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第一印象は最悪です!

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「実はねぇ……今まで歩夢のマネージャーをしていた江藤さん。ご家庭の事情で急遽退職されることになっちゃったのよ~」
「え、えぇ!? 江藤さんが……?」

 歩夢がステム・プロダクションに入所した時から担当してくれていた江藤さんは、五十を越えた気のいいおじ様で、いわゆるベテランマネージャーだった。歩夢との年齢は親子ほどに離れていたが、その分とても可愛がってくれていたし、歩夢にとっても信頼のおけるパートナーだった。

「残念よねぇ。私としてもとめたいのはやまやまだったのだけど、そうもいかなくて……」
「ご家庭の事情なら……仕方ないですよね。わかりました」

 ようやく仕事が軌道に乗ってきて、これからもっと頑張ろうと気合を入れていた矢先、頼りにしていた相棒を突然失ってしまうという衝撃的な事実に、歩夢は思わず放心してしまう。今後についても不安しかなかったが、そんなことはおくびにも出さずに模範的な解答を返す。

「歩夢ならそう言ってくれると思ったわぁ。それでね、かなり急なことだったから、今うちにいる人員だと誰も都合がつかなくて……。さすがに歩夢一人でスケジュール管理をしてもらうわけにもいかないから、本当だったらもう少し後から入社する予定になっていた方に、頼み込んで前倒しで来ていただくことになったのよ。今日はその顔合わせね」
「新しいマネージャーさん、ですか」

 そう言って社長が手のひらで示したのは、他でもない、目の前に座る男だった。
 歩夢としては、出会って数分で既に苦手意識が芽生えていた人物が、これから苦楽を共にする自分のマネージャーになるのだと知り、正直動揺が隠せない。しかし、ここでそんな様子を見せたら相手の心象も悪くなってしまうだろう。これからの関係性を円滑なものにするべく、歩夢は再び表情筋をフル活用して最高の笑顔を作り上げた。

「初めまして、内野うちの歩夢です。二年ほど前からこちらの事務所でお世話になっています」
小田原おだわらみやびと申します。至らぬ点もあるかと思いますが、内野さんが気持ちよくお仕事を出来るよう尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 スッと細められた瞳に薄く弧を描く唇。そこから発せられたのはハッとするような美声で、マネージャーではなく声優をやったら売れるのでは、と感じるほどだった。とはいえ、残念ながら社交性があまり無いようなので、向いていないのかもしれないが。
 小田原と名乗った男の、張り付いたような笑みはどうにも胡散臭く見えて、その慇懃な態度と合わせて不信感ばかりが募ってしまう。しかし社長命令ならば仕方がないと自分を納得させた歩夢は、社長の望む「歩夢像」を取り繕って一つひとつの言葉を選ぶ。

「こちらこそよろしくお願いいたします。僕の為にスケジュールを調整してくださってありがとうございました。ご迷惑お掛けすることもあるかと思いますが、精一杯頑張ります!」

 静かに差し出された手を握り返し、儀礼の挨拶を交わす。もう十分かな、と思ったところで手を離そうとすると、何故かぎゅうっとさらに握り締められる。思わぬ行動に驚いた歩夢が小田原の顔を見上げると、先ほどまでと同様に、何を考えているのか分からない真っ黒な瞳でじっと見つめられる。一体何だというのだろうか。
 無言でぎゅうぎゅうと握り込まれている手を振り払うこともできず、歩夢はただ意味のわからない行動をする小田原に恐怖を覚えていた。

(ちょ、ちょっと~~ほんとこの人なんなのっ。怖すぎるんですけど……!)

「あの、お、小田原さん?」
「…………」

 恐るおそる声をかけてみても、これといった反応が返ってこない。じいっと見つめられた視線は何かを探っているかのようで、とにかく非常に居心地が悪かった。隣で二人の様子を見ている社長も何を思っているのか、大した会話もなく延々と手を握り合い続けている奇妙な二人を、ただ面白そうに眺めており、特に口を出すような様子は見られなかった。

「……ええっと、そろそろ手を離していただきたいのですが……」

 とうとう自分を取り巻く異様な雰囲気に根負けした歩夢は、誤魔化すように笑顔の仮面を被りながら、やんわりと促すように話しかけてみる。すると目を眇めた小田原がぼそりと吐き捨てるように言う。

「それはわざとですか?」
「え?」
「その、人形のような笑顔。わざとしてるんですか?」
「っ……!」

 小田原から突然投げつけられた、直球ストレートの言葉に心臓がドキリと跳ねる。
 年齢を重ねるにつれて歩夢の被っている猫はどんどんと大きくなっていき、それが演技だということに気付くような相手は皆無になっていた。こうして直接、しかも初対面の相手に言及されることなど経験上はじめてで、なんと返したらよいのか分からない。それこそ家族ですら当たり前のように受け入れている完璧な外面を、この男は初めて会ったこの一瞬で、一体どこに違和感を覚えたというのだろうか。

 しかし、小田原の指摘が真実だったとしても、社長も同席しているこの場で、今の姿が「演技」であると認めるようなことは出来なかった。歩夢は動揺を隠しながらも、より一層笑みを深めて小田原を見つめ返す。

「失礼ですが、なんのことだか……――」
「ね~~っ♡ ほんと歩夢ったらお人形さんみたいでしょう? 今うちで一番の売れっ子なのよ。小田原くん、よろしく頼むわねっ!」

 意を決して口に出した歩夢の言葉に被せるように、底抜けに明るい社長の声が響く。豊満な胸を押し付けるように、ぎゅうっと抱きつかれながら頭をよしよしとされて、歩夢はぽかんと口を開けてしまった。

(えぇっ、あれってそういう意味だったの……?!)

 だとしたら分かりづらすぎるだろうと、半ば呆れ混じりの視線を小田原に向けて真意を探れば、またしても感情の読めない薄微笑みを浮かべているだけだった。実際のところ、社長の言うような好意的な気持ちから出てきた言葉には到底思えなかったのだが、ここで変に蒸し返しても自分の首を締めるだけだ。歩夢は問い詰めたい気持ちをぐっとこらえて、曖昧な笑みで武装した。



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