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どうしてなのか、気になるんです!
しおりを挟む自分のことは色々と知られている気がするのに、歩夢は小田原のことをなにも知らないのだという事に気付く。今までなんとも思っていなかったのに、そうと気付いてしまったらなんだか無性に気になり出すのが不思議だ。
(自分はいろいろ聞き出すくせに、俺だけ知らないなんて、それってなんだか不公平じゃないの?)
そんな子供っぽい不満を胸に、なんでも良いから小田原のことを教えてもらおうと歩夢は口を開いた。
「ねぇ、小田原さんの好きな食べ物は?」
「なんだよ突然」
「いいからっ、教えてよ」
「あーー、肉?」
「好きな飲み物」
「ビール」
「好きな色っ」
「黒」
いきなりの質問攻撃に首を傾げながらも、案外素直に答えてくれる小田原に歩夢は気を良くしていた。次々に些細な質問を繰り返して、少しずつ小田原という人間を知っていく。
「えーと、じゃあ趣味は?」
「物分かりのいい人間を演じて周りを上手く転がすことと、騙されてる相手を観察して心の中で笑うこと」
にやりと口の端を引き上げながら笑う小田原に、ひくひくと頬を引き攣らせた歩夢は、うへぇと舌を出しながら吐き捨てた。
「小田原さんって、ほんっっと、性格悪~~っ」
冗談かもしれないが、それが本心であることは歩夢にも感じとれて、ある意味感心してしまった。
「おいおい、人のこと言えるか? 特大の猫被りのくせに」
「俺はそんな風に考えたことないもん。人に迷惑かけるために猫被ってるわけじゃないし、それで人間関係が円滑になるなら、別に誰も困らないでしょ? それは小田原さんだって一緒じゃん」
それのどこが悪いのだとツンとそっぽを向けば、小田原は少し考えるように黙り込む。
「……お前さ、今日みたいなこと良くあるのか」
「今日みたいなことって?」
「サイン書いて~みたいなやつだよ」
ああ、なんだ。そんなことか。
すっかり忘れていた朝の一幕を思い出し、歩夢は小さくため息を零す。
「あるよ。あそこまであからさまなのは、そんなに無いけど。俺、断らないから」
たいていは笑顔で乗り切れる。それが嫌だと思うことも少ないし、ただ、稀に上手くいかないことが続いた時に、今日みたいに無性に辛いと感じる時があるのは確かだ。
歩夢は良い子でい続けようとすることで、自分で自分の首を締めているのだと分かっていても、猫を被るのはやめられない。自分を守る術をそれしか知らないから。
「ったく、馬鹿だな。いい子でいるのと、いいように使われるのじゃ、全然違うだろうが」
「……っ!」
まるで心の中の独白を読んだかのような言葉に、歩夢は思わず息を呑んだ。いくらその一言が的を射ていようと、簡単に認めることなどできるはずもなく、口から出るのは生意気な台詞ばかり。
「馬鹿で悪かったね。放っておいてよ」
「放っておけるか。俺はお前のマネージャーだからな」
思いの外真面目な声色で返されて、逸らしていた視線を再び小田原に向ける。見つめ合った視線の先で、小田原はふっと表情を緩めると今度は茶化すような言葉でお茶を濁す。
「それにこれから深~~い仲になるわけだし?」
「っ、べ、別に! 練習相手になってくれるだけでしょっ」
「あー、はいはい。練習ね、れんしゅー」
真面目なのか巫山戯ているのか、本当によく分からない男だ。
「なんで分かっちゃうんだろ……」
「なにが」
思わず呟いた独り言をしっかりと拾われて、歩夢はむうっと唇を突き出しながら、心底納得がいかないとばかりに文句を垂れる。
「……俺が、サイン嫌がってるのとか。気付かれないようにしてたのに」
「見てれば分かるだろ」
「う、うそでしょ!? 今までそんなこと言われたことないよっ」
はじめからそうだった。
どうしてこの男には上手く取り繕っているはずの姿が通用しないのか。
「それだけ俺が、お前のことを見てるってことだろ」
「は……?」
呆けたような声が出た後、その言葉の意味を噛み砕くごとにじわじわと頬が熱くなる。
(えっ、え、それって、どういうこと……?)
まるで愛の告白にもとれるような台詞は、次の言葉に全てを台無しにされた。
「なんだ。惚れるなよ」
「惚れないよっ」
一人で動揺して馬鹿みたいじゃないかと憤りながらも、それでも小田原が些細な変化に気付くくらい自分を気に掛けていることは、歩夢自身きちんと理解していた。
「まったくっ。小田原さんこそ馬鹿じゃないの……っ」
ふざけた調子でまぜっかえす小田原に、悪態をつきながらも、歩夢は自然と緩んでしまう頬を隠すので精一杯だった。
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