上 下
7 / 55

新しいお仕事です!

しおりを挟む


「社長、お待たせいたしました」
「ただいま戻りました」

 事務所についてすぐ、歩夢と小田原は社長室へと向かった。扉をノックして入室すれば、ご機嫌の社長が出迎えてくれる。

「二人ともお帰りなさい~♡ さぁ座って座って」

 労わるような言葉をかけながら、社長手ずから紅茶を淹れて出してくれた。普段から役職の違いなどを強調することない、フラットな関係を好む人物ではあるのだが、それにしても随分と上機嫌であることが窺えた。
 全員が社長お気に入りの茶葉の味を堪能したところで、小田原が口火を切る。

「それで社長……新しいお仕事についての話とは一体?」
「ふふふ……実はね……」

 カップを静かに置き、肩を震わせるその姿に異様なまでの興奮が感じられ、歩夢と小田原はごくりと唾を飲み込んで次の言葉を待つ。

「実は! あの! 中御門なかみかど鞠子まりこ大先生のBLCDに歩夢が主演起用されることが決まったのよ~♡」
「……へ?」

 きゃーっとハートマークを飛ばしながら全身で喜びを表現する社長とは対照的に、当事者である歩夢の口からはなんとも間抜けな声が飛び出した。
 果たして中御門鞠子大先生とは? 知らないのは自分だけなのだろうかと、不安に思って横に座る小田原の顔を盗み見ても、こちらも同じようにぽかんとしているので、恐らく歩夢だけがおかしいわけではないのだろう。

「……ふ、不勉強で申し訳ございません。その、中御門鞠子先生っていうのは……? それに、BLCD、ですか?」

 歩夢は今にも踊り出しそうな社長に恐る恐るそう尋ねる。

「ええ♡ 二人はBLって知っているかしら?」
「は、はい。一応は……」
「ボーイズラブ、いわゆる男性同士の恋愛をえがいた作品の通称ですね」

 いつの間にか冷静さを取り戻していた小田原が、眼鏡をクッと押さえるようにしながら端的な説明を述べた。二人の答えを聞いて、大きく頷いた社長は興奮さめやらぬ様子で楽しそうに語り始める。

「正解! 中御門鞠子先生はね、そのBL業界の中でも革新的エロティシズムを追求して、あらたな扉を開いた天才作家様なのよ……!」

 マシンガンのように飛び出してくる、耳慣れない言葉の数々に主に歩夢は目を白黒とさせていた。

「その中でも今一番の人気を誇っているのが、この『恋なら』シリーズ!」
「こ、恋ならシリーズですか……?」
「そう! 一作目の『こんな恋ならいらない』から始まる、現代BLの金字塔。現代物学園ラブストーリーで、主人公は貧乏ながらに直向きに生きる健気な受けちゃん!」
「受けちゃん……」
「相対するは有名財閥の跡取り息子である俺様な攻め……ここまではありきたりなBLなんだけど、それだけじゃ終わらないのが中御門鞠子先生なの……!」

 戸惑いの合いの手を入れながら、話を聞いている歩夢であったが、残念ながらその内容の半分以上を正しく理解できていないだろう。小田原は小田原で、何かを察したのか諦めたのか、優雅に長い脚を組みながら紅茶を啜っていた。

「全てのBLの良いところを、混ぜて煮詰めて固めたようなストーリー。それでいて一つ一つの要素が決してぶつからず、切なさも笑いもエロさも兼ね備えた至高の作品……それが『恋なら』シリーズなのよぉぉぉ!」

 社長から発せられるとんでもない熱量に、歩夢はただただ呆気にとられてしまう。なんだかよく分からないけど、とにかく社長がその『恋なら』シリーズの大ファンであるということだけは全力で伝わってきた。むしろそれしか伝わらない。


「そのような素晴らしい作品の主演に、内野さんが起用されたのですか?」
「そう、そうなのよ!」
「でも……俺、オーディションも何も受けていませんよね?」

 これまでいくつものオーディションに参加をしてきた歩夢であったが、その多くがアニメ作品に関する物だったはずだ。残念ながら歩夢は売れっ子声優とはいえまだまだ駆け出しだ。オーディションを運良く勝ち進む事はあっても、自分の声に惚れ込んだ製作者側からオファーを貰うなんて事は皆無だった。
 BLCDだなんて初耳だったし、知らない間に該当のオーディションを受けていたなんて事はあり得ないはずなので、どうして自分がそのような人気作の主演に抜擢されたのかが不思議でならなかったのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...