17 / 55
ようやくひと段落です!
しおりを挟むくたくたに疲れた身体で玄関のドアを開けると、リビングに電気が灯っているのが見える。歩夢はその光を見て、普段なら寝ているだろう時間に父親が起きていることを察して、少し珍しく思っていた。
「ただいま」
部屋の中まで聞こえるように、少しだけ声を張り上げてそう告げると、パタパタとスリッパで駆ける音が聞こえてくる。
「歩夢くん、おかえり。ご飯はどうする?」
「あ、ごめん父さん。今日は食べてきちゃった」
「そっか、大丈夫だよ~。明日の朝でも食べられるような物にしてあるから」
ずれた眼鏡を直しながら、柔和な微笑みを浮かべる父親の姿に、疲れた心と身体が浄化されていく気がした。ふふ、と小さく笑い声を零すものの、疲れた色の隠せない歩夢の様子を見て、父はわずかに眉を顰める。
「最近忙しそうだね。体調は大丈夫?」
「うん。心配してくれてありがとう。新しい仕事が始まったから、慣れるまでは大変なんだけど……少しずつ出来るようになるのが、今は楽しいって思ってるから」
「そっか……うん。それなら良かった」
にっこりと笑いながらそう言う歩夢に、安心したような顔を見せた父は、幼い子にするように優しく歩夢の頭を撫でていく。その面映い行為に、さらに笑みを深めた歩夢は、嫌がる様子も見せずに、少しだけ自分より身長の高い父親の優しい手つきを甘受するのだった。
「それじゃあ俺、部屋いくね。父さんも仕事終わりで疲れてるのに、家事まで頑張り過ぎないで大丈夫だから。俺ももう社会人だし、ね?」
「うん、ありがとう。僕は大丈夫だよ。歩夢くんは放っておくと何も食べないで集中しちゃうんだから。せっかく天使みたいに可愛いのに、ガリガリになっちゃったら天国の歩紀さんに怒られちゃう」
「うーん、父さんに無理させるな! って、俺が怒られそうだけどなぁ」
歩夢はそんな調子で父親と軽い冗談を交わしながら、一区切りついたところで「おやすみ」と挨拶を残して自室に向かう。
仲睦まじい二人だったが、実のところ血が繋がっていない。血縁のある本当の父親は、歩夢が母親の腹の中にいた時、病気で亡くなったと聞いていた。そのままシングルマザーとして歩夢を育てていた母親は、ちょうど息子が高校生になってから、再び運命と呼べる相手と出会ったのだ。
少し気の強い母とおっとりした父は、意外にも気が合ったようですぐに再婚を決め、即日歩夢との顔合わせを済ませると、トントン拍子で籍を入れるに至った。まさかその後、一年も経たずに母がこの世を去ることになるとは、その時は誰も知る由もなかったのだが……。
そうして歩夢は母を亡くし、義理の父親と突然二人きりでの生活を送ることになるのだが、この男は非常に歩夢を可愛がってくれていた。おかげでそれからも、なに不自由ない日々を過ごすことが出来ていたのだが……多感な時期に唯一の肉親を亡くし、戸籍上家族とはいえ最近まで赤の他人だった相手との二人暮らしだ。いくら相手が良い人であったとしても、高校生の歩夢にかかる心的ストレスは、思った以上に大きかったのだろう。
迷惑をかけてはいけない。
良い子でいないといけない。
そういった強迫観念が歩夢を包み、完璧な自分であろうとする考えの根幹が出来上がる一因となっていた。
歩夢は静かに部屋の扉を閉め、ようやく本当の意味で身体から力を抜く。素の自分を見せたところでなにも変わらず、受け入れてくれるはずだと頭では分かっていても、どうしても父親の前でも良い子の仮面を被ってしまうのだ。着替えもせずにそのままベッドに飛び込むと、放り投げた鞄から台本を引っ張り出した。パラパラとページをめくり、次回の録音箇所になる場所に目を通すと盛大な溜息を漏らす。
「はぁ……俺、これから大丈夫かなぁ……」
そう呟いた一言は、すっきりと片付いた部屋の中で思ったよりも大きな声で響き、静かに霧散していくのだった。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
【完結】催眠なんてかかるはずないと思っていた時が俺にもありました!
隅枝 輝羽
BL
大学の同期生が催眠音声とやらを作っているのを知った。なにそれって思うじゃん。でも、試し聞きしてもこんなもんかーって感じ。催眠なんてそう簡単にかかるわけないよな。って、なんだよこれー!!
ムーンさんでも投稿してます。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。


陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる