声優(おしごと)の時間です! 〜意地悪マネージャーと秘密のレッスン?!〜

つむぎみか

文字の大きさ
上 下
13 / 55

最初の見せ場に挑戦です!

しおりを挟む


『――金が欲しいんだろう?』

 永瀬の甘く、誑かす様な低い声が、マイクを通して響いている。

『いくら必要か、言ってみろよ。そんなもん腐るほど持っているんだ。好きなだけくれてやる』
『えっ……?』
『そのかわり、今日からお前は俺の物だ。お前の初めてを俺が貰うぜ……』

 男の歩夢でもゾクゾクしてしまうような声で囁き、永瀬は器用に自分の手の甲を啄みながら、濡れたリップ音を鳴らしていた。
 その方法はスタッフに言われ、録音が始まる前に歩夢も一度挑戦をしていたのだが、上手に音を出すことが出来なかった。そのため濡れ場のアフレコが初めての歩夢は台詞を言うことに専念し、効果音は全て永瀬に任せることに決まったのだ。

 ――ちゅぷっ、ちゅ、ちゅっ……

 声を出すタイミングを合わせるために、歩夢はいやらしい音を響かせる永瀬の口元を注視した。

(ここで、ミオが初めての快感に驚きながらも、気持ち良さそうな嬌声を零す……!)

 今だ! と思ったその時、渾身の嬌声をマイクに吹き込んだ。







『アア~~~~ン』

「っ⁈」




 大きく反響した声に、永瀬の肩がビクっと跳ねる。

『ア、ア、ダメ……アフン。イヤ~~ン』

 もはやそれは嬌声とは程遠く、明らかに棒読みとしか思えないものだった。台詞も効果音も忘れて固まる永瀬同様に、周りに居たスタッフも、事態を受け止めることが出来ずに、ある意味その声に聞き入っていた。

「ちょ、ちょちょちょ……ストップ、ストーップ!」

 一番最初に正気を取り戻したのは監督だ。動揺を振り切るように大きな声を張り上げて録音を止める。酷い喘ぎ声が止まったことに、ホっとしたような顔を見せる人々の反応には気付くことなく、歩夢だけがきょとんとした顔をしてなぜ止めるのかと監督を振り返っていた。

「ど……どうしちゃったの内野さん?! そんな驚きの棒読み台詞、久々に聴いたんだんだけど!」

 自分では最高の出来だと思っていた嬌声に、棒読みという評価をつけられて、歩夢はただでさえ大きな目をさらに丸くする。

「えっ、お、俺、棒読みでした……?」
「そうだよ! え、何、もしかして本気だった?!」
「は……」

 はい、と言いかけて、すんでのところで思い止まる。
 人生で初めてアフレコを経験したその時から、今まで誰かから「棒読み」だなんて言われたことは一度もなかった。冗談を言っているようにも見えない監督と、周りにいるスタッフの反応を窺う限り、どうやら自分が失敗してしまったらしいと理解した歩夢は、ぐっと言葉を詰まらせる。

(これ……なんて返したらいいんだ……?)

 冗談です。と言っても、本気でした。と言っても、どちらにせよ良くない印象を与える未来しか見えてこなくて、何も発言することが出来なかった。どうしようと必死で答えを探しても見つけることは出来ず。歩夢が不安げに視線を彷徨わせていると、長身の男が監督に歩み寄った。

「監督、申し訳ありません。内野にとって初めての濡れ場収録だったので、気合いが空回りしてしまったようです」
「っ、お、だわら……さん……?」

 異様なほど静まりかえっていた現場に、よく通る声が響く。

「本日の撮影に向けて、前々からかなり準備をしていたようなのですが……真面目なあまり昨日も眠れなかったようでして」
「う~ん、たしかに顔色も悪いもんね? 頑張ってくれてるのは分かるんだけど、その辺はちゃんと調整するのもプロの仕事だよ~」
「あっ、は、はい……すみません……!」

 歩夢に向かって苦言を呈する監督ではあったが、その顔は思いのほか明るかった。
 準備を頑張ったのも、緊張で眠れなかったのも全部事実ではあるものの、そんな話を小田原にしたことはなかったのに。
順調に進んでいた収録現場に突然現れた落とし穴は、スタッフ一同を戸惑わせはしたものの、その理由が微笑ましい内容だったことに安心したのだろう。仕方ないなぁ、というような思いが色濃く出た表情をしている。

「まぁ内野さんは永瀬さんに比べて、真面目すぎるくらい真剣に取り組んでくれているので、心配はしてないんですけど」
「おーい、こっちに飛び火してるんだけど~。勘弁してよ歩夢ちゃーん」

 監督と永瀬が軽口を飛ばし合う事で、ぴりりとしていた現場の空気が柔らかくなった。

「これから少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか? 少し集中する時間をいただければ、いつもの調子に戻れるかと思いますので」
「うん、了解。内野さんが本調子じゃないと進まないからね。じゃあ内野さんはこのまま休憩に入って、こっちは先にシーン9のレイジ独白から撮っていきまーす」

 えー、俺も休憩したーい。なんて、永瀬がぼやきながら再びマイクに向かっている。
 それをぼんやりと見つめながら、自分はどうしたらいいのだろうかと悩んでいると、ブースの扉を開いた小田原に呼ばれた。

「ほら、内野さん。行きますよ」
「は、はい……」

 歩夢はそれに逆らうことも出来ず、小田原の嘘に便乗して、その場をすごすごと退散するしかない自分が悔しくて仕方がなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

村人召喚? お前は呼んでないと追い出されたので気ままに生きる

丹辺るん
ファンタジー
本作はレジーナブックスにて書籍化されています。 ―ー勇者召喚なるものに巻き込まれて、私はサーナリア王国にやって来た。ところが私の職業は、職業とも呼べない「村人」。すぐに追い出されてしまった。 ーーでもこの世界の「村人」ってこんなに強いの? それに私すぐに…ーー

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】友人のオオカミ獣人は俺の事が好きらしい

れると
BL
ずっと腐れ縁の友人だと思っていた。高卒で進学せず就職した俺に、大学進学して有名な企業にし就職したアイツは、ちょこまかと連絡をくれて、たまに遊びに行くような仲の良いヤツ。それくらいの認識だったんだけどな。・・・あれ?え?そういう事ってどういうこと??

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...