声優(おしごと)の時間です! 〜意地悪マネージャーと秘密のレッスン?!〜

つむぎみか

文字の大きさ
上 下
40 / 55

真面目な話をしてたんです!

しおりを挟む


 小学生の頃、片親だった歩夢は学校が終わると、放課後はいつも児童館にいた。施設の人たちは優しくて、そこはとても居心地のいい場所だったけれど、ずっと居たいと思うほど楽しい場所かと聞かれれば、正直答えはNOだった。

『歩夢くんバイバーーイ!』
『またね』

(あーあ、一人で何しようかな。絵本はもう何回も読んだし。ゲームも飽きちゃった)

 たまの両親の不在で施設を利用している子ども達とは違い、ほぼ毎日のように通っている歩夢にとって、そこに真新しいものなど一つもなかった。

『みんな~! ひだまり劇団の皆さんが来てくれましたよ~!』
『……っ!』
『やったぁー!』
『わぁ~いっ』

 代わり映えのしない穏やかな日常の中で、たまに近所の劇団員がボランティアで人形劇をしに来てくれることがあった。

『あれ、こんにちは。今日も観に来てくれたんだね』
『うん! こんにちはっ』
『よかった。今日はこの間、君がリクエストしてくれた劇をやる予定だったんだ。観てもらいたかったから嬉しいよ』
『わぁ……っ』

 コミカルに動く可愛い人形たちに、歩夢をはじめとした児童館の子ども達はすぐ夢中になった。表情がない人形のはずなのに、劇団員の人が声を吹き込めば笑ったり泣いたり怒ったりしているように見える。声色だけで様々な感情を表現し、多彩なキャラクターを演じわけるその姿に、小さい歩夢は感動して憧れたのだ。

「その時だけは、時間とか、寂しさとか、嫌なことも全部忘れて楽しむことが出来たから」

 今でもその時のことを思い出すと、自然と笑顔が溢れる。歩夢にとって、大事な大事な思い出。

「……だから自分でもそんな風に、どこかの誰かを楽しませることが出来たらいいなって思って。いろんなキャラクターのいろんな感情を表現して、見ている人になにか影響を与えられたらなぁって」
「なるほどねぇ。役者にはなろうとはしなかったの? 歩夢ちゃんくらい可愛いかったら、そっちの道でもすぐ人気でそうだけど」

 自分よりも整った容姿をしている永瀬にそんなことを言われて、歩夢は思わず苦笑した。

「んー、実はそれを考えたこともあるんです。でも、役者さんはどうしても見た目の印象が強く残っちゃいません? 声優だったら姿は変幻自在。やろうと思えば性別だって種族だって、変えられるんですよ」

 自分が好きな男性キャラクターを演じているのが、女性の声優さんだと知った時の衝撃はすごかった。今の時代は声優も様々なメディアに露出をするようになっていて、キャラクターと声優本人のギャップに驚かされることも少なくない。

「その自由な世界に憧れたんです。まぁそれも実力次第で、自分がまだまだだっていうことは、身をもって分かってるんですけどね」

 まだまだ与えられる役が一辺倒の歩夢には遠い未来の話だが、いつかはたくさんのキャラクターを演じ分けることのできる声優になりたいと思っていた。そんなことを少し照れくさそうに話す歩夢に、永瀬は今までにないくらい優しい笑顔を向けていた。

「そっか。ちゃんと考えてて、偉いじゃん」
「もう、子ども扱いしてませんか?」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、歩夢は思わず頬を膨らませる。永瀬は、今の自分にとって一番近くにいる見える目標なのだ。ライバルとまではいかなくても、出来る事なら同等の力を持つ存在として認めてもらいたかった。

「ちゃんとオトナなど思ってるよ~。流石に俺も子どもにはセクハラはしないって」
「ひゃんっ!?」
「お、感度は上がったかな?」

 そんなことを言いながら、永瀬の手が歩夢の身体を滑っていく。軽い調子ではあるものの、的確に歩夢のイイトコロを掠めていくおふざけに、意図せず声が甘くなってしまう。
 気付けば腕を掴まれて立ち上がることも出来ない歩夢は、必死に身を捩りながら逃げようとするが上手くいかない。

「ちょ、っと……っ、永瀬さん、ふざけるのは……っあ♡」
「収録の時もさぁ~、最近やばいんだよね。歩夢ちゃんの声聞いてると、ガチで勃ちそうになってくる」
「っん……!」

 するりと優しくデニムの前を撫でられて、背筋が震えた。こういう時にどういう対処をしたら正解なのかが歩夢には分からない。とにかく永瀬の手から逃れようと藻掻きながら、どうしよう、どうしよう……!と頭をぐるぐるさせていると、控室のドアが鳴った。

 ――コンコンコン

「失礼します」

 静かに開かれた扉の向こうから現れたのは、歩夢の優秀なマネージャーだった。

「お、小田原さん……」
「あー……ほんっと、イイトコロで来てくれるよねぇ……」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結】催眠なんてかかるはずないと思っていた時が俺にもありました!

隅枝 輝羽
BL
大学の同期生が催眠音声とやらを作っているのを知った。なにそれって思うじゃん。でも、試し聞きしてもこんなもんかーって感じ。催眠なんてそう簡単にかかるわけないよな。って、なんだよこれー!! ムーンさんでも投稿してます。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...