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免許皆伝!ではないようです!
しおりを挟む中御門先生が去っていったスタジオは、まるで嵐に襲われた後のような雰囲気だ。そこで歩夢はようやく肩の力を抜くことが出来て、ふぅっ……と大きな深呼吸をする。
「いや~中御門先生は相変わらずパワフルだねぇ」
「あ、あはは。ちょっとびっくりしましたけど、喜んでいただけてよかったです」
「そうだね。先生も言っていたけど、内野さん本当に良かったよ! これからもこの調子で頼むねっ」
「は……はい! ありがとうございますっ」
(やった、褒められた……!)
今回の収録を中御門先生が大絶賛だったのもあり、監督はかなり上機嫌だ。バシバシと歩夢の背中を叩きながら褒めそやすと、次は永瀬の方へと向かっていった。
今日の収録は、小田原とした練習を思い出していたら、頭で考えずとも自然と声が出ていた。自分でも意図せずに、昨日の小田原が言っていた「思わず出ちゃった声」というのが再現出来ていたのではないかと思う。結局何もかも、小田原の言う通りになってしまったのが癪ではあるが、こうして初の濡れ場収録を大成功を収めたのだから、彼には感謝をするしかないだろう。
「内野さん、そろそろ移動の時間です」
「あ、はいっ」
そんなことを考えていたら当の本人から声がかかる。その表情は出来のいいマネージャー然としていて、いつもの憎たらしい態度は鳴りを潜めていた。
「それでは監督、永瀬さん、また次回もお願いします。今日はお先に失礼しますね」
楽しそうに軽口を言い合っている二人に、一言の声をかければ、永瀬がまたね~と言って手を振ってくる。そんな姿にぺこり小さく会釈をして、歩夢は小田原とともにスタジオを後にした。
しばらく歩いて廊下に誰もいなくなった頃、先に口火を切ったのは小田原の方だった。
「……良かったな。褒められて」
「うん……。その、ありがと」
小さい声で歩夢がお礼を言うと、小田原が突然足を止める。どうしたのかと振り返れば、驚いた顔をして歩夢を見ていた。
「小田原さん?」
「いや……。お前、壺とか買わされんなよ?」
「は? 何の話?」
いきなりどうして壺の話になるか。全く脈絡のない話題転換に疑問符が飛ぶが、小田原はいいから気をつけろ、とだけ言って詳しく教えてはくれなかった。
「とにかく、先生にも褒められたし、これでもう練習は終わりだよね?」
今日の仕事を終えて、今後の収録についても何とかなりそうな自信が付いたのは良かった。これからは今日の感じを忘れないように、しっかり個人練習を積んでいこう。
そう思っていた歩夢だったが、小田原の口から出てきたのは思ってもみない言葉だった。
「甘い」
「えっ?」
まさか厳しい声色でそんなことを言われるとは思ってもいなくて、今度は歩夢が驚きに足を止めた。
「こういうのはな、反復練習が大事なんだよ。一回上手くいったくらいで練習を怠ったら、またすぐにわからなくなるぞ」
「え、でも」
「今回は前日に練習をしたからこそ、身体が覚えていたんだろうが。……お前、例えば練習したのが一か月前だったとして、昨日のことのように思い出せたか? 今日と同じだけの演技が出来たのか?」
「そ、それは、無理かもしれないけど……」
最近は特に怒涛のような日々を過ごしており、気付けば月が変わっていることもザラだった。たしかに目眩く日々に忙殺されて、今ひと月前のことを思い出して演じろと言われても、ほとんど再現できない自信があった。
「そういうことだ。だから練習はこれからも定期的に続けるからな」
「えっ?!」
「演技の幅を拡げるためだろ? 仕方がないから、マネージャーとしてこれからも協力してやるよ」
その表情からは善意なのか、はたまた何か打算があっての提案なのかは分からない。練習内容は恥ずかしいけれど、周りの反応を見る限り、今の自分には必要なことだと感じていた。そしてなにより、これは口が裂けても言うことはできないけど、小田原とああいうことをするのが歩夢自身、嫌ではなかった。
「……わ、わかった。お願いします」
しばらく逡巡した後に歩夢がそう答えれば、小田原はそうこなくちゃ、と愉しそうに笑う。
――それから何かと理由をつけては、練習に励む日々が始まったのだった。
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