20 / 55
脅しじゃなくてお願いです!
しおりを挟む「お前なぁ、なにもそんなに……」
「次は、ミオとレイジの、せ、セックスシーンがあるんだ。でも、俺、セックスなんてした事もないし……っ」
「あーーー、まぁでも、適当にインターネットに転がってるAVでも観てみればいいじゃねぇか」
「観たよ! 観た、けど……どうしても感情移入、出来なくて……あ、あんな、あんなの……」
顔色を赤くしたり青くしたりしながら、歩夢は押し黙る。もっと気楽に観て楽しむはずのコンテンツに、感情移入できなかっただなんて、相当なイロモノを選んでしまったのでは? と小田原が別の部分で心配を始める。
思いつく限りのことは全て試した。自分なりに努力はしたつもりなのに、それでも思ったような成果が出ない事に、歩夢は焦っているのだろう。前回のように収録を止めるわけにはいかないという、プレッシャーのようなものもあるのかもしれない。
「このままじゃ、またアフレコ失敗しちゃう……っ! もしかしたらミオ役も降ろされちゃうかもしれないっ」
そこまで追い込まれても、自分でなんとかしなければという考えにしか及ばず、誰かに頼ってもいいのだという発想は生まれない。
最悪の事態を想像して、歩夢が泣きそうな声を出すと、普段二人きりの時には不遜な態度を崩さない小田原が、わずかに動揺した様子を見せた。
「泣くなよ」
「泣いてない……っ」
「……はぁ。そんな風に自分で自分を追い込まなくても、もっと周りを上手く使えって」
「周りを……上手く……」
だからさっさと頼ってこい。
小田原は言外にそう示唆したつもりだった。
「……小田原さん、俺のマネージャーだよね?」
「あ? まぁ、な……?」
「前に『タレントが円滑に仕事を行えるように、環境を整えるのが俺の仕事』って言ってたよね?」
「た、たしかに言ったな……」
こうして一つ一つ言質をとられていく様は、まるで脅されているような気分になる。ただ一言お願いと、助けて欲しいと、そう言えばいいだけなのに、頼り方を知らないにも程があると苦笑いを浮かべる。それは会話のほとんどが口喧嘩に変わるような関係を作っていた、これまでの弊害なのかもしれない。しかし歩夢が自分に素をさらけ出すには、それが一番手っ取り早いと小田原は考えていた。
「歩夢、あのな」
そんな風に睨み付けなくとも、大御所の先輩には少なからず顔見知りがいるのだから、いくらでも繋いでやる。次の言葉が出ないように固まってしまった歩夢に、はじめくらいは譲歩してやるかと小田原がそう口を開きかけた時。被されるように発せられた歩夢の言葉は思ってもみない内容だった。
「だったら……! 俺の練習、付き合ってよ……!」
「は……はぁ……?!」
他に人気のない地下駐車場。その入り口に立ったままで、言葉の応酬を交わしていた二人は、小田原の素っ頓狂な叫びを最後にピタリと会話を止めた。
今までに見せたことのない反応をする小田原に、自分がどんなに突拍子のない提案をしているのかを実感して、歩夢はじわじわと頬を染めていく。
「……俺、頭で考えるだけじゃ分からないんだ。この前もそうだったけど、どうやって声を出したらいいのか、全然、分からない」
視線を彷徨わせながら、どうしてそういう結論に至ったのかを語り始める。
「小田原さんも言ってたでしょ。分からないなら、実際に経験するしかないって」
覚えてないのか、と睨まれれば、小田原もたしかに言ったと記憶していた。あの時は荒治療とはいえ、流石にやりすぎだったと反省したのだ。どうとでも口で教えることだって出来たはずなのに、自分の一挙手一投足に過敏なほど反応を示す歩夢が面白くて、可愛くて、どうしても止められなかった。完全な自分の感情に任せた行為だったから。
普段は毛を逆立てた猫のように、警戒心丸出しで反発してくるくせに。嫌だと言いながらも縋り付いてくる様は、小田原の心を大いに揺さぶっていた。ただの生意気なクソガキだと、そう思っていただけのはずなのに、あのままでは無理やりにでも手篭めにしてしまいそうで、なんとか理性を総動員して部屋を後にしたのだ。
それなのにあれ以上のことを、本人から望まれるだなんて。小田原は変わらない表情の下で、ぐるぐると思考が混乱を極めていた。
その心中とは裏腹に、まったく反応を見せない小田原にやはりダメかと肩を落とした歩夢は、ついと視線を逸らす。
「……小田原さんが無理なら、他の人に頼むから良いよ」
そんなことを言って背を向けようとする歩夢の腕を、小田原は反射的に掴んでいた。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
【完結】催眠なんてかかるはずないと思っていた時が俺にもありました!
隅枝 輝羽
BL
大学の同期生が催眠音声とやらを作っているのを知った。なにそれって思うじゃん。でも、試し聞きしてもこんなもんかーって感じ。催眠なんてそう簡単にかかるわけないよな。って、なんだよこれー!!
ムーンさんでも投稿してます。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる