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少し気になるみたいです!
しおりを挟む「皆川さん。プライベートをどのように過ごされていても口を出すつもりはありませんが、ご自分の事務所の大事な声優を安売りするようなことは控えていただきたいですね」
いつの間にか歩夢のすぐ隣に立っていた小田原は、ぴしりと男に苦言を呈すると、歩夢の持っていた色紙を取り上げて男に返す。一度はそのまま素直に受け取ったものの、はっと気付いたように言い訳をし始めた。
「いっ、いや! 俺は……良かれと思って……」
「あいにくですが、内野さんは皆川さんの私生活を削ったご助力がなくても、十分にファンサービスされていますので。結構です」
「う……」
取り付く島もない様子に、皆川と呼ばれた男は口ごもることしかできない。
「あまりに公私混同が過ぎると、私も黙っていませんよ……?
「わ、わかりましたよ~~っ。もう、そんな怒らなくてもいいじゃないですかっ」
「まったく、見逃すのは今回だけですからね」
剣呑な雰囲気を出し始めた小田原に恐れをなしたのか、そそくさとその場を退散した男に、小田原は呆れたようにため息を吐いた。
(……もしかして、助けてくれた……?)
自分を守るように前に立つ男の背中に、呆けたまま固まっていた歩夢はそんな考えが浮かんでくる。嫌な奴だと思っていたし、実際嫌な奴であることに変わりはないのだけど、もしそうだとしたら? 助け船を出してくれたことに一言お礼でも言うべきかと、歩夢は小田原に声をかける。
「……あの――」
「小田原さーん! ありがとうございます~私たちもずっとモヤモヤしてたんですけど、止められなくって~~」
意を決して出した呼びかけに被せるように、事務所の女性スタッフが小田原の元へ集まってきた。
「皆川さん悪い人じゃないんですけど、女癖があまりよくないというか、ちょっとちゃらんぽらんなところがあって。歩夢くん優しくてなんでも断らないでやってくれちゃうから、すぐ甘えちゃうんですよぉ」
「なるほど」
女性陣の言葉を聞くや否や、小田原は鋭い視線を歩夢に向けた。
「な、なんですか……?」
「今回のことは、内野さんにも原因はありますからね。嫌なことは嫌だとはっきりと言いなさい」
「……すみません……」
やっぱり優しくない! と思いながらも、言われた内容は間違っていないので、反論することなく受け入れる。するとその歩夢の反応を見て、周りの女性陣は困ったように眉を下げた。
「歩夢くん、やっぱり嫌だったんだよね……? ごめんね。今まで助けてあげられなくて」
「い、いえっ、そんなことないです……!」
「あんな顔してたのに、なにがそんなことないですか。ほら、もう行きますよ」
「あっ、ちょ、小田原さん!?」
そこでもまたいい子を演じようとする歩夢にも呆れたような小田原は、それ以上会話することのないように歩夢の腕を引っ張り事務所の出口へと向かう。
「い、行ってきます!」
「いってらっしゃ~~い」
若干強引にも見えるその様子に口出すこともなく、女性陣は笑顔で二人を見送った。
「歩夢くん、そんな分かりやすい顔してた?」
「全然。わかんなかった」
二人の姿が扉の向こうに消えた後、彼女たちがそんな話をしていたことは、当の本人たちは知る由もない。
◇◇◇
テレビCMのナレーション録りが終わって、小田原と歩夢の二人は連れ立ってスタジオを後にした。
「ほら、歩夢。帰るぞ」
「……うん……」
ぼんやりと心ここにあらずな歩夢を見かねて、小田原が肩を叩く。ここ数日、以前に比べて彼の元気がないこと、そしてその理由が思うように進んでいない『BLCD』にむけた練習の為だということに小田原は気付いていた。
自分の伝手を使って、歩夢に適切なアドバイスを出来る相手と引き合わせることは容易かったが、おそらく初めてぶつかったのであろう仕事の壁に対して、自ら乗り越えることができるよう、あえて厳しい言葉を口にする。
「お前なぁ、もっとしゃんとしろ。今朝だって、もっとうまく立ち回ることも出来るだろ?」
「今朝……?」
はっと何かを思い出したように顔を上げた歩夢は、小田原と目が合うなり頬を染めて顔を逸らす。その不可思議な反応に首を傾げつつも、ここで歩夢が助けを求めることが出来るようであれば、今回ばかりは揶揄わずにサポートしてやるかと、そう思っていた。
「お、小田原さん……あのさ。次の『恋なら』の収録っていつだっけ」
「次は三日後だろ。永瀬のスケジュールがぱんぱんなんだと」
あれが人気だなんて世も末だなと悪態をつきながら小田原がそう告げると、歩夢はより一層表情を曇らせた。
「三日後……。そう、だよね」
「なんだよ、随分思い悩んでんな。もしかして、また俺に練習付き合って欲しいのか?」
歩夢があまりに深刻そうな表情をしているものだから、小田原はあえて冗談めかしてそう言った。先日の事を引き合いに出して、「本当に見た目の割に全く慣れてないよなぁ」なんて、軽口を叩く。そうすることでむきになった歩夢が、いつもの調子を取り戻すのではないかと思ったのだ。
くくく、と喉の奥で笑いながら、揶揄い半分で反応のない歩夢に視線を向ける。そうした先に顔を真っ赤にしながらも、なにか思いつめたように瞳を潤ませる歩夢を見て、さすがの小田原も笑いを引っ込めた。
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