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イライラしちゃうんです!
しおりを挟む「お、小田原さんっ、やだ、待って……!」
「なんで?」
「っ、なんでって、それこそなんでだよっ!」
スケジュールがすべて終わり、あとは帰るだけのはずだった。それなのに、どういうわけかやって来たのは近くのビジネスホテル。いや、実際理由は分かっているのだが、部屋に入るなり噛みつくようなキスをされて、急すぎる展開に慌てて突っぱねた手も抑え込まれてしまう。
「セックスの勉強するんだろ? 付き合って欲しいんじゃないのか」
「そうだけどっ、別に実践して欲しいわけじゃなくて……」
「実践しないでどうやって覚えるんだよ」
「っひぁ……!」
何とか初めての濡れ場は乗り切ったものの、前回のシーンはまだ前戯だけ。あと数日後に本当の本番収録が待っていた。
あれから何度一人で練習しても、あの時みたいな声を出すことができなかった。己が本当にミオになったと勘違いするほど、『恋なら』の世界に没入しきれていない。自分でも「演じている」のが丸わかりな台詞を聴いて、ファンが満足するはずがないのだ。
一人での練習に行き詰まった歩夢が頼った相手は……――小田原だった。
「あっ、ま……待って……!」
制止の言葉など聞く耳も持たずに、小田原の大きな掌がシャツの中に滑り込んでいく。薄い腹を撫で、するすると上がっていった指先が胸の尖りに触れた。
「っやぁ♡ ふ、ぅ……っ!」
これまでは意識をしたこともないような場所だったのに、先日小田原に触れられてから歩夢のそこは妙に敏感になっていた。着替えの時にも妙に気になって見てしまうし、今もこうして少し触られただけで甘い声が出てしまう。
「いい声、出てきたじゃねぇか」
「っ、……!」
揶揄するようにそんなことを言われて、歩夢は耳まで真っ赤に染め上げた。
「や……――」
「やめてってばーーー!!!」
大きな声とともにベッドから飛び跳ねるように起き上がると、そこは自分の家の、自分の部屋だった。
「え、なに、嘘……夢……?」
今までのことが自分が作り出した世界だったと気付き、歩夢の呆然とした声が零れ落ちた。その声に若干の残念さが滲んでいるように感じられた歩夢は、自分自身に言い聞かせるように言葉を連ねる。
「いやっ、夢でいいんだけどっ! そうじゃなくて、なんで俺はこんな夢……!」
いくら一人での練習が上手くいっていないとはいえ、セックスの練習ってなんだよと、特大のため息を吐いて再びベッドに突っ伏した。
「はぁ……煮詰まってるにもほどがあるでしょ……」
(それもこれも、この間小田原さんが変なことするから……!)
あんなことがあったというのに、小田原の様子は一切変わらない。はじめは意識して警戒を続けていた歩夢だったが、相手があまりに普通過ぎるのため、自分だけが気にしているのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。今では以前の通り、二人きりの時だけ性格がひん曲がる陰険マネージャーと、日々嫌味の応酬を繰り返していた。
繰り返し重ね合わせた自分の唇にそっと指を伸ばして、その感触を確かめるように触れる。ふに……と形を歪める唇を弄りながら、物思いに耽っている自分に気付いた歩夢は大きく頭を振って、枕に顔を埋めた。
「ほんっっと、わけわかんない……!」
◇◇◇
「おはようございます」
何でもないような顔をしながらも、事務所の中で見渡した事務所の中に小田原の姿がないことで、内心ほっとしてしまう。
(どうせ会うことになるのは分かってるんだけど……っ。まだ心の準備ができていないというか……!)
表面上にこにこしながら一人心の中で百面相を繰り返す歩夢に、一人のスタッフが近づいてきた。
「なぁなぁ、歩夢くん。申し訳ないんだけど、またサインもらってもいいかなぁ?」
「サインですか?」
「この間知り合った女の子がさぁ、歩夢くんのファンだったみたいで! 仕事のこと話したらめちゃくちゃ食いついてきちゃってさぁ」
(サインは別に構わないんだけど、この人前も同じようなこと言ってなかったか……?)
この人物に限らず、身内のためにサインをお願いされることはまぁあることではあった。ただ、如何せんその回数が多い。しかも自ら歩夢との関係を言いふらし、サインを餌に女性を釣っているような素振りすら見せる相手に、だんだんと嫌気がさしていた。
「そうなんですね……」
「ほらっ、歩夢くんもファンサービス出来るし。俺も幸せだし、Win-Winでしょ♡」
その言い分を聞き、歩夢は努めて笑顔を深くした。そうでもしないと、「Win-Winってなんだよ。てめーが女口説く道具にしたいだけだろうが」という言葉が口をついて出てしまいそうだったから。
(こんな些細なことでもイライラしちゃう。駄目だ……平常心平常心)
「……分かりました。お名前はなんて書けばいいですか?」
サインを書くだけで、職場の人間関係が円滑になるのなら仕方がない。そう思い込むようにして、歩夢は男から色紙を受け取った。
「やったー! そしたら……」
「駄目です」
何か書くものは、とデスクで見つけたサインペンに手を伸ばしたところ、その手を別の手が
掴んで止めた。
「えっ」
「お、小田原さん!?」
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