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いけ好かない野郎です!
しおりを挟む日頃押し隠している元来の勝気な性格がむくむくと膨れ上がり、いつもであれば抑えることもできただろう怒りが爆発する。
「そもそも、なんで今日初めて会ったあんたに、そこまで言われないといけないわけ?! どうせ俺の出てる作品だって見たこともないくせに。そんな人に、こうやって貶される謂れはないと思うんだけどっ」
仕事以外では久しぶりに出した大きな声が車中に響く。その叫びに小田原は一瞬目を丸くすると、すぐに面白そうに目を細めた。
「ははっ、それがお前の素か?」
「っ、そうですけど? だけどそれの何が悪いの? 別に猫被っているからって、誰にも迷惑かけてないんだから、放っておいてよ」
「いいや、悪いね。イイコちゃんを装って人形みたいにつまらねぇ顔しているより、そのままの方が元気があって良いと思うぞ」
悪辣な笑みを浮かべて、適当なことを言い出した相手に歩夢は歯がみをする。なにも知らない……いや、知ろうともしないくせにと、不快感だけが募っていくようだ。そんな相手だからこそ、歩夢にしては珍しくも、今後の関係性を気にすることも出来ずに、純粋に怒りを小田原へとぶつけていた。
「うるさいな。今までこれで上手くやってきたんだ! あんたにそんなこと言われる筋合いないだろっ」
「今まではそうかもな。だが、これからは俺がお前のマネージャーだ。タレントが円滑に仕事を行えるように、環境を整えるのが俺の仕事。お前のその演技は、今後絶対にお前の首を絞めるぞ」
「余計なお世話だよ! もうここで降ります。お疲れさまでしたっ」
既に小田原の車はスタジオの近くまで来ていた。見たことのある風景に、ここからなら歩いてでも現場に行けると判断した歩夢は、苛立ちを隠そうともせずに荷物を掴み取ると、大きな音を立てて外へと出てしまう。
(なんなのあいつ!? 勝手なことばかり言って……!)
「歩夢!」
肩を怒らせながら歩き出した歩夢の後ろ姿に、ついには何の断りもなく下の名前を呼び捨てにしてきた男。そんな小田原に氷点下まで冷めきった目を向ける歩夢だったが、その反応にむしろ楽しんでいるような気配すら感じさせる小田原のせいで、さらに眉間のシワを深くしてしまう。
「明日は事務所に九時だからな。遅刻すんなよ」
「……俺、今まで遅刻したことなんてありませんから。それでは失礼します」
ぷいっと顔を背けたまま、足早にその場を後にする。
今まで言い合っていた相手が、わずかに心配そうな色を乗せながら、その背中をじっと見つめているとは知りもせずに。
◇◇◇
翌日。晴れない気持ちで事務所に向かうと、先に到着していた小田原が他のスタッフたちと仲睦まじく話している現場に遭遇した。
「えーっ、小田原さんアミプロにいたんですかぁ!?」
「はい。三年ほどではありますが」
「もったいない~! なんで辞めちゃったんですか?」
「まぁそこは……いろいろと」
「うお~~~めっちゃ気になるー! もう少し仲良くなったら教えてくださいよっ」
「ははは、そうですね。楽しみにしておいて下さい」
昨日の歩夢に対する悪態が嘘のように、朗らかな雰囲気で談笑を楽しんでいる小田原。その身なりと表情は、まさに万人が想像する『出来るマネージャー像』そのもので、昨日のやり取りさえなければ、歩夢も彼が自分のマネージャーに就いたことを喜んでいたかもしれない。残念ながら今となってはその完璧に整った笑顔ですら得体が知れなくて、恐ろしさと不信感しか感じていなかったが。
(俺のこと言えないくらい、どでかい猫被ってるじゃん……)
心の中でふんと鼻を鳴らした歩夢は、予定の時間より早く着いたもののなんと声をかけたらいいのか分からずに、事務所に入ってすぐのところで立ち竦んでいた。相手の生態を確かめるように見つめていたせいか、ふと視線をこちらに向けた小田原がそれに気付き、歩夢にとってはうすら寒く感じる爽やかな笑顔を浮かべた。
「内野さん。おはようございます」
「え? あっ、歩夢くんおはよう~! そんなところで立ったままでどうしたの?」
「あ……お、おはようございますっ」
小田原の声かけで歩夢の存在に気付いたスタッフは、ぼんやりと入口に突っ立ったままの様子に首を傾げている。自分に向けられた不思議そうな視線にハッとした歩夢は、なんでもないように満面の笑みで挨拶を返した。
「えへへ、皆さんがとても楽しそうだったので、羨ましくて思わず眺めちゃってました!」
「やだなぁ、歩夢くんも一緒に話そうよ!」
「そうよ~小田原さんはこれから歩夢くんの担当になるんだから、二人こそ親睦を深めないと!」
「あ、はい……そうですね?」
誤魔化すように適当なことを返したが、すんなりとその台詞に納得したらしいスタッフたちは次々に歩夢に声をかけてくる。他の人がいる前では小田原も不遜な態度は見せないようで、表面上はにこにこと微笑みながらも目だけは相変わらず何を考えているのか分からない色を宿して、歩夢のことを見つめていた。
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