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5話

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「真面目な話をするとさ、その相手、お前の気持ちがわからないんじゃねーの」
「俺の気持ち?」

 美味しいケーキに舌鼓をうっていると、龍之介がいきなり話し出した。

「そいつ、多分童貞なんだろ? しかもイケメンの」
「うん。今まで誰にも手出されてないのが不思議なくらいイイ男だよ」
「てことはさ、これまでそういう行為を避けるくらい、何かしら嫌な思いをしているかもしれないじゃん?」
「嫌な思い……」
「まぁそうじゃなかったとしても、多分だけどそいつ、初めての行為にそれなりに夢見てるんだって。童貞ってそういうもんだから」

 龍之介はなんとなく気恥ずかしそうに言った。そういえば龍之介も、セックスをしている時は夢中になって、俺の中に大量の精液を吐き出していたのだが、終わった後には「俺の初めてはCカップのまいにゃん似彼女と、海辺のコテージで筆下ろしするはずだったのに……!」と、叶うはずもない夢が破れたことを嘆いていたっけ。

「そいつが本当にゲイだったとしても、今はどうとでも相手は見つけられるだろ? それなのに今まで一度もそういうことをしたことがないんだったら……初めては両想いの相手と~とか、本当に好きになった人と何処どこで~とか、色々考えてると思う」
「なるほど」
「お前の行動自体、偶然だって思ってるとしたら、自制心働かせて必死に耐えてるのかもしんねーぞ」

 ストローでグラスの中の氷を弄りながら、龍之介が語る内容は、確かにな……と思うことが出来るものだった。

 俺の好意がちゃんと相手に伝わってなかった?
 だから手を出してこなかったのか?

 そう思うと、胸の奥がきゅんとした。なにそれめちゃくちゃ可愛いじゃん。それだけ我慢強いんだったら、もしかしたら脱童貞した後も、いっぱいいっぱい我慢してくれるかも。ずっと俺の好きなようにさせてくれる、最高の彼氏になるかも。


「ありがと、龍之介。俺どうしたらいいか、少し分かったかも」
「そっか。頑張れよ」


 ほっとしたような顔で笑う龍之介に、俺は今日一番の笑顔を向けた。

 残念ながら俺の考えている内容は、龍之介の願いとはかけ離れたものだったのだが、それに気付くものはそこにはいなかった。



 ***



 龍之介と別れた俺は、その足でいつものジムへと向かった。浩平とは会う約束もしていなかったが、なんとなく、行きたくなったのだ。
 そうしてたどり着いたロッカールームで、浩平の後ろ姿を見つけた時は、やはり神様は俺の味方なのではないかと思ってしまった。

「あっ、美鳥さん! 今来たところですか? 俺はこれから帰ろうかと思ってたんです。入れ違いですね」

 浩平は俺の姿を見てすぐ笑顔になった後、しゅんと肩を落とした。相変わらず大型犬のような姿が可愛いな。


(俺よりガタイがいい男に、可愛いっていうのもおかしな話かな)


 広いロッカールームは、都合よく俺たち二人しか居なかった。俺はそれを確認してから、浩平を見て小さく微笑むと、すぐに思わせぶりな溜息を吐く。

「美鳥さん……? どうかしたんですか?」

 案の定、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる浩平。俺は自分の身体を抱きしめるようにして、いつもより力のない声を絞り出した。

「……実は、恥ずかしい話なんだけど、別れた恋人に付きまとわれてて……」
「え、別れた恋人に?」
「うん。毎日家の前で待ち伏せされてて、ちょっと参っちゃってさ」

 もちろんそんな話は嘘である。元彼から復縁を願う連絡は引き続き届いているが、俺の家に招いたことは一度もないので、待ち伏せされるなんて事はあり得なかった。

「随分、積極的な彼女さんなんですね……」

 浩平の口から待ち望んだワードが出てきて、俺は心の中でガッツポーズをする。

「俺、ゲイなんだ。だから彼女じゃなくて彼氏、かな」
「えっ……」

 俺の作戦はこうだ。

 突然のカミングアウトで、自分も俺の恋愛対象内なんだということを、浩平にはっきりと認識させる!その中で、もしかして今までのことも?って彼が気付き始めたらこっちのもんだ。

「そう、だったんですね……」
「驚かせてごめん。今は、話せば帰ってくれるんだけど。相手が体格のいいタイプだから、少しだけ、怖くなってきて」

 まさか同性愛者だという事実に、彼が引くことはないだろう。こうして弱った姿を見せれば、やさしい浩平は俺のことを放っておけないはず!そう思いながらも、俺はいつも思ってもみない反応を返す浩平が、次にどうするのかが読めなくて、ドキドキしながら待っていた。
 浩平はしばらく逡巡するような様子を見せると、意を決したようにこちらに向き直って口を開いた。


「……あの、もし、美鳥さんがよかったら、しばらく落ち着くまで俺の家に来ますか?」

「え……?」


 ……来た、来た、キタァァァーーー!

 花丸!完璧!100点満点!!
 まさに俺が欲しかった言葉を返してくれて、思わず小躍りをしてしまいそうだ。もちろんそんな事はするわけもなく、俺は引き続き何かに傷ついている儚げな美人風を装う。

「そんな……浩平くんに迷惑かけられないよ」
「全然迷惑じゃないですよ。むしろそんな話聞いちゃったら、無視できないっす。俺、バイトでいないことも多いし、部屋は狭いですけど……好きなだけいてくれて構わないですから」

 一度断るようなことを言えば、更に言葉を並べて俺を家で匿おうとしてくれた。浩平は、震えて……は、いない俺の手を、ぎゅっと握りしめて真剣な面持ちで語りかけてくる。

「今日はこのまま、一緒に帰りましょう。家の場所、教えるんで」

「……うん♡」


 ありがとう龍之介。
 お前のおかげで俺、今日童貞食えるかも♡♡♡



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