声優(おしごと)の時間です! 〜意地悪マネージャーと秘密のレッスン?!〜

つむぎみか

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憧れの人だったんです!

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「どうぞ、お入りください」

 いつも聴いている永瀬のものとは違う、優しげな男性の声が部屋の中から応えた。その返事を受けて部屋の中に入ると、まず入り口のすぐ側に立つ、歩夢と同じくらいの背丈をした男性が目に入る。
 傍目からもあまりサイズの合っていないように見える、だぼっとしたスーツに身を包み、歩夢と小田原を席へと案内してくれる男性は永瀬のマネージャーか何かだろうか。小田原に比べるとお世辞にも仕事が出来そうとは思えなかったが、とにかく穏和そうで、ふにゃりと笑った顔が印象的な人だった。

「どうぞこちらへ。奥の永瀬が座っているところで、一緒に掛けてお待ち下さいとのことです。お茶を用意しますので、よろしければマネージャーさんもご一緒に……」
「あ、いえ。私の事はお気遣いなく」

 そんな二人のやり取りを聞き流しながら、男性が手のひらで指し示した方を見れば、歩夢が公式サイトのプロフィール欄で見たそのままの顔をした男が、長机に肘をつきながら座っている。写真よりは若干覇気がないような気がしないでもなかったが、その姿を認識した瞬間一気に体温が上がるのを感じた。
 不自然にならない程度のスピードで急いで永瀬の元に歩み寄ると、歩夢はガバリと頭を下げて勢いのままに挨拶をする。

「はっ、はじめまして! この度ミオ役を務めさせていただく、内野歩夢と申します。あの、永瀬さんの出演された作品はデビュー作から全部観ています……! 特に、勇者ライノルズをされていた時は、前作までの柔らかな声の印象とはガラッと変わって、まるで全く別の方が演技されているようでしたっ」

 歩夢は頬を紅潮させながら、パッと輝くような笑顔を憧れの人に向けた。その眩しいばかりの表情と、一息に発せられた怒涛の挨拶内容に目を丸くした永瀬は、ぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

「内野さん。ちょっと興奮しすぎですよ」
「……っ、す、すみません……」

 だから言わんこっちゃないと、小田原はふんふんと鼻息荒くしている歩夢を落ち着かせるように、小さな頭に手を置いた。その手で正気を取り戻した歩夢は、己の所業に引いているようにしか見えない憧れの人に気付くと、今度は顔をまっ白にしておたおたと慌てふためいている。おかしなことを言ったつもりはないが、ファン丸出し過ぎて困らせてしまっただろうか。いろんな考えに頭を悩ませて、その次々と切り替わる表情をしばらく黙って眺めていた永瀬は、一度スイッチの入ったように噴き出すとケラケラと声を立てて笑い始めた。

「あっは、全然いーよ。ってか、こんなに可愛いファンならいつでも大歓迎~って感じ♡ 歩夢ちゃんだっけ? 宣材写真で見るよりホンモノの方が100倍可愛いね♡ 今度俺とデートしない?」
「は……で、デート、ですか……?」

 憧れの人の、憧れの声で紡がれる、想像もしていなかった言葉の羅列に、歩夢の脳は処理が追いつかないようだ。

(デートって何? っていうかなんか、この人チャラくない?!)

 歩夢の中で、勝手に築き上げていた『永瀬翔大』というミステリアスで大人な男性像が、ガラガラと音を立てて崩れていくのがわかる。

「こ、こらっ、永瀬さん! すみません……っ、うちの永瀬、いつもこんな感じで……。共演者やスタッフの方はもちろん、雑誌記者相手でも気に入った方がいたらすぐに口説き始めるので、イメージを崩さないように外部メディアには極力出さないようにしてるんです……!」
「ちょっと、森ちゃん。誤解招くような言い方しないでよ。それじゃあまるで俺が遊び人みたいじゃん。俺はいつも本気で良いなって思った相手を、全力で口説いてるだけだし」
「その良いなって思う方が多すぎると言っているんです! もう、永瀬さんは黙っててください!」

 突然始まった夫婦漫才のようなやり取りに、今度は歩夢があっけにとられる番だった。

(この人があの永瀬翔大? ストイックに仕事をこなし、どんな役でも完璧に演じきる。俺の憧れの声優……)

 理想と現実の違いにショックを受けている歩夢の後ろで、愉しそうに笑っている小田原が、歩夢にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「……随分素敵な『憧れの人』だな……?」
「そんな……俺の、目標がぁ……」

 それからディレクターが監督とスタッフを連れてくるまでの間、歩夢は立ち直ることが出来ず。言い合いを続ける永瀬と彼のマネージャーの姿を涙目で眺めながら、ずっとその場に立ち尽くしていた。



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