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めずらしいこともあるものです!
しおりを挟む「えっ、小田原さんがお休み、ですか……?」
次の日、予定の時間よりも少しだけ早く着いた事務所で小田原を探していると、他のスタッフから思ってもみなかったことを告げられる。
「そう、午前中だけの予定なんだけどね。なんでも前職のトラブルとかで、急遽呼び出されちゃったらしくて」
「前職の……それって、小田原さんが行かないと駄目なんですか?」
「ん? うーん、本当は行く必要ないんだけど……うちとも少なからずお付き合いのあるところだから、泣きつかれたら無下にも出来ないみたいで」
せっかく昨日のことをちゃんと話そうと思って少し早く家を出たのに。心が狭いと分かっていても、そんなの今その職場にいる人たちでなんとかしてくれたらいいんじゃないの? と、歩夢は思わずにいられなかった。
「ごめんね、歩夢くん。小田原さんじゃないと嫌だった?」
ふと、臨時のマネージャー担当してくれるという皆川さんに、笑いながらそんなことを言われ、歩夢は慌てて首を振った。
「えっ!? いえっ、そんなことないです! ごめんなさい……っ」
「ふふ、いいの。歩夢くんがそんな感情丸出しの表情するのなんて、初めて見ちゃった」
パッと、自分の顔に手を当てて「俺、そんな顔してましたか……?」と眉を下げると、嬉しそうな顔をした皆川さんにもっと笑われる。
小田原と二人きりの時には最初こそ猫を被っていたが、今ではもうほとんど取り繕うことをしない。ただ、それ以外は今まで通り完璧な対応を心がけていたはずなのに。もしかして、嫌な思いをさせてしまっただろうかと不安になって皆川さんの顔色を窺うが、思っていたよりも優しくて朗らかな顔をしていることに驚く。
「小田原さんと、良い関係が築けているのね。よかったわ」
そう言ってにこにこと笑っている彼女はとても嬉しそうで、周りにいた他のスタッフ達も心なしか微笑ましいとでもいうような表情で歩夢を見ている気がした。
「……えっと、失礼な態度とってしまって、すみません」
「えっ? もうやだ~、そんなの全然気にしていないわよ」
なにを言ってるの! と背中を叩かれて、その勢いの強さに歩夢は目を見張る。
「歩夢くん、良い子過ぎるくらい良い子だから。身内の私たちにくらい、もっと我儘言ってもいいのよ?」
「あ、ありがとう、ございます……」
そうだそうだと周りの人も同調するような反応を見せるので、事務所の人たちがそんな風に思っている事など夢にも思っていなかった歩夢は、ただただ驚くばかりだ。
自分のために、みんなのために、いい子でいる事が一番だと思っていたけれど。もしかしたら素のままの自分を受け入れてくれることだってあるのかもしれないと思えるようになってきた。
今まではそんなことを考えたこともなかったのに、こんな考えが頭を過るのは小田原との関係が思いの外居心地が良いから、なのかもしれない。もちろん小田原に対しては、歩夢が望んで今のような関係を作り上げたわけではなかったけれど。それでも、そんなことを考えていたら少しだけ胸が温かくなったような気がした。
「これから行く『恋なら』の収録が終わる頃には小田原さんも来られると思うから。それまでは私で我慢してちょうだい」
「我慢だなんて! よろしくお願いしますっ」
「ふふ、よろしくね」
揶揄うように言われて少しだけ恥ずかしかったけれど、歩夢は今までで一番素直に笑うことが出来た。
◇◇◇
皆川さんを伴って行った現場も恙なく終了して、彼女は他の仕事があるからと一足先にスタジオを出ていった。未だに一度も顔を合わせてはいないが、どうやら小田原も既にこの場所に来てはいるようで、歩夢は急き込んだ調子で楽屋へと向かった。
(小田原さんに早く会いたいわけじゃないけどっ! 昨日のこと、ちゃんと説明してもらわないと納得できないだけだし……)
誰に聞かれているわけでもないのに、自分で自分に言い訳をしながら、控室への角を曲がる。
「えっ……ーー」
少しだけ奥まった廊下の隅。何も気にしていなければ気付かれなさそうな、隠れた場所に見えたのは、見慣れた後ろ姿。何故そんなところにいるのか、という疑問とともに視線を動かせば、その腕の中に優しく抱き込まれた人がいる、という事に気付く。
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