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見直し…てないです!
しおりを挟む心中は未だにざわざわと騒めいていたが、録音が始まるとそんなことも忘れて熱中していた。今回の撮影は来期放送予定のアニメ作品のアフレコだ。人気漫画のアニメ化ということで多数の応募があったというオーディションを勝ち抜き、見事主要キャラの役どころを手に入れたのだ。
「お疲れ様でした」
無心で仕事に励んでいると、普段の自分を取り戻せるような気がした。一通り必要な録音を終え、終わった頃には歩夢の顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいた。にこにこと微笑みながら同じ声優仲間やスタッフに挨拶をする歩夢。さて帰ろうと小田原の姿を探すと、少し離れたところで電話をしているのを見つけた。
「マネージャーさん変わったのね」
馴染みの女性スタッフからそう言われて、何も悪いことはないのにギクリと肩が跳ねてしまう。
「はい。そうなんです」
笑顔を貼り付けて声のした方へ向き直ると、その人はうっとりとした顔をして小田原を見やっていた。
「江藤さんも気のいい方だったけど、新しいマネージャーさん素敵な方ね~。物腰も柔らかくてお仕事も出来る。次回スケジュールの変更に関しても、すぐ調整してくださって助かっちゃった」
「そうだったんですね」
「しかも格好いいし♡ まるで俳優さんみたいで目の保養になるわ~」
「……小田原さんも喜ぶと思います」
あはは……と、やや乾いた笑いを浮かべてそう返すと、こちらに視線を向けていた小田原と目が合った。初めて会った時、確かに自分も格好いいと感じていた男は中身さえ知らなければ、ただ電話を耳に当てているその立ち姿だけでも、モデルのように様になっていた。そう、中身さえ知らなければ。
「随分前から引継ぎが決まっていたの?」
「えっ? い、いえ。そういうわけではないのですが……」
「あら、そうなのね。内野くんのこれからの予定をちゃんと把握されてるのは勿論だけど、過去作の話なんかもしてたから、引継ぎ前提でお勉強されたのかと思ったわぁ」
「え……」
まさか小田原が時間を割いて自分の出演作を観ているだなんて考えてもみなかった歩夢は、突然の話に一体何のことを言われているのかすぐに理解することが出来なかった。
(どういうこと? 小田原さんが俺の作品を……?)
「内野さん。行きましょうか」
「っ、はい。それではお疲れさまでした。お先に失礼します」
「お疲れ様です~!」
頭の中が大混乱中の歩夢の元へ、通話を終えた小田原が歩み寄る。隣にいたスタッフに微笑みかけ、歩夢に一言声をかけたかと思うと、すぐ背を向けてしまった。小田原から向けられた笑みに顔を真っ赤にしているスタッフに会釈をしながら、自分を見向きもせずに一人で先に歩いて行く背中を追いかけると、少ししてから後ろよりきゃーきゃーと女性スタッフ達が騒いでいる声が聞こえてくる。
(スタッフさん達、騙されてますよー! この人、二重人格ですからねっ!)
そう言ってやりたくて仕方がなかったが、懸命に我慢したことを歩夢は自分で自分を褒めてやりたいと思っていた。先ほど、もしかして……と脳裏によぎった考えも、残念ながら彼女たちの楽しげな声によって、どうせ適当なことを言って誤魔化したんだろうという予想に変わってしまうのだった。
◇◇◇
歩夢が後部座席に座ったのを確認すると、小田原は車をゆっくりと発進させる。窓の外の移り変わる景色を眺めながら、歩夢はふと思ったことを口にした。
冷静に、冷静に。感情を露わにしたらこちらの負けだと、いつも以上に完璧な笑顔を振りまいて。
「この後の予定って、どうなっていましたっけ?」
「……」
「小田原さん?」
「……」
「あの……聞いてます?」
「……」
「ちょっと! 無視すんなよっ」
この狭い車内で声が届かないなんてことはないはずだ。確実にわざと無視している小田原に歩夢が声を尖らせると、ようやく怒りの矛先にいる男がバックミラー越し後ろを見た。
「二人でいる時にお前が変な演技をしていたら、何も反応しないことにした」
「はぁ? 子どもじゃあるまいし……っ」
「まぁまぁ。お互い気ぃ遣ってばかりじゃ疲れるだろ? 俺もいくら仕事とはいえ、ずっと敬語で話してると肩凝るんだよな」
「な、なにそれ……」
「安心しろって。他の誰かがいる時はちゃんとしてやるよ」
(そんなの、そっちの都合じゃん……)
なんの冗談だと思ったが、多分きっと、この男は本気でそれをしてくるだろうと歩夢は思っていた。これ以上言い返すのも馬鹿らしくなって、もうどうでもいいとばかりに深く深く座り込み不貞腐れる。
「で、この後のスケジュールだっけ? 十五時からテレビ局でナレーションの仕事が一本入っているが、社長が新しい仕事のことで話があるらしいから一度事務所に戻るぞ」
「……りょーかい」
ぶすくれて窓の外を見る歩夢に、小田原はくくくと小さく笑った。その声にも、楽しそうに口元を緩めている姿も横目に見えて気付いていたが、歩夢は知らないフリをして事務所に着くまでずっと見慣れた風景を眺めていた。
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