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ついに収録開始です!
しおりを挟む「じゃあ歩夢ちゃん、来週のアフレコ楽しみにしてるね♡」
「は、はい……! よろしくお願いしますっ」
出鼻を挫かれた始まりではあったものの、こうして歩夢の初めてのBLCD収録に向けた、衝撃の顔合わせは終了した。
憧れの人物の思いがけない素顔を知ることとなってしまったが、それでも彼の技術が凄いことには違いない。人柄はさておき、今後の自分にとって有益なことだけ全て吸収してしまおうと気持ちを切り替えて、歩夢はスタジオを後にした。
「小田原さん。この後、次の現場に行く前に本屋寄って欲しいんだけど」
「ん? 時間もあるし別に問題ないが……突然珍しいな」
車に乗り込む前にいきなりそんな事を言い出した歩夢に、小田原は少し驚いた顔で時計を見ながらスケジュールを確認した。
「まぁ、ね。……永瀬さんも言ってたけど、やっぱり原作があるんだから、ちゃんと読んで勉強しなくちゃと思って。『恋なら』シリーズ買いたいんだ」
歩夢に対してふざけた事を言いながらも、顔合わせの際に各自が意気込みを語る中での、永瀬の仕事に向ける姿勢は流石の一言に尽きた。
『恋なら』シリーズは現在全部で三作品が出ており、全ての物語でミオとレイジの恋愛が描かれている。今回は第一作目のCD化なので、正直言うとそれだけ読めば事足りるだろう。しかし永瀬は「このCDを買って聴いてくれる人の多くは、シリーズ全てを読んでいる人が多いはず。ならば自分もその全てを読んで、今回の一つひとつの台詞が起こすはずの、未来の出来事までを想定して演じたい」と語ったのだ。
歩夢にとって、今回のキャスティングが自分の知らぬ所から、降って湧いたような話であったのは事実だ。しかしその話を受けると決めた以上、自分にももっと出来ることはあったはずなのに。
永瀬のその言葉を聞いて、作品や自分自身の演技に対するこだわりや熱意の違いを見せ付けられ、歩夢は猛烈に反省をした。そして、今まで以上に熱い気持ちで今回の仕事に向き合うことが出来ていた。
やる気に満ちた歩夢の眼を見て、小田原は少しだけ嬉しそうに頬を緩めると、車のロックを解除した。
「分かった。んじゃ、品揃えの多そうな所に行くか」
「っ、うん。ありがとう!」
実際の録音が始まるのは、今日からちょうど一週間後。
歩夢はそれまでに出来ることは全てやり切ろうと心に決め、先ほど受け取った台本をギュッと強く握りしめた。
そして、訪れたアフレコ当日。
歩夢と永瀬は共に、複数の主演作品を持つ売れっ子だ。冒頭の日常シーンはつつがなく録音が進み、監督やディレクターの要望を時折混ぜ込みながら、多少のリテイクを繰り返して終了した。これから少しの休憩を挟んで、最初の山場であるミオとレイジの初めてのキスシーンを録音する予定となっている。
(原作もたくさん読んで情景描写は織り込み済みだし、エッチなシーンも勉強した! 大丈夫、俺なら出来るはず……!)
――次のストーリーはこうだ。
毎日のように借金取りに家まで押し掛けられ、心身ともに疲弊しているミオ。夜もろくに眠れないままに参加した体育の授業で、急に意識を失って倒れてしまう。そんなミオに誰よりも早く駆け寄り、抱きかかえて保健室まで連れて行ってくれたのは、それまで犬猿の仲としていがみ合っていたレイジその人だったのだ。
保健室で目を覚ましたミオに、レイジは借金返済の肩代わりを申し出る。その代わりに彼が求めたのはミオの身体で……。了承したミオの唇をレイジはその場で奪うのだ。それも触れるだけのフレンチキスなどでは済まされず、深い深いディープキスを繰り返す。ミオの細い身体を保健室のベッドに押し付けるようにしながら、その無垢な身体に大きな手で少しずつ快楽を刻み込んでいく……。
「じゃあ、そろそろ再開しまーす。シーン6、レイジとミオの初めての絡みから。永瀬さん、内野さん、よろしくお願いしまーす」
「はいはぁ~い」
「は、はい!」
ミオとレイジの関係は全てここから動き始めるのだ。下手な演技は出来ない。今まで自分が学んできた全てを出し切るつもりで挑まなければ。
歩夢はグッと拳を握りしめて、録音ブースに足を踏み入れた。
「……あいつ、大丈夫か……?」
「え~? 小田原さん何か言いましたかぁ?」
「あ、いえ。独り言です、失礼しました」
あまりに緊張している歩夢の様子に心配した小田原が小さく溢すと、耳敏く声を拾った女性スタッフが媚びるようにすり寄ってきた。
小田原は慣れた仕草でその人をあしらうと、再び視線を歩夢に向ける。
ブースの扉は閉まっている。
録音はもうスタートしてしまった。
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