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八つ当たりだ、ってわかってるんです!
しおりを挟む「親睦を深めていただくのは有難いですが、内野は我が事務所の大事な人材です。遊びで手を出すのはご遠慮いただきたいですね」
「ふーん。それってマネージャーとしての忠告? もしかして恋人として?」
「ちょ、ちょっとっ! 永瀬さん……!?」
突然何を言い出すのかと歩夢が口を挟むが、目の前の男たちはそんな声など聞こえないかのように、鋭い視線で互いを見つめるだけだ。
「何を勘違いされているのか知りませんが、私と内野の間に、一声優とそのマネージャーという関係以上のものはありませんよ」
(声優とマネージャー……)
少しの動揺すら見せず、感情の読めない声で淡々と告げられた内容に、歩夢の瞳が揺れた。
そうだ。自分と彼はただ、仕事上の利害関係によって成り立っている。それ以上でもそれ以下でもない。そんなこと分かっていたけど。
「……ふーん。遊びじゃなかったらいいわけ?」
「双方合意なら、特に私が止めるような内容ではないかと」
「へぇ? そうなんだ」
永瀬は自分の腕の中で俯いている歩夢の姿をちらりと確認すると、先ほどまでの執拗さが嘘のようにその身を離す。
「ま、今日はもういいや。そろそろ収録も始まる時間だしね」
なんとか解放されることが出来て、ようやく歩夢はほっと息をつくことができた。じっと視線を下げている歩夢と無理やり視線を合わせるように、永瀬はその顔を覗き込む。軽薄だけど人好きのする笑顔を浮かべて、ぽんぽんと頭を撫でてくる様子はむかつくほどにいつも通りだ。
「歩夢ちゃんはもう少し後からだっけ? 俺は先に行くわ。約束通り、ちゃんとイかせてあげられなくてごめんね♡」
「っ、永瀬さん……!」
「あはは。じゃあまた後で~」
嵐のような男は言いたいことだけ言うと、軽やかな足取りで控室を出て行く。永瀬が居なくなると、部屋の中には歩夢と小田原の二人きり。言いようもない空気の漂うその部屋は、嫌な沈黙で満たされていた。
しん、と静まり返った部屋で、先に動いたのは小田原の方だった。
「歩夢、大丈夫か?」
気遣うような優しい言葉のはずなのに、なぜかそれを聞いた瞬間、歩夢の頭にカっと血が上る。自分に伸ばされた手を払いのけて、歩夢自身でも理解できない感情を爆発させた。
「……俺に構わないでっ!」
「あ? 何怒ってんだよ」
「~~~っ、なんでもないよ……!」
呆れたような困ったような声を小田原が出すのも致し方ないだろう。彼に当たるのはお門違いだと分かっていても、身体の内でぐるぐると渦巻く初めての感情が、歩夢を混乱させていた。
「……あいつに何された?」
「小田原さんには、関係ないでしょ……」
「はぁ? 関係あるだろ」
「俺が、あんたにとって、大事な声優だから?」
「? そうだよ。そこまで分かってるくせに、なに怒ってんだ」
まるで駄々をこねる子どもを諭すような口調。たしかに今の状況はそれと変わりがないのかもしれないが、自分と相手の温度差を感じてしまい、歩夢は心の中で地団駄を踏む。
「っ、怒ってないってば……!」
「歩夢……」
「いいからっ、もう放っておいてよ! 小田原さんの助けなんてなくても、ちゃんと一人でやってみせるから……っ」
自分だけ熱くなって馬鹿みたいだ。はやくこの会話を終わらせたくて、歩夢は精一杯の虚勢を張る。昨日あんなに練習したんだから、きっともう大丈夫。これ以上小田原と関わったら、今まで積み上げてきた色々なものが崩れてしまいそうで、それが怖かった。
小田原から顔を背けるようにして言い放った歩夢には見えていないが、その言葉を聞いた瞬間、小田原の顔から表情が消える。
「……練習は? 例の収録は明日だろ。どうするんだ」
「いらない。もう、一人でも出来るし!」
「へぇ……?」
それならば、と笑った小田原の顔は、相当意地が悪いモノだった。
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