。その紙をありがたく受け取って、俺は自身の抱える問題と腰の痛みを天秤にかけながら、目の前の仕事に取り掛かるのだった。


 ***


 結局俺はその後も予約をする決心がつけられず、そのまま仕事を続けていたのだが、何をするにも「ううっ」や「あいたた……」という声が伴う俺に業を煮やした後輩が、直属の上司に俺の半休取得を直談判した上、例の整体院に「本日の予約は出来ますか?ゴッドハンドの先生を希望なんですが!」と電話までするという強硬手段に出た。無事予約ができたと笑う後輩に、今更行きたくないなんて言うことも出来ず。俺はすごすごと会社を後にしたのだった。

 そして今、俺はくだんの整体院前まで来ている。

「ドタキャンとか……しちゃ、駄目だよなぁ……」

 整体院側がそれを良しとしたところで、明日出社をした際に何も状況が変わっていない俺を見たら、後輩はどう思うだろう。あの子が可愛い顔して怒るとめちゃくちゃ怖いということを知っている俺は、もしも行っていないことがバレた時の惨状を想像し、重い足を無理やり動かして入口へと向かった。


 ――― カランカランッ


 軽快な鈴の音を立てて整体院の扉を開くと、外から見た時よりは小綺麗な内装に少しだけほっと胸を撫でおろす。

(怪しげな雑居ビルだったから、どんな店かと思ったけど……小さくても意外と清潔感があるな)

 そんな失礼なことを考えながら、きょろきょろと店内を見渡していると、奥の部屋から男が姿を現した。

「いらっしゃいませ、お待たせいたしました」

 よくある白衣を着たその男は俺と大して変わらないくらいの年齢だろうか。真っ白な服を着ているのがなんだかとてもよく似合う、爽やかな好青年といった風貌のイケメンだ。胸元には「島崎」と書かれた名札がつけられており、確かこの整体院は「島崎整体院」だったはず、ということを思い出す。

(この人が、噂の若先生……か?)

 思わずじっとその顔を凝視していると、少し困ったような表情をした島崎先生に小首を傾げられてしまう。

「あの……?」
「あっ、すみません。えっと、予約をしているのですが」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
高橋夏樹たかはしなつきです」

 よくある苗字をしているのでフルネームで答えるのは昔からの癖だ。俺がそう答えると先生は予約表のようなものを確認した。

「16時ご予約の高橋様ですね、お待ちしておりました。簡単なアンケートになりますので、こちらをご記入いただけますか?」

 にこり、とこれまた爽やかな笑顔を向けられると、つられたように俺の顔もへらり、と緩んでしまう。手渡されたバインダーには簡単な個人情報と、自覚症状や予約経緯などを書く欄が設けられていた。俺は上から順にそれらを埋めていくと、予約経緯の欄で手が止まる。なんて書くのがいいだろうかと悩んだものの、正直に惹かれたポイントを書いてみることにした。

(知人からゴッドハンドと聞いて……っと)

「お願いします」

 全ての項目を書き終えて受付で待つ島崎先生に手渡すと、先生は上から順に内容を確認した後、ふっ、と小さく吐息を漏らした。あれ?今この人笑わなかったか?

「あの、なにか……?」
「いえ。ゴッドハンドとは光栄な異名だな、と思いまして」
「あれっ、違いましたか? 院長先生ですかね、年配の方がそう言われていると伺ったのですが……恥ずかしいなぁ」
「祖父ですか? 彼の施術はお客様に評判ですが、恐らく違う噂と混在しているのかもしれないですね」
「違う噂?」
「若輩者ですが、一部ではそのように呼んでいただくこともあります。まさか一般のお客様からもその名で呼ばれるとは驚きました」

 ん?ということは、だ。おじいちゃん先生=ゴッドハンドというのは全くの勘違いで、おじいちゃん先生はただの滅茶苦茶腕がいい整体師さん。ゴッドハンドは若先生である島崎先生……っていうことか?

「ま、まさか先生が噂の……?」

「ゴッドハンドを実感していただけますよう尽力いたしますね。それでは処置室の方へどうぞ」

 てっきり気兼ねなくおじいちゃん先生に施術をしてもらえると思っていた俺はもう後戻りも出来ず、島崎先生の爽やか笑顔に頬を引き攣らせながら促されるままに処置室へと向かうのだった。



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