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負けるわけにはいかないんです!
しおりを挟む歩夢の突拍子もない発言に再び目を見開いた小田原は、飛び跳ねるようにして身体を離した。
「お、前、何言ってんだ?!」
「だって……永瀬さんに、男同士はお尻を使うんだって、言われた……」
「ちっ。永瀬のクソ野郎が……!」
忌々しげな感情を隠そうともせず、小田原は盛大に舌打ちをする。その様子に、直接確認するのは間違いだったかな、と自身の失敗を悟った。しかしどうしても気になってしまったのだ。歩夢を散々翻弄する割に、小田原が自分勝手に欲望を発散しようとする様子はほとんど見られないことが。
「なに、お前、ケツに突っ込んで欲しいの?」
低く顰められた声でそう問われれば、ぶんぶんぶん! と音がしそうなほど大きく首を横に振って否定する。酷く扱われたいというような被虐的な趣味はないが、一方的に気持ちよくなる行為はフェアでないとも感じていた。
もし男同士でもそういうことが出来るというのであれば。……決して、進んでしたいわけではないけど、小田原が相手なら良いのかも、とほんの少し。ほんの少しだけ、そう思っただけだった。
「じゃあ、んな相手を挑発するようなこと、言ってんじゃねぇよ」
「う、うん……」
大きなため息と共にそう言われて、自分から問いかけたことのくせに「じゃあするか」と小田原が言わなかったことに安心する。
あからさまに安堵した様子を隠さない歩夢に小田原は何を思ったのか。一瞬考えるようなそぶりを見せると、いつものニヤニヤとした笑みを浮かべてこんなことを言い出した。
「でもそうだよなぁ。セックスしたことない奴が、本当にエロい声なんて出せるわけないか」
「……っ」
歩夢の肩が嫌な予感にびくりと跳ねる。こういう顔をしている時の小田原は、碌なことを考えていないのだ。流石にもう、それくらいのことは分かるようになった。
一体今度は何を言われるのか。
歩夢は恐る恐る、目の前の男を仰ぎ見る。
さも仕方がない……と言わんばかりに、演技じみた口調で話をする小田原は、本当に意地が悪いとしか思えない。
「本当ならバイブでもあれば良かったんだけどな。いくら俺が優秀なマネージャーでも、そこまでの準備はしてないんだわ」
「バ、バイブ……」
バイブなんて、資料用にと準備したAVでしか見たことがない。たいていそういった道具を使っている作品は、嫌がる相手に無理やり押し付けていたり、道具を当てられた役者が強い快感に激しく泣き喘いでいたりと、ハードなものが多かった。正直それを見て使いたいと思うことなどなく、むしろ敬遠したいものの上位に入るだろう。
(まさか今から買ってこい、とか……?)
「そもそもバイブがあった所で、セックスするにはいろいろと準備が必要だって、わかってるよな。すぐ突っ込めるわけじゃないんだ」
「そ、それくらい、知ってるよ……!」
「あっそ。ああ、でもそうだよな。歩夢はもうおれの手助けなんてなくても、一人で出来るんだっけ」
「……っ」
「だったらきっと、ケツだって自分で上手に解せるんだろうなぁ。……そうだろ?」
多分小田原は、歩夢が出来るはずがないと思っている。子どもみたいに、一人で出来ると意地を張っている歩夢に、「やっぱり出来ません」と言わせたいのだ。だからこうやって脅したり、無理だと思う内容をわざと突きつけている。
しかし歩夢にもプライドというものがある。そうやって暗に降参をしろ、と言われてしまうと、逆にもっと意固地になるしかなかった。
「まさかそんなことも出来ないくせに、あんな啖呵切ったなんてことは……ないよなぁ?」
「で、出来るよ……っ」
「……へぇ? じゃあ本当にやってみるか? ローションなら貸してやるぜ」
「っ、わ!」
売り言葉に買い言葉な応酬の末、ほらよ、と投げつけられたのは、どぎつい蛍光色のボトルに入った粘液。尻を解す……なんてやり方は知らないが、コレの使い方くらいは知っていたため、その知識から歩夢は、これから自分がしなくてはいけない事柄を推測する。
そうして一つ大きな深呼吸をすると、決意を込めた視線で小田原を睨みつけた。
「やってやるよ! でも、それって別に小田原さんが見てる必要ないよね?」
「あぁ?」
「自分でやってみせるから。小田原さんはあっち向いててって言ってんの!」
さすがに他人に観察される中で、自分の身体を弄り回すような趣味は持ち合わせていない。受け取ったローションを突きつけて、歩夢は精一杯の虚勢を張るのだった。
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