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7月
side 仁紫-1
しおりを挟む「……乙姫、様……?」
友人の口から飛びだしたメルヘンな呼称を繰り返し、思わず噴き出す。
「あ、笑ったな! 実物を見たことがないから、そんな反応が出来るんだぞ」
「いや、だって……」
普段は授業か、塾か、勉強の話題しか口にしないクラスメイトが、あまりに興奮した様子で話をするものだから何かと思ったら。曰く、高校からの外部入学生である「乙成優太」氏は、他に類を見ない美形らしく、同クラスの生徒を筆頭に校内で大規模なファンクラブ(非公式)をも設立しているらしい。
そこまでの人物なのかと関心こそすれど、男相手に姫とはいかがなものか。
さらに言うなら、それを揚々と受け入れている本人に対しても、あまり良い印象は抱けない。
「人を侍らせて、いい気になっているような子は勘弁かな」
「あの子はそういうんじゃないんだってば! いいからいっぺん見てこいっ、な?」
何をどうしてそこまで心酔しきっているのか。大量に運んでいたプリントを廊下でぶち撒け、それを拾っているところを手伝ってくれたとか、近くで見てもとんでもなく美人だったとか、なんだかすごくいい匂いがしたとか。とにかく凄まじい熱量の演説を受けたものの、そこまで興味はそそられなかった。
元々他人に興味がないということもあって、さして興味もない人物のことを考えるくらいなら、数式を解いている方が有意義だと感じる。
今度確認しておくよ、なんて適当にあしらっていたはずが、ある日を境に一変した。
――俺が「乙姫様」に対する評価を変えたのは、体育祭の日。
身体を動かすことは嫌いではないけれど、どうあってもその日の主役は運動部。無難に競技を終わらせてのんびり見物でもしているかなと、欠伸を噛み殺しながらトラックを走り回る生徒を眺めていた。
毎年異様な盛り上がりを見せる、この『借り物・借り人競走』は一種のエンターテイメントだ。お題となる紙に書かれた人物を連れてゴールをし、その判定を受けるのが主旨ではあるが、そのお題が重要になる。分かりやすい物品を指定されることもあれば、中には「好きな人」といったような爆弾も仕込まれており、勝つためにはいかに連れてきた相手を好きなのか公衆の面前でスピーチしないといけない……なんてこともある。
よくやるなぁなんて思いながらも、こうしてしっかり応援席を陣取って見物をしてしまうくらいには、俺もこの競技を楽しんでいた時。一際大きなざわめきが起こり、自然とその渦中に目が向く。
(あれは……――?)
人々の視線の先を追っていくと、そこにいたのは確か野球部エースの青島だ。
なるほど。誰もが知る運動部のスターの登場に湧いているのか……と納得したところで、彼が手に取った紙を見て固まった。考え込むように眉間の寄った皺から、「ああ、これは嫌な内容が当たったんだなぁ」と心の中で合掌する。内容と選ぶ相手によっては暴動が起きかねないぞ、と他人事である俺はいったい彼が誰を連れてゴールをするのか俄然楽しみになっていた。
「あっ! 青島くーん、頑張ってー!」
そこに響く、あまりにも呑気な声援。
多くの声援が飛び交う喧噪の中で、なぜだかその声だけは、俺の耳にはっきりと聞こえた。
どうやらそれは青島も同様だったようで、弾かれたように顔を上げたかと思えば、その声の主に向かって走り出す。果たして彼に選ばれたのはどんな人物なのか? 風のように駆け抜ける青島の向かう先……そこにいた人物を見て、俺は息を飲んだ。
可愛い。とにかく、可愛い。
称賛するための言葉なんて、今まで沢山学んできたはずなのに。俺の頭に浮かぶのはただそれだけ。どんな美辞麗句も彼を褒め称えるには物足りないと、そう思わせるような人物だった。
そこからも食い入るように彼の一挙手一投足を見つめていた俺だったが、その勝負が終わっても、魂が抜けたように呆けている俺の元に友人がやって来て言った。
「フフン。あれが乙姫様だ! すごいだろう!?」
どうして君がそんなに自慢気なんだよ……という突っ込みは飲み込んで。
ああ、なるほど。彼が例の―― と、件の人物から目を離すことが出来ない。
青島の腕に抱えられて頬を赤らめる姿。
白い肌を色っぽく染め上げて、涙で潤んだ瞳を伏せる仕草。
周囲の声を当然のように甘受しているのかと思えば、そんなことはなく、むしろ戸惑いと共に困ったように下げられた眉は庇護欲を抱かせる。
「……うん。あれが演技だったら大したものだけど、とにかくものすごい美人だったってことは認めるよ」
「お前な~~っ。まだそんなこと言ってんのか~~?」
乙姫様が演技なんかしてるわけないだろうが! と憤慨する友人のことはさておき。珍しくも俺は、もっと彼の事を知りたいと、そう思った。ある意味で向学心の一種なのかもしれない。
(それでも、こんなに興味をそそられる人間は初めてだ――)
全てを知りたい。
彼という存在を知って知って、知り尽くして、この不可思議なほど湧き出てくる知識欲を満たしたい。
なにやら楽しくなりそうな予感に自然と笑いがこみ上げてくる。
――そうして俺は、徹底的に「乙成優太」という人物についての観察を始めるのだった。
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