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怒っているのはこっちです!
しおりを挟む小田原にしてみれば、ただ用事をすませて歩夢のいる控室へと戻ってきただけなのだが、泣きそうな顔をして自分を仰ぎ見ている歩夢と、永瀬が己に向ける憎々しげな視線を受けて、瞬時に今の状況を察する。
「永瀬さん、また内野のことを揶揄ってたんですか」
「今日はまだ何もしてねぇよ?」
「そういう冗談は、その手を離してから言ってください」
永瀬にきつく掴まれたままの歩夢の腕と、その下腹部に伸びた指先を指摘し、冷たい声でさっさと離すようにと命じる。
しぶしぶといった様子で手を離した永瀬から、歩夢は即座に距離を取った。自分の背に隠れるように逃げ込んできた歩夢を確認すると、小田原は小さく息を吐き、今後は控室での待ち時間を減らした方がいいかもしれない、と頭を悩ませた。
「内野さん。監督からお話があるそうなので、先にスタジオへ移動をお願いします」
「え、は、はい……わかりました」
予定時間より少し早いような気もしたが、そのために呼びにきたんですと言う小田原に、こくりとちいさく頷いた。
じりじりと永瀬と距離をとりながら扉へと向かう。その怯えた小動物さながらの歩夢の様子を面白そうに眺めながら、永瀬はひらひらと手を振って見送る。
「それじゃあ歩夢ちゃん、また後でね♡」
「……っ、はい……また……」
軽く会釈を返して控室を出る。それを追い立てるように部屋の外に出しながら、一緒に控室を後にした小田原は、後ろ手で扉を閉めるなり盛大に嘆息した。
「小田原さん、あの……」
「ったく、お前は……危機感ってもんがねぇのかよ。ぼんやりしすぎなんじゃないのか?」
ありがとう、と言うよりも前に、明らかに歩夢に非があるという感じで、投げつけられた物言いになんだかカチンとくる。歩夢としては共演者とただの世間話をしていただけであったし、そもそもはじめにぼんやりしていたのだって、元はと言えば小田原のせいなのに。
そう思ってしまったら、助けられた時の感謝の気持ちなどどこかへ飛んでいってしまって、口を出るのは生意気な台詞だけだった。
「……別に俺が誰と何してようが、小田原さんには関係ないでしょ」
別に付き合ってるわけじゃないんだし、という皮肉めいた言葉まで出かかって、すんでのところで飲み込んだ。そんなことを言ってしまったら、まるで自分が小田原との関係を意識しているように思われる気がしたから。
「へぇ。そのわりには、すーーぐ俺の後ろに隠れてたけどなぁ」
「それはっ、仕方なくだよ! そっ、それに、俺にとって一番危ないのは、小田原さんの方なんじゃないの?」
小田原を頼るような素振りを見せたことを、当てこするように言われて、カァっと頭に血が昇る。
「永瀬さんはちょっと冗談が過ぎる時もあるけど……実際に俺に手を出してるのは、小田原さんなわけだし」
実際に永瀬よりも小田原との方が、すごいコトをしているのだ。それに比べたら永瀬の些細なセクハラなんて可愛いもんだ。そんな意味を込めて歩夢が嫌味を言うと、何故だか小田原の視線が鋭くなる。
「ああ、そうだな。永瀬はお前にとって憧れの声優様だもんなぁ? 何されてもいいってか」
「はぁ? 今はそれ関係ないでしょ。何言って……痛っ!」
低く冷たい声で告げられた内容の意味が分からず、歩夢が眉を寄せていると、突然手首を掴まれた。ぎりりと音がしそうなほどの力で握られて、思わず小さな悲鳴をあげる。
「痛いっ! 離してよっ」
「まぁ、俺が一番危ないっていうのは正解かもな。歩夢の身体のことは、お前以上に分かってるから」
「あっ、ちょっと……!」
皮肉げに笑った小田原は、掴んだ歩夢の腕を引き、小さな身体を抱き込んだ。
「歩夢はここを触られると、すぐに力が抜けちゃうんだよな。耳も弱いだろ?」
「……っや、やめて!」
たっぷりと吐息を含んだ声で囁かれ、尾てい骨のあたりを力強く押されると、あらぬことを想像してしまい歩夢の頬が赤く染まる。びくりと身体揺れるほど、過剰に反応してしまったことも恥ずかしくて、目の前の男から顔を逸らした。
「次はたしか、モブ男子に無理矢理レイプされそうになるシーンがあったっけ? せっかくだし、その練習でもするか」
「ひぁっ!」
冗談に聞こえない声色でそんなことを言われ、歩夢は目を丸くする。その間にも小田原の手は、明らかに歩夢の官能を誘うような仕草で、距離を取ろうと必死にもがく肢体を撫で回していた。
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