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思っていた話とすこし違うんです!
しおりを挟むやけくそのように返した言葉を、まさか肯定されるなんて思っていなかった歩夢の動揺は大きかった。
「な、なんで……冗談、だよね……?」
「冗談ってなんだよ。お前が言ったんじゃねぇか」
「そ、れは……! う、売り言葉に買い言葉っていうか……」
ドキドキとうるさいくらいに心臓の音が響いている。その音が大きすぎて周りの音が聞こえなくなるくらいに。
小田原が永瀬にヤキモチを焼く。それっていうのはつまり……――
「……なんでヤキモチ、焼くの……?」
いつの間にか口の中がカラカラに乾いている。多分、という答えは持っていても、小田原の口からその言葉を聞きたくて、歩夢はわざとそんな質問を投げかける。
「なんでって、それは……――」
言葉を紡ぐ唇から、目を離すことができない。
いまだに鳴りやむことのない歩夢の心臓は、今にも飛び出してしまいそうだ。
「お前のことが好き、だから……かもな?」
「……って、なんで疑問形なの!」
小田原らしくもない煮え切らない言葉に拍子抜けする。もったいぶるような言い方をして、肩透かしを食らった、何か期待していた自分が恥ずかしくなった歩夢はきゃんきゃんと噛みついた。
「わりぃけど、俺も良く分かんねぇんだよ」
戸惑いを残した小田原の声に男の本音を感じた。
むくれた歩夢の頬に手を添えて自分の方を向かせると、小田原は独白のように淡々と胸の内を吐き出していく。
「猫かぶりのクソガキなんて興味ないと思ってたが、なんだか放っておけない。他の男に手折られるくらいなら、俺がこの手で汚してやりたい」
「ちょっと……怖いんですけど……」
その目の真剣さと不穏な台詞に歩夢は身震いをした。
しかもなんだかものすごい失礼なことも言われた気がするけど、そのことについて言及することは出来なかった。
「……俺も、自分にこんな感情があるなんて、初めて知ったわ」
自嘲するような、それでもどこか嬉しそうな、何とも言えない表情を浮かべて。小田原が薄く開いた歩夢の唇を親指でくすぐる。
「守りたいのと一緒に、めちゃくちゃに泣かせたくなる。お前といると思春期のコーコーセーかよってぐらい、自分の感情がコントロール出来なくなるんだよな」
年上の男の珍しい顔に歩夢の胸がぎゅっと苦しくなる。
いつも偉そうな小田原が自分のせいでこんな風になっているのかと思うと、不思議な感情が歩夢の中に広がった。
「とまぁ、そういうことだから。ちょっと確かめるためにも、いろいろ付き合ってくれよな」
「……はぁ!? どうしてそうなるのっ?」
うって変わって、あっけらかんとした口調でそう話す小田原は、先ほどまでの物憂げな雰囲気はどこに行ったのか、いつもの飄々とした姿に戻っていた。小田原のせいで歩夢まで情緒不安定になってしまうではないか。感情の激しいジェットコースターに振り回されて、そろそろ疲れてきた歩夢は大きくため息を吐いて肩を落とす。
「お前の練習も兼ねてるし、いいだろうが」
「れ、練習はしたいけど! なんか、もっと言い方あるんじゃないのっ」
「めんどくせーなぁ……」
結局小田原の気持ちはよくわからないままだ。なにやら自分に対して独占欲のような物を持っていることだけはわかったが、それが愛情からなのかは本人ですらわかっていないのかもしれない。だけどなし崩しにこれまでの関係を続けるのも良くない気がする。
(少なくとも面倒くさいなんていう奴の好きなようにさせてたまるか!)
納得する言葉を引き出すまでは、歩夢は一切折れるつもりはなかった。
「……歩夢。俺とのキスは嫌いか?」
「えっ。き……嫌いじゃ……、ない」
そう思っていたのに、なぜか言わされているのは歩夢の方だった。
「触れられるのは?」
「…………」
唯一この間だけは少し怖い思いもしたけれど、いつも小田原は意地悪なことを言っても優しく触れてくれていた。その手の温かさを知っている歩夢は、一瞬思案した後にふるふると小さく首を横に振る。
それを確認して小田原はほっと安堵するような顔をして見せた後、いつになく真剣な顔をして思いを伝えた。
「もうお前が嫌がるようなことはしない。あんな風に泣かせるのは……本意じゃないからな。だから練習は俺とだけにしておけ」
随分と尊大な言い方ではあるが、その目はまっすぐと歩夢を見据えていた。強い気持ちの感じられる瞳に、歩夢の胸は再び高鳴ってしまう。小田原の気持ちははっきりとしないが、それは歩夢自身も同様だった。自分の気持ちに名前を付けることは難しかったけれど、小田原とする練習を嫌だと感じていない時点で答えは決まっているのかもしれない。
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