声優(おしごと)の時間です! 〜意地悪マネージャーと秘密のレッスン?!〜

つむぎみか

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リテイクの始まりです!

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(う~~~っ、ほんとに何なのあの人……!)

 それから歩夢は、なんとか自分で後始末を終えると若干ふらつく足腰を叱咤して、スタジオへと戻った。
 歩夢を置いてさっさと戻っていた元凶の男は、素知らぬ顔で入り口に近くに立っており、なんとも憎らしい。他のスタッフに見られない角度で、キッと睨みつけてから監督の元へと向かう。

「監督、お待たせしてすみませんでした」
「おー内野さん大丈夫? 今度は出来そう?」
「は、はい。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

 歩夢がそう答えると、特に細かく言及されるわけでもなく、じゃあ録音再開しよっか! と軽く肩を叩かれた。大事な収録スケジュールを乱してしまったのだ。監督から嫌味の一つでも言われるのを覚悟して戻ってきたのだが、さらっとした態度に拍子抜けしてしまう。
 もしかして、先に戻っていた小田原が何か言ってくれていたのだろうか。まぁ、もしそうだったとしても、今の歩夢に小田原相手に感謝をしようという気持ちは、一切湧き起こることはないのだが。

「歩夢ちゃん~! さっきのめちゃくちゃ笑ったよ~最高っ♡」

 改めて録音ブースに入ってきた歩夢を永瀬がケラケラと笑いながら迎えた。

「ま、色々あるんだろうけど、次は本気で頼むね! スケジュールが押すのだけは勘弁な~」
「……はい。本当にすみませんでした」

 冗談と苦言の半分半分……という感じの言葉に、歩夢は素直に謝罪して頭を下げる。そんな二人のやり取りを見届けてから、空気を入れ替えるように監督が声を上げる。

「それじゃあ次、シーン6のリテイク入りまーす。3、2……」

 カウントが始まると、永瀬の雰囲気はいつものふざけた様子から一変する。まるで演じるキャラクターが憑依したように、別の人物に見えるのだ。


『――金が欲しいんだろう? いくら必要か、言ってみろよ』


 永瀬のつくる世界に呑まれないよう、歩夢は自分の中のミオを思い描いていく。

『そんなもん腐るほど持っているんだ。好きなだけくれてやる』
『えっ……』
『そのかわり、今日からお前は俺の物だ。お前のハジメテ、俺が貰うぜ……』

 ちゅ、ちゅく……と、まるで本当にキスをしているような音がブースの中に響く。その音を聴きながら、歩夢は瞳を閉じて集中力を高めていった。永瀬の演じるレイジの手が、ミオである自分の顎をクイッと持ち上げるところを想像する。

 ――喉を反らせて、薄く開いた口に分厚い舌を差し込まれるところを。
 自分ではない他の人の体温を咥内に招き入れて、粘膜と粘膜を擦り合わせる。慣れないキスに溺れそうになりながら、必死に目の前の男に縋り付き、翻弄されるのだ……――

『んっ……ぁあンっ……!』

 はっきりと発声する必要はない。意識して声を出すのではなく、思わず漏れ出てしまった声を表現すればいい。歩夢は懸命に初めてのことに戸惑うミオの心情を考え、自分と重ね合わせる。

 さっき自分はどう思った?
 どんな事をされて、どう感じた?

 イメージしていたレイジの姿がぐらりと揺れて、自分を抱き締め、深い深いキスを繰り返す男の姿が小田原に変わった。

『ぁっ、あ……だめ……っ♡』

 隣に立つ永瀬や、スタジオにいる他のスタッフの空気が変わったことに、想像の世界に入り込んでいる歩夢は気付かない。
 いつものようにクッと口の端を引き上げて、皮肉に笑った小田原が、その大きな手で自分の身体を撫で回すことを想像した瞬間、歩夢の口からは自然に嬌声があふれ出た。

『ぁ、ふン……っ♡ ぃやあぁっ……、んッ♡♡』

 びくんっ、と身体が震え、歩夢はハッと現実に帰ってきた。

(お、俺、今なに考えて……?)

 スタジオの中が異様に静かに感じる。
 己がとんでもない声を出してしまっていたのではないかと、冷静になった瞬間、カァァ…っと顔面に血液が集まるのを感じた。

「はいっ、カット!」

 監督の嬉しそうな声が響き、固まっていた周りの空気が動き始める。

「いやぁ内野さんっ! 今の演技すごい良かったよ~もうね、すんごいエロかった……!」
「えっ! そ、そうですか?」
「も~、こんな良い演技が出来るなら、はじめからしてくれたら良いのに~! しっかり準備してくれていたのが伝わってきたよっ」
「あ、ありがとうございます……!」
「いいよいいよぉ。じゃあ続き撮ろっか! 次は~……」

 捲し立てるように監督から賛辞の言葉を投げられて、あまり自覚のできていなかった歩夢は目を白黒とさせて応対をする。

(俺、上手く出来たんだよね……?)

 ちらりとスタジオの隅にいる小田原に視線を向けると、腕を組んで不遜な態度でこちらを見ていた男は、いつものように意地悪く口の端を上げて笑っていた。



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